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序章
その青年は、悪魔のように狡猾で魅惑的だった。
「私が示すのは選択肢の一つに過ぎません」
最終的な決定権を委ねながらも、抗いようもない甘美な「選択肢」を提示して惹きつける。囚われた人は、悪と知りながらも、差し出された手を取ってしまう。
「選ぶのはあなた。実行するのもしないのも、戻るも進むのも、決めるのはあなたです」
艶然と微笑み、人を誘惑し破滅へと導く。その様はさながら魔王ルシフェルだ。
地獄の最下層に君臨する主、万の悪魔を統べる大魔王ルシフェルは堕天使だという。神によって天から追放されたルシフェルだからこそ、誰よりも神の国への憧憬は強く、人間への羨望と嫉妬も苛烈だ。ルシフェルを筆頭に悪魔は愚かな人間を破滅させることに邁進する。
悪魔にしてみれば自分ではどれほど望んでも決して得られない神の恩寵を、至極当然のように甘受する人間が憎くてたまらないのだろう。
「あなた次第ですよ」
憎悪と嫉妬を、類い稀な美貌と魅惑で覆い隠した悪魔ーー永野尊とは、そういう人間だった。