第1章ー9
「黙祷」
アラン・ダヴー大尉は指揮下にある中隊の面々に対して、号令をかけ、自らも黙祷を捧げた。
林忠崇フランス陸軍元帥に対して弔意を示すためである。
近くの砲兵部隊では弔砲を轟かせており、その砲声がダヴー大尉の耳にも届いた。
ペタン首相、中々いい演出をされますな。
ダヴー大尉は、黙祷の最中に思わず不謹慎な想いを抱いた。
先日、フランスでは長引く戦争の中でレイノー首相が体調不良を訴えたことから、ペタン元帥が首相に就任したのだ。
林忠崇元帥は第一次世界大戦時に日仏英米白という五か国の軍隊から成るベルギー解放軍を率いて、第一次世界大戦終結までにベルギーの首都ブリュッセルを解放するという戦果を挙げている。
林元帥が、フランスの誇るサン・シール陸軍士官学校、フォンテンブロー砲工学校を卒業したのは知る人ぞ知る話である。
そういったことから、サン・シール陸軍士官学校の先輩にあたる林元帥が薨去したとの報を受けた際に、ペタン首相はフランス陸軍元帥を林元帥に追号することにしたのだ。
かつての第一次世界大戦の勝利の栄光を、フランス軍の将兵に、また、フランスの多くの国民に思い起こさせるために。
実際、林元帥がフランス陸軍元帥を追号されたことを知ったフランス軍の将兵の多くが、第一次世界大戦の自国の勝利の栄光を思い起こした。
自分達の父や兄が勝利を収めたように、自分達も勝利を収めようと多くの将兵が声を挙げた。
ペタン首相の目論見は大成功を収めたと言えた。
その一方で、ダヴー大尉は想いを巡らさざるを得なかった。
もし、林元帥がいなかったら、自分は産まれていなかったのではないか。
第一次世界大戦時に日本が欧州派兵を決断したのは、戊辰戦争時にフランス軍事顧問団が示してくれた恩義に応えたい、と林元帥が獅子吼したからだと聞いている。
もし、日本が欧州派兵を第一次世界大戦時に行わなかったら、自分は産まれていない。
いや、他にも自分の知る限りでも多くの人間が。
ダヴー大尉の瞼に、自分の妻の連れ子養子のピエールの顔が浮かんだ。
ピエールの実父、戦死したピエール・ドゼー中佐の実父も日本の海兵隊士官だったと聞いている。
だから、日本が欧州派兵をしていなければ、ピエール・ドゼー中佐も産まれておらず、当然、養子のピエールも産まれてはいない。
そして、自分の腹心の部下、フリアン曹長や他の「白い国際旅団」等で知り合った日系フランス人も産まれていないことになる。
もし、その人達がいなかったら。
ダヴー大尉は少し物思いに耽らざるを得なかった。
黙祷を終え、各小隊、分隊別に分かれて午後の訓練を行うことになり、ダヴー大尉は中隊長として、訓練の指導に当たった。
再度、最前線に出られる状況になりつつある、とダヴー大尉は判断し、明るい側面を見た思いがした。
訓練を終えて夕食をとる際に、ルイ・モニエール少尉からダヴー大尉は声を掛けられた。
「それにしても、ナポレオン1世皇帝陛下が、日本人がフランス陸軍元帥になったと聞いたら、どう思われるでしょうね。ボナパルト家の現在の当主に意見を聞きたいものです」
実はモニエール少尉こそがボナパルト家の現在の当主であるナポレオン6世であることを知るダヴー大尉は、モニエール少尉が何を言いたいかを薄々察した。
「どれ程の名将なのかね。私の部下では、誰に匹敵すると思う。そうナポレオン1世皇帝陛下は問われるだろうな」
ダヴー大尉がそう答えると、モニエール少尉は当意即妙に答えた。
「部下にはいません。ナポレオン1世皇帝陛下に匹敵します、と私なら答えるでしょうな」
「軍人としての才能はそうだが、林元帥には野心が無いな」
「確かに」
二人はそうやり取りをした。
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