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第1章ー8

 そんなことを林忠崇侯爵の国葬に際して日本にいる姉達が想っていること等、欧州にいる弟達には知る由もなかった。


 欧州では日本と時差がある。

 日本では1月28日正午であっても、欧州では1月28日の午前3時、午前4時といった時間になってしまうことから、日本の海軍省(及び陸軍省)は、現地時刻で1月28日の正午に林侯爵に対して追悼の黙祷を捧げるように通達を出していた。

(また、最前線では当然のことながら状況に鑑みて行う様にも通達が出た。)

 そのために弟達が、実際に黙祷を捧げたのは、姉達から遅れた時間になっていた。


「黙祷」

 南雲忠一中将の号令により、欧州にいる第3海兵師団司令部では、現地時刻の正午に合わせて黙祷が行われていた。

 その中で岸総司大尉は想いを巡らせた。

 林閣下、かつて第一次世界大戦の時には果たせなかったベルリンに旭日旗を掲げること、日露戦争時には果たせなかったモスクワに旭日旗を掲げること、何れもこの第二次世界大戦では果たして見せます。

 どうして、その時まで生きて下さらなかったのですか。

 後2年、いや3年生き延びて下されば、それをこの世で見届けられたのに。

 確かに90歳を超え、充分に長命されたと言えます。

 ですが、後少し生き延びて、我々がベルリンに、モスクワに旭日旗を掲げたという報を受けてから、林侯爵には薨去していただきたかった。


 そして、お父さん、林侯爵がそちらに行かれます。

 お父さんは、林侯爵に何と声を掛けられるのでしょうか。

 案外、言いたいことがあり過ぎて、無言で敬礼して迎えられるだけかもしれませんね。

 最も階級差から萎縮されて声が出せないだけかもしれませんが。

 岸大尉はそう更に想いを巡らせた。


 一方、最前線にいる土方勇中尉にしてみれば、黙祷の時間を確保できるか否かは、独軍次第だった。

 1月28日の正午に林侯爵の国葬が執り行われるのは、世界的に公知の事実と言って良い。

 土方中尉にしてみれば、敵国の軍人に対する敬意を暗に示す行為として、1月28日正午前後には独軍には事実上の停戦を行って欲しかった。

 だが、正午が近づく頃。


「独軍の全力砲撃です。反攻を策しているものと推察されます」

 土方中尉は塹壕に飛び込み、後方にそのように報告する羽目になっていた。

 酷い嫌がらせだな、土方中尉は想いを巡らせた。

 これでは、黙祷なんてするどころではない。


 そして、その報告を受けた後方の司令部では、黙祷もそこそこに対応に追われる羽目になった。


 これは第二次世界大戦終結後に判明したことだが、ヒトラー総統から示唆を受けた独軍が忖度して反攻の擬装を行うことで、日本軍の将兵が行う黙祷を妨害したのだった。

 だが、そんなこと等、土方中尉には分かる筈もない。

 砲撃終了後も暫くは独軍の反攻を警戒せねばならず、1月28日正午に黙祷を行うどころか、1月28日中に黙祷を行うことは、土方中尉達にはできなかった。

 そういったことから。


「黙祷」

 1月30日正午に土方中尉は、部下の小隊員に号令をかけて黙祷をさせていた。

 時刻が遅れたとはいえ、海兵隊の偉大なる父と言える林侯爵に黙祷をしないまま、というのは礼を欠くとして、欧州総軍司令部から指揮下にある黙祷が出来なかった部隊に可能な時に黙祷をするように指示が下されていた。


 土方中尉は黙祷中に想いを巡らせた。

 妻の千恵子や娘の和子の下に自分は生きて還れるだろうか。

 林侯爵は数々の戦いで負傷することさえなく、戦場から生きて還られたと聞く。

 林侯爵のように、生きて妻子の下に還りたいものだ。

 本来から言えば林侯爵を偲ばねばならない黙祷の際に考えるべきことではないかもしれない。

 だが、土方中尉はそんな想いが浮かんでならなかった。

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