第1章ー6
そんなことを想いつつ、土方千恵子が空を見上げると、日本空軍の戦闘機4機が日比谷公園付近の上空を飛んでいるのが見えた。
かなりの高空に上がっているのだろう、航空機の爆音が少なくとも千恵子の耳には聞こえなかった。
「ふむ。空軍も懸命だな。国葬の場に空襲等は絶対にさせないという訳か」
千恵子が空を見上げていることから、土方勇志伯爵も空を見上げて、日本空軍の戦闘機が上空を舞っているのに気づいたらしい。
土方伯爵が、そう呟くのが、千恵子の耳に入った。
千恵子に半ば聞かせるためもあるのだろう、土方伯爵の独り言は続いた。
「空軍の山本五十六将軍が、空軍の威信にかけてこの国葬は絶対に妨害させないと言ったらしいからな。空軍の警戒体制は完全に最高状態にあるらしい。国葬が始まって終わるまでの間は常時、戦闘機部隊を滞空させているとのことだ」
千恵子は、今の日本が戦時下にあることを改めて思わざるを得なかった。
実際問題として、現在の戦況は日本が有利になりつつあり、日本本土の航空優勢は日本側が確保している。
白昼堂々とソ連空軍が日本本土に空襲を掛けるのは、ソ連空軍にとっては自殺的任務と言っても過言ではなかった。
更に言うなら、ソ連極東部の物資の欠乏は深刻さを増しつつあり、現在のソ連極東部に展開するソ連空軍にとっては日本本土空襲の余裕は無くなりつつあった。
そんな物資がソ連空軍にあるなら、ソ連極東部の防空や地上部隊の支援に使いたい状況だったのである。
とは言え、ソ連空軍による日本本土奇襲の可能性が絶無という訳ではない。
そういったことから日本空軍は防空の為に国葬の間、戦闘機部隊を滞空させていたのである。
千恵子は、更に現在の第二次世界大戦の状況について想いを巡らせた。
ソ連極東部においては、ソ連陸軍と日米満韓陸軍の部隊が睨み合い、後方かく乱をお互いに試みあい、また後方警備を行っている。
また、ソ連極東領に対する日米の航空隊を主力とする空襲が試みられるようになっている。
そのために、ソ連極東領の住民にまで大量の死者が出るようになっているのだが。
既に物資の欠乏から、餓死者まで出始めている状況らしい。
それを言うなら、中国本土の方がもっと深刻だった。
空爆により、共産中国を降伏に導くという方針から、日米空軍による空襲が行われている。
人口密集地である都市に対する無差別爆撃を米陸軍航空隊が行い、都市等に対する補給路を日本空軍が攻撃するという基本方針が立てられている。
また、その一方で共産中国軍による遊撃戦が展開され、日米満が確保している国土の住民が共産中国に非協力的であるとして無差別殺戮が行われている。
金属製の農機具は軒並み武器製造の為に取り上げられたために、共産中国内の農機具は新石器時代にまで退化しているという情報まで流れている。
当然、そうなってくると様々な物資の確保も困難となり、それによって伝染病等も蔓延し、餓死や病死が多発する。
共産中国政府は、既に自国民(ここで言う自国民とは満州やチベット等の共産中国が正当な領土と考えている土地に住んでいる住民全てを指す)が1億人以上も中国内戦再開以来死んでおり、日本はモンゴルを凌ぐ虐殺者だと宣伝している。
そして、日本軍情報部もその情報につき、死因は様々だが、中国全体の死者数においてはそう間違っていない、と推定している有様だった。
そして、独本土ではいよいよ英仏米日等による侵攻作戦が本格的に展開されようとしている。
既に空襲による被害者が独本土でも出ているが、地上戦による被害者も大量に出るだろう。
千恵子は、第二次世界大戦が終わるまでにどれだけの被害や死者が出るのか、と気が重くなった。
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