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第3章ー5

 そのような状況にあることから、中国派遣軍は守勢に徹せざるを得ないのだが、そうは言っても全く動かない訳には行かない。

 岡村寧次総司令官の命令により、少しでも日本軍等の占領下にある中国住民の歓心を得ようと、中国派遣軍は様々な手段を講じた。


 例えば、中国内戦後に共産中国政府によって日本軍の介入を防ぐために破壊された黄河の堤防の完全修復を中国派遣軍は成し遂げ、堤防破壊によって黄河の流れに沈んだ村に住民が再び住めるようにした。

 他にも中国派遣軍は、自らの占領下にある中国の住民に食料の提供を試みたり、地域医療の支援を試みたりもした。

 そして、当然のことながら、様々な宣伝を交えたいわゆる宣撫工作を住民に対して懸命に行っている。


 だが、裏返すならば、それらのことに中国派遣軍が傾注せねばならないということは、それだけ日本軍の占領下にある中国の住民からの日本等への敵意が強いということでもあった。

 日本軍への占領下にある中国の住民から日本等への敵意が低ければ宣撫工作は余り必要ないからだ。

 宣撫工作を担当する面々は(日本軍を前面に出すことで住民の敵意を増すことの無いようにと、いわゆる文官が積極的に活用された)、懸命に住民に対して歓心を得ようと努力はするものの、大海を柄杓で組みだそうとする愚挙を自分達がしているように感じられてならなかった。

 だが、それでもやるしかない、宣撫工作担当者等は懸命に職務に励むしかなかった。


 とは言え、人間である以上、宣撫工作担当者といえどそのようなことをしていけば疲弊していき、更に現地の住民と宣撫工作担当者とのトラブルも起きるようになる。


 1941年5月初め、北京に師団司令部を置く第56師団長、簗瀬真琴少将は宣撫工作担当者を集めた会議において、その報告内容に頭を痛める羽目になっていた。

 幕末に会津藩家老を務めた祖父、簗瀬三左衛門も同様の苦悩を味わったのだろうか、と少し目の前の現実から目を背けた想いさえ、簗瀬少将はしてしまった。


「宣撫工作は非武装の文官が担当した方が効果が挙がるというのは事実でしょうが、そのために担当者が住民から危害を加えられてはどうにもなりません。宣撫工作担当者には護衛兵をつけるべきです」

 ある宣撫工作担当者が会議の場で直接、訴えている。

 実際、その宣撫工作担当者の同僚が、住民の皮を被った共産中国政府によって編制された反日ゲリラによって殺害されている。

 それだけから言えば、間違っているとは言えない。


「しかしだな」

 第56師団の参謀長が簗瀬少将の代わりに懸命に反論してくれている。

「護衛兵をつけること自体はやぶさかではない。しかし、護衛兵をつけては、宣撫工作の効果が落ちるのではないだろうか。護衛兵を下手に宣撫工作担当者につけると住民が警戒してしまう」

「宣撫工作担当者は殺されてもいいとおっしゃるのですか」

「そんなつもりはない」

 さすがにムッとしたように参謀長が発言する。


 そのやり取りを聞いている簗瀬少将は溜息しか出なかった。

 結論から言えば、危険な区域に乗り込む宣撫工作担当者に護衛兵をつけるのはやむを得ない、と簗瀬少将も考えてはいる。

 危険な区域とは、住民の間に反日感情が強く、反日ゲリラが跋扈している地域のことを指している。

 超強硬派、超タカ派を切り崩すことが、強硬派、タカ派を雪崩を打って崩壊させるのに効果的であることから考えれば、危険な区域に日本軍等は宣撫工作は重点を置く必要がある。

 だが、それなのに宣撫工作担当者が最初から警戒されてしまう護衛兵を付けて乗り込んでは。


「どうにもならん。一層のこと」

 簗瀬少将は、蒋介石等から提案されている禁断の方法を考えざるを得なかった。

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