表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/120

第1章ー5

 日比谷公園で行われる林忠崇侯爵の国葬には、国内外の要人が参列していた。

 国内からは米内光政首相以下の閣僚が参列している。

 さすがに戦時中という事から、国外からはあまり人が来ていないが、それでも満州国や韓国等のアジア諸国は国葬に参列させるための閣僚級の特使を派遣してきたし、独ソ中を除くアジア以外の諸国、欧米諸国等も大使や駐在武官等を参列させている。

 少し変わったところでは、フランスの儀仗兵も(自国の陸軍元帥の葬儀だからということから)この国葬に参列していた。

 そして、日比谷公園に入れないことが分かっていながら、多くの国民、東京都民も参列していた。

 ちなみに、亡くなった木更津から葬儀場である日比谷公園まで林侯爵の遺体が車で運ばれた際には、沿道には多数の人が詰めかけ、路上で見送る人が100万人を超えたという新聞記事が出た程だった。


 土方千恵子は、参列者名簿を見たり、日比谷公園の内外に溢れた国民の姿を見たりして、あらためて林侯爵の人気に驚いてしまった。

 ちなみに葬儀は仏式、曹洞宗に則って行われることになっている。

 林侯爵家の菩提寺は青松寺であり、そこは曹洞宗だからだ。


 千恵子の記憶が正しければ、7年程前に東郷平八郎元帥海軍大将が亡くなった直後位に、国葬は神式でないといけないのか、という議論が巻き起こったのが発端だった。

 その際に、亡くなった故人が示していた意向に任せるべき、と論陣を張ったのが、林侯爵らだった。

 神式でないといけないのなら、国葬を辞退する、わしの国葬は曹洞宗でしてくれ、とまで林侯爵は言い放ったというから、この時の議論はかなり内部では白熱したのだろう。


 この一件で、林侯爵は国葬にすべきでない、とまである右翼活動家は言ったらしいが、この右翼活動家の発言は却って多くの国民の反感を買った。

 林元帥海軍大将を国葬にすべきでない、とは何様だ、とまである新聞は社説に取り上げた。

(千恵子は、案外、林侯爵が裏で新聞等を煽ったのではないか、と推測していた。)

 最終的に亡くなった故人が意向を明確に示していたなら、神式以外で国葬は行われるという妥協が為されて時の斎藤實内閣により国葬令にも明記された。


 千恵子は先日の林侯爵の遺言を聞かされた際に、改めて土方伯爵と共に林侯爵の意向を確認していたのを思い起こした。

「わしの国葬は、仏式、曹洞宗で行ってくれ。これは絶対に譲れない」

「分かりました」

 林侯爵はそう明言して土方伯爵は了承した。


「何でそこまで拘られるのですか」

 千恵子が疑問を呈すると、林侯爵は笑みを浮かべながら言った。

「ちゃんと先例を遺したいのさ。わしという先例があれば、他の者も神式以外の国葬を希望しやすいだろうからな」

「確かにそうですな。役人というのは先例に拘りますからな」

 土方伯爵が口を挟んだ。


 林侯爵は遠くを見やりながら半ば独り言を言った。

「わしは神にはなりたくない。極楽浄土に行きたいのだ。多くの戦友が待っている極楽にな」

「ええ、父も待っていると思います」

「散々、待たせたことをまずは皆に謝らないといけないな」

「謝らなくていいと思いますが」

「それではわしの気が済まない」

 土方伯爵が更に口を挟み、林侯爵とやり取りをした。


「少なくとも林神社は造るなよ。鈴木や米内にもよく言っておけ。乃木閣下や児玉閣下のように神社にまつられる等、わしは御免被る」

 林侯爵が、土方伯爵に半ば厳命すると、土方伯爵は軽口で返した。

「林神社に祀られたら、戦勝のご利益あらたかと参拝客が殺到するでしょうに勿体ない話です」

「勘弁してくれ。わしは神様のような人間じゃない」

 そのやり取りを聞いた千恵子は想った。

 確かに林侯爵は神様から程遠いな。

 ご意見、ご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ