幕間1-3
「聞いています。幸恵さん」
最後の頃は、土方千恵子は村山幸恵にそういって、自分の意見への同意を暗に求める有様だった。
幸恵は、1時間余り(自分にとって)の苦行に耐えた後、千恵子を実母の篠田りつの家に帰らせることに成功した。
幸恵は千恵子が視界から消えるなり、溜息しか出なかった。
(千恵子の愚痴を信じればだが)異母弟の岸総司の相手の女性と言うのは、海兵隊の軍医少尉で斉藤という名前らしい。
てっきり、フランスなり、ドイツなりの娼婦とかに総司が骨抜きにされたのか、と思えば、総司が再婚相手にしても全く問題ない女性ではないか。
それでも千恵子は気に食わないらしい。
私の目の届かないところで総司は誘惑されて云々。
夫の職場に若い女性が新入従業員で入ったと聞いただけで嫉妬の炎を燃やす妻と千恵子はいい勝負ではないか。
幸恵は(自分自身きつい考えとは思ったが)そう思わざるを得なかった。
最終的に千恵子の夫、勇に総司を監視するように頼むしかない、欧州まで千恵子が監視には行けないのだから、と幸恵が宥めながら言って、千恵子も渋々納得して帰った。
幸恵はあらためて溜息を吐いて思った。
本当に千恵子にとって、佳境に入った第二次世界大戦とその余波よりも、総司個人の女性問題の方が大事なのではないだろうか。
先程の想いもあり、帰宅のために幸恵は横浜から横須賀に向かう列車の中でも第二次世界大戦の影響について想いを巡らせざるを得なかった。
もうすぐ、ベルリンが陥落し、既に大量の餓死者や病死者を出しているソ連や共産中国もそれで抗戦を諦めて無条件降伏することで第二次世界大戦は終わるという楽観的な見方もある一方で、この程度でソ連や共産中国が根をあげる訳がなく第二次世界大戦は続くという悲観的な見方もある。
どちらが正しいのだろうか。
少なくとも日本国内の状況は、かつての状況、第二次世界大戦勃発前、いや中国内戦介入前には戻れない状況に突入しつつある。
この戦争のために大量の若い男性の働き手が出征してしまったのだ。
その穴埋めのために。
女性や未だに十代の若い少年が、積極的に工場等で働かねばならない現状が出現してしまい、それに対応して社会も変わりつつある。
例えば、近頃は労働組合さえも女性や少年対策のために、婦人部や少年部を組合内部に立ちあげる例が増えている。
実際に幸恵の地元の横須賀では、立憲民政党の代議士の小泉又次郎が音頭を取って(選挙対策のためもあり)地域の労働組合に婦人部と少年部を立ち上げさせたのだ。
第二次世界大戦が終わり、働き手が復員してきた時に彼らは元の職場に戻れるだろうか。
働き手の地位を確立した女性や少年によって、職場に中々戻れないのではないか。
そして、女性や少年が働きやすい職場が作られていくのではないだろうか。
この第二次世界大戦が起きるまでは、自分にとって思いもよらないことだったが、本当に日本社会は第二次世界大戦によって大きく変わって行っている。
その行く末はどうなるのだろうか。
いや、その前にこの第二次世界大戦はどのように終わりを迎えるのだろう。
幸恵は更に想いを巡らせた。
幸いなことに(海兵隊の傷痍軍人である)自分の夫は、第二次世界大戦で直接の影響は受けないだろうが、総司や義弟の勇はそもそも生きて五体満足で第二次世界大戦から帰還できるのだろうか。
少しでも早く第二次世界大戦が終わってほしいが、もし、ベルリン陥落後もソ連や共産中国がまだまだ抗戦を貫くことを決めたら、第二次世界大戦は後2年は終わらないのではないだろうか。
そうなったら、更に日本や世界は変わっていくだろう。
そうなったとき、本当に自分達はどうなっているのだろうか。
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