第2章ー15
実際、独軍が猛反撃を試みつつあるという連絡を日本海兵隊から受けた米軍やポーランド軍は、即座に日本海兵隊を救援しようと動き出していた。
「後方は安心して我がポーランド軍に任されたい。前だけ向いて、米軍は日本海兵隊救援に努められたし」
ポーランド軍のレヴィンスキー将軍からの電文が、米軍総司令部にいたアイゼンハワー将軍の下に届いた。
アイゼンハワー将軍は、その電文を読んで、その内容に強く肯きながら想った。
後方はポーランド軍に任せ、我々は日本海兵隊救援に専念しよう。
「パットン将軍に電文を打て。米第3軍は総力を挙げて速やかに日本海兵隊を救援せよ。ブラッドレー将軍にも電文を打て。米第1軍は米第3軍を支援せよ。詳細な命令は追って下すが、取りあえずは各軍司令部が最善と思う行動を取ることを容認する」
アイゼンハワー将軍は命令を下した。
「この命令を待っていたぜ」
アイゼンハワー将軍から日本海兵隊の救援命令を受け取ったパットン将軍は笑みを浮かべて言った。
「サムライやクラウツに、我が米軍の実力を見せつけてやる」
パットン将軍には自信があった。
閑職に追いやられていた間、改めて各国の戦車の運用法等を研究し直した。
そして、その研究から意見具申をして、4個機甲師団を編制したのだ。
後は実戦で戦果を挙げるだけだ。
パットンは獲物を狩るために解き放たれた猟犬のように逸っていた。
パットンの命令の下、第3軍は日本海兵隊救援のために動き出した。
パットンの自信の源になっていたのが、この度の戦いで初陣を飾るM3中戦車だった。
英日等からの様々な協力を受けて米国が開発した国産戦車だった。
3人用砲塔に57ミリ長砲身の主砲を搭載した30トン近い重量の中戦車だ。
装甲は最も厚い部分でも60ミリ程度と薄いが、側面、後面等の装甲は零式重戦車を凌ぐ。
日本のように正面装甲を極端に重視し過ぎるのはどうか、という主張から正面装甲をやや薄くして側面等の装甲を増したのだ。
勿論、砲塔正面等は傾斜装甲にして、垂直装甲よりも防御を厚くしている。
これを主力とする米機甲師団は独装甲師団より優位に戦える筈だ、とパットンは考えていたし、多くの米軍将兵も考えていた。
だが。
「そんなバカな」
「いえ、間違いありません。敵は新型対戦車砲を本格投入しています。おそらく我々と同じ50ミリ級」
勇躍して進撃を開始した第4機甲師団司令部は、前線からの報告を受けて少しパニックになっていた。
独軍は37ミリ対戦車砲を凌ぐ50ミリ対戦車砲をこの戦いに本格投入していたのだ。
(実際には昨年5月の独仏戦本格化以前に、独は50ミリ対戦車砲の開発を完了していたのだが、37ミリ対戦車砲の生産ラインをすぐに50ミリ対戦車砲の生産ラインに切り替えることはできず、1941年の今まで少数投入に止まっていた。
更に最精鋭と敵味方が目していた日本海兵隊が中部ドイツに向かったために、この時の中央軍集団に50ミリ対戦車砲が重点配備されていたのである)
陸軍航空隊等の支援を仰ぎつつ、独軍の新型対戦車砲部隊を排除して米軍は更なる前進を図る。
そこに独軍は第二の武器を潜ませていた。
「放て」
独軍歩兵は、ようやく量産が始まったばかりのパンツァーファウスト10発余りを米軍戦車に放った。
射程は30メートルと言ったところで、弾道は山なりで命中精度も良くない。
だが、悪いことに日本海兵隊を救援しようと逸る余りに歩兵をこの時に米軍戦車隊は随伴してなかった。
たちまちの内に4両のM3中戦車が炎上する。
それをしり目にして独軍歩兵は撤退していく。
第二次世界大戦時の独軍歩兵の対戦車兵器の切り札とされるパンツァーファウストの初陣だった。
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