第2章ー10
「我が日本海兵隊が保有する零式重戦車は、極東戦線からの情報までも鑑みても世界最強の戦車の一角を占める存在です。そんなに独軍を恐れる必要は無いと考えますが」
土方勇中尉は、岸総司大尉に言った。
実際、土方中尉の発言は間違っているとは言い難かった。
この1941年初頭段階で言えば、ソ連のKV戦車系列は別格の強さを持つ戦車ではあったが、攻守に特化しており、いわゆる走攻守の三拍子のバランスが取れている戦車と言えば文句なしに零式重戦車はトップを争える戦車だった。
(もっとも細かい欠点を突けば、正面装甲を重視する余り、零式重戦車の側面、後面等の装甲が薄弱というのは否定できない話だった。
実際、敵の独ソ側にもその欠点が徐々に知られるようになり、独ソ側に零式重戦車はその欠点を衝かれるようになる。)
「その言葉が危険なのだ。敵の独軍を無意識のうちに軽んじている。常に敵に敬意を示して当たるのは、基本的な考えだぞ。敵が自分の想定よりは強大な存在だ、と考えて物事は考えないといけない」
岸大尉は、土方中尉を諭すように言った。
その言葉を聞いた土方中尉は、岸大尉の言葉に肯けるものを感じ、下を向いてしまった。
「そして、攻勢を行うということは敵が待ち構えているところに攻撃を掛けるという事でもある。注意しておくことに越したことは無いぞ」
「確かにその通りですね」
義弟の言葉を土方中尉は素直に認めた。
「少し言い過ぎたが、ともかく敵がそろそろ新兵器を本格的に投入する等の事態が起こり、零式重戦車が無敵を謳歌できる時が過ぎ去りつつあるのは否定できない話だ。具体的な情報は入っていないが、零式重戦車が前線に投入されて1年近くが経つ。矛と盾の関係ではないが、そろそろ独軍も対抗策を講じていてもおかしくはない」
岸大尉は、土方中尉に言い、その言葉を受けた土方中尉は少し考え込んだ。
「そうですね。例えば、新型対戦車砲や携帯式の対戦車噴進弾等が前線に投入されてもおかしくない気がしてきますね」
暫く考え込んだ末に土方中尉は発言し、その言葉は岸大尉を肯かせつつ言葉をつなげさせた。
「更に言うなら、独も民兵隊を前線に投入してくるだろう。中国本土では、それに手を焼く羽目になった。民兵隊は厄介な存在だ。敵に憎悪を膨らませ、こちらも味方以外は敵だ、という考えでの対処を強いかねない。そうなった末がどうなるかは想像がつくだろう」
「確かに恐ろしい結末になりそうですね」
岸大尉の言葉を聞いた土方中尉は背筋が凍る思いがした。
「余り事前に考えても仕方がないが、注意を払うに越したことは無いぞ。それではな」
岸大尉はこの場を去ろうとするようだった。
土方中尉は何の気なしに尋ねた。
「第3海兵師団司令部にすぐに還るのですか」
「いや、斉藤少尉に息子の優のことを聞いてから還るつもりだ」
岸大尉は答えた。
土方中尉の癇に障るものがあった。
斉藤少尉は確かに元名古屋帝大医学部の小児内科医の軍医士官だが妙齢の女性でもある。
それにこれまでの経緯から考えると。
「まさかとは思いますが」
「何を言うのだ。邪推にも程がある」
土方中尉の言葉を、ムキになって岸大尉は否定した。
土方中尉は溜息が出る想いがした。
妻の千恵子が心配するのももっともだ、義弟の岸大尉は斉藤少尉を口説くつもりではないか。
岸大尉は今は独身だから目くじらを立てる必要は無いかもしれないが、それにしても戦争中に。
全く父と息子と似ている者だ。
同じ兄弟なのに、アラン・ダヴー大尉が父に似なくて本当に良かった。
ダヴー大尉は、愛妻家で連れ子の養子を実子のように愛おしんでいる。
ダヴー大尉を岸大尉は見習うべきだな。
土方中尉はそう想ってしまった。
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