第2章ー9
そんな会話が、ある意味では雲の上で交わされていること等、各軍の現場の将兵にしてみれば関係ない話だった。
そして、現場の将兵の一人である土方勇中尉は、黙々と次の作戦に備えた様々な準備を行っていた。
「取りあえずは、部下の練度は問題ない。装備に関する部品等の準備も充分。いつでも我々からの攻勢発動は可能だな」
負傷が癒えて、前線に復帰していた土方中尉はそのように訓練を終えた後に独り言を言っていた。
「いつでも攻勢発動可能とは頼もしいな」
そこに義弟の岸総司大尉が土方中尉に声を掛けてきた。
「岸大尉、いきなり何事ですか」
「うん、義理の兄の具合を確認しに来たのだが、その様子だと問題なさそうだな」
「ええ、大丈夫です」
義弟とはいえ、実際の年齢は岸大尉の方が2歳程年長であり、階級も上である。
不意を衝かれたこともあり、土方中尉はかしこまって答えてしまった。
「それは重畳。ところで、近々攻勢を発動するという情報は手元に届いているか」
「ええ。細部は隠されていますが、攻勢発動準備にかかるようにと第1海兵師団司令部から士官級のみ閲覧可という機密指定で命令が下されています。第3海兵師団でも同様では」
「その通りだ」
義兄弟は会話を交わした。
「どこを目指すのか。明かしてもらえませんか」
「お前も士官なら分かるだろう。自分で推測を言ってみろ」
土方中尉の問いかけに、岸大尉は試すかのような発言で答えた。
「そうですね。フルダ渓谷の突破を図るという計画はいかがでしょうか」
「ほう。さすがは土方歳三提督の直系の末裔だけのことはある」
土方中尉の答えに、岸大尉は芝居がかった言葉で返した。
その答えから土方中尉は自分の答えが間違っていない、と確信した。
だが、機密保持の観点からこれ以上の答えは得られない、とも土方中尉は推測できた。
「どうもありがとうございます」
言外にそれ以上は言わなくてもいいです、と土方中尉は言い、岸大尉もそれ以上の口は噤んだが、別の事をそれとなく話してくれた。
「サムライは、米軍やポーランド軍からも信頼される存在らしいな。いざという場合には、最先鋒をという話が出ているらしい」
「それは嬉しい話ですね」
岸大尉の言葉に、土方中尉は素直に喜んだ。
攻勢を行うに際して、最先鋒を務めるのは軍人としての誉れではないか。
だが、岸大尉の顔は皮肉めいた表情を浮かべている。
それに気づいた土方中尉は疑問を覚えた。
何故にそんな表情をしているのだろうか。
「土方中尉は素直でいいな。こういう話は裏を呼んでもバチは当たらないぞ」
土方中尉の想いに気づいたのだろう、岸大尉は言葉を発した。
「裏ですか」
土方中尉はすぐには分からなかった。
「よく考えろ。最先鋒を務めるという事は、敵情を探りながら進まねばならないという事だ。それだけ危険も高くなる。幾ら航空偵察等、事前に敵情を探る手段が発達しているとはいえ、敵もそれに対応して隠匿する手段を講じるものだ。だからこそ、米軍やポーランド軍は、我々に最先鋒をと話を振っているのだ」
「しかし、最先鋒を務めるのはある意味では誉れな話では」
岸大尉の言葉に土方中尉は反論した。
「確かに誉れな話ではある。だが、フルダ渓谷は地形的に独軍が守備を固めて側面攻撃等を仕掛けるのに好適な地形でもある。だからこそ、米軍やポーランド軍は、我々に最先鋒を譲ったという見方もある」
「成程、そういう見方もできますね」
岸大尉の言葉に土方中尉は頷きながら答えた。
「そして、我々が欧州に到着してから1年近くが経つ。独軍が対策を講じていないと思うか」
「いえ、そうは思いません」
「そして、独軍は巧みに抗戦するだろう。覚悟をしないとな」
二人は言いかわした。
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