エピローグー2
同じ日、土方勇中尉は、ウィーンを訪問していた。
表向きはワルシャワに駐屯している第1海兵師団からベルリン近郊に駐屯している第6海兵師団に転属となり、そのついでにウィーンにいる仏軍司令部に届ける書類の持参を頼まれたということになっている。
もっとも、書類を届ける任務があるのは本当だが、実際には違う理由もあると言うのが、土方中尉自身にも分かっていた。
「お久しぶりです。ダンツィヒでは派手に暴れたそうですね」
「仏軍にまでその話が届いていましたか」
土方中尉が所用を済ませた後、アラン・ダヴー大尉の下を訪ねたら、ダヴー大尉は開口一番に言い、土方中尉は頭を掻きながら言う羽目になった。
「私も耳を疑いましたよ。中尉の身でそこまでやったか、と。日本遣欧総軍総司令官に土方中尉は慰安所の一件で直訴状まで送ったとか。幾ら何でも話が膨らみ過ぎだ」
「はは」
土方中尉は笑って誤魔化したが、背中に暑さばかりではない汗が滴った。
結婚式で仲人を務めてもらったというつながりを悪用したのだが、冷静になればやりすぎなのを自分でも認めざるを得ない。
それにしても、あの件は色々と後味の悪い話になりつつあった。
「ちょっと夜に呑みにいけませんか。素面では話しづらい」
「それくらいの都合はつけますよ」
土方中尉は提案し、ダヴー大尉は同意した。
その夜、仏軍駐屯地内の士官用酒場で、二人は酒を酌み交わしていた。
敢えて周囲の注目を集めないように、二人は仏語で話している。
「あの件ですが、手紙を私が送ったのは本当です。速やかにあんな施設、閉鎖して女性達を解放せねばと私は考えたのです。女性達が全員、任意で働いているのならともかく、彼女達の言い分を信じれば、多くが強制的に働かされていたようなのです。実際には、それなりの支払いをしており、彼女達は実際には高待遇を受けていた、と施設の関係者は口では言いますが、遺されていた文書を精査したり、彼女達自身の証言を聞いたりする限り、とても酷いものでした」
「当然でしょうな。あんな所で自ら進んで働きたがる女性はそういないでしょう。我が仏軍が占領した中でも幾つかそういった施設が見つかっています」
酒場の中ということもあり、二人は言葉を選んで話していた。
「ですが、彼女達と面接した女性の軍医が、こっそり話してくれました。彼女達は、もう故郷に帰れないと多くが覚悟している。本当に気の毒だけど、そうするしかないだろうと」
土方中尉は、そう話してくれた斉藤少尉の表情を思い浮かべながら話した。
実際、冷静に考えれば彼女達がそうせざるを得ないと考えるのはもっともだった。
「確かに否定できない話でしょうな」
ダヴー大尉は、自分の子を妊娠し、産んだ筈のカサンドラのことを脳裏に思い浮かべながら話した。
あの直後は故郷にでも帰ったのだろう、と考えていたが、冷静に考えれば彼女の口ぶりからすると無理矢理に娼婦にされたようだった。
そんな身で故郷に帰れる訳が無い。
カサンドラ、君はどこにいるのだ、スペインの何処かで少しでも幸せを掴んでいて欲しいが。
「本当にやるせない話です。かと言って、お前がしでかした結果だ、と言われたら返す言葉がない。それに他国がやっていることを考えると、日本だけ恰好をつけていると思われても仕方ない。遣欧総軍司令部は他国を非難するつもりはない、と釈明に動いていて、自分は仏軍に派遣されたという訳です」
酔いに半ば任せて、土方中尉は肚の内をぶちまけた。
「本当にこの後もあるのでしょうね」
「あるでしょうな」
それ以上の言葉を交わさずに、二人は押し黙って酒を酌み交わした。
本当にどうすればいいのか、答えの出ない考えを二人は考え続けた。
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