エピローグー1
エピローグの始まりです。
結果的にですが、仮想戦記ではなく、仮想史の大河小説における一族のエピローグになります。
「ここです。ここに私は座って、日本対イタリアの決勝戦を見届けたのです。そして、センターポールに日の丸が翻るのも」
「そうか」
「あの相良大尉じゃなかった相良中佐の嵐のようで、なおかつ精確なシュート、そして、秋月少佐の完璧としか言えないキーパー技。あれはもう二度と見られないのですね。そして、大友少佐の見事な指揮も。遺されたのは鍋島大尉他5名だけ。あれから5年程しか経っていないのに」
川本泰三中尉が、半ば独り言を語るうちに感情を溢れさせて、涙を零しだして熱弁を振るうのを、岸総司大尉は傍で暖かく見守りつつ、想いを馳せた。
あれから5年程しか経っていないのか。
川本中尉と岸大尉は、9月初旬のある日、ベルリン・オリンピアシュタディオンを訪れていた。
ベルリンが陥落し、ベルリン近郊に日本海兵隊2個師団は駐屯地を構えて、そこで補充等に努めていた。
そうした中、川本中尉の希望からベルリン市内の巡察という名目を付けて、川本中尉と岸大尉はベルリン・オリンピアシュタディオンを訪れていたのである。
ベルリン攻防戦で戦場となったこともあり、ベルリン・オリンピアシュタディオンは廃墟、瓦礫の塊と評されても仕方のない惨状だった。
だが、それでも遺された物から、往時のことを偲ぶのが全くの不可能という訳ではなく、川本中尉は却って往時のことを思い起こしてならないようだった。
あの後、暫く経ってから、岸大尉は言ってはならないことと分かっていても、石川信吾大佐を訪ねざるを得なかった。
そして、思わず石川大佐を問い質してしまった。
「どうして、相良大尉を最前線に送ったのですか」
「馬鹿野郎、お前の兄貴も最前線で戦っているだろうが。サムライは最前線で戦ってこそ華なんだ」
石川大佐は、そう絞り出すように言って、横を向いた。
岸大尉は、それだけで察してしまった。
岸大尉の義兄、土方勇中尉は、岸大尉でさえ比較にならない海兵隊の名門の出といってよい。
その土方中尉でさえも戦車乗りとはいえ、戦死の危険が高い最前線で戦っている。
それなのに、相良大尉(中佐)を最前線に送らない、ということができるわけがない。
そう暗に石川大佐は言っているのだ。
岸大尉は無言で敬礼して謝罪の意を石川大佐に示して、辞去する他無かった。
この場所にいるせいか、岸大尉が、そんな想いをしていることに、敢えて気づいていないふりをして、思いの丈を川本中尉は吐き出そうとしているようだった。
そして、岸大尉もそれを容認したい気分が高まっていた。
「知っていますか。ヒトラーがアーリア人種の優越性を示そうとして、ベルリンオリンピックを企画したことを。そして、米国人のジェシー・オーエンスとサッカー日本代表が、それを跳ね返したことを。政治をオリンピックの、スポーツの世界に持ち込むのは許されないことでしょうが、ヒトラーの思惑を跳ね返せたと知って、我々は正直に言って嬉しかったです」
川本中尉は微笑みながら言った。
「そうか」
岸大尉は溢れる想いからそれ以上のことは言えなかった。
「それにしても、相良中佐の最期の頼みは重いですが、果たさない訳には行きませんね。まだ、この戦争は続くでしょうし、戦争が終わったとして、すぐには日本代表を再建することは無理でしょう。でも」
川本中尉は、上を向いて言葉を続けた。
「いつか、ワールドカップ優勝を果たさねば。あの時、センターポールに日の丸が翻ったのを見た時に、自分達にとって手が届きそうなところにあったように見えたワールドカップ優勝、それを果たさねば」
岸大尉は思った。
本当に日本がワールドカップ優勝を果たすのをこの目で見たいものだ。
だが、それは今は遠いところにあるようだ。
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