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第4章ー33

 だが、川本泰三中尉の想いと裏腹に、ベルリン攻防戦は過熱した。

 文字通り、1メートルを独軍と国民突撃隊、日米連合軍は争いあった。

 そのために、いつか戦線はお互いに入り組んだ有様になるようになった。


 8月15日、川本中尉は今日もベルリン市街での死闘に、部下と共に身を投じていた。

 川本中尉がいる場所は、一本の道路で後方とつながってはいるものの、基本的に独軍に攻囲されているといってもよい場所だった。

 だが、この地点で川本中尉達が頑張っている限り、日本軍による独軍の部隊の逆包囲が可能になる。

 だから、川本中尉達も、そう易々とは後退できなかった。

 それに上官である岸総司大尉や友軍等も自分達の援護に向かっている筈だった。


 実際、援護の為の日本軍部隊が使用する日本製の銃器の射撃音が、徐々に周囲から近づいてくるのが、川本中尉には分かる。

 その音が聞こえる方向をあらためて見た川本中尉は、次の瞬間には呆然としてしまった。

 まさか、この場所であの人と会えるとは。

「大丈夫か」

 あの人は、自分達に声を掛けてきた。


「だ、大丈夫です」

 思わず自分の声が震えてしまう。

「どうかしたのか」

「相良大尉、まさかここで会うとは」

 あの人に自分は敬礼しながら言ってしまった。


「君は誰だ」

「川本です。あのオリンピックの時は補欠でした」

「川本泰三か。君とここで会うとは」

 ベルリンオリンピックにおける日本のエースストライカー、相良大尉は思わぬ偶然に呆然とした。

 だが、そのことが隙を作った。


「やられた」

 呆然として竿立ちとなった瞬間、独軍の狙撃手の銃弾が相良大尉の腹部を射抜いた。

「相良大尉の仇を執れ」

 川本中尉は叫び、相良大尉の部下と自分の部下を共闘させて、独軍の狙撃手をすぐに殺戮した。


 川本中尉は、相良大尉の傍に駆けつけたが、相良大尉の眼から光は徐々に失われている。

 横にいる衛生兵は、少しでも安楽に相良大尉が逝けるようにと鎮静用の麻薬を注射している。

「川本、知っているか。かつてのベルリンオリンピックの代表レギュラー16人の内9人が既に戦死したことを。俺は10人目になったようだ」

 相良大尉は、半ばうわごとを言った。


「そんなに死んでいるのですか」

 川本中尉は呆然とした。

「秋月も逝き、大友も逝った。かつての日本代表を支えた四天王の内、鍋島だけが遺されている。川本、頼む。鍋島や石川信吾監督とも協力し、ワールドカップで日本代表を優勝させてくれ。俺の最後の遺言だ。それが俺の心残りなんだ」

「分かりました」

 相良大尉の遺言に川本中尉は即答した。


「頼んだぞ」

 それが結果的に相良大尉の最期の言葉になり、川本中尉は相良大尉を看取った。


 暫く川本中尉が相良大尉の傍で呆然としていると、いつか岸大尉が傍に来ていた。

「川本中尉、相良大尉の遺体の後方への搬送を手伝ってやれ。小隊の指揮は俺がやる」

 岸大尉はそう言って、川本中尉の背中を半ば圧した。

「はい」

 岸大尉の言葉が、川本中尉を我に返らせ、行動に移らせた。


 川本中尉は、相良大尉を運びながら、内心で号泣した。

 何もここベルリンで相良大尉が戦死することはなかっただろうに。

 かつて、ここのオリンピックスタジアムで、サッカー日本代表は金メダルを取ったのだ。

 その栄光の場所で、エースストライカーが戦死するとは。

 悪い冗談にも程がある。


 そして、自分は相良大尉に約束した。

 日本代表をワールドカップで優勝させることを。

 死者との約束を違えることはできない。

 自分が生きている限り、その目標にまい進してみせる。


 戦場らしからぬ想いだ、と川本中尉自身も冷静になれば想わざるを得なかった。

 だが、その一方で相良大尉とサッカーに対する想いが溢れて、川本中尉は堪らなかった。

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