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第4章ー30

 8月20日、土方歳一大佐は息子の土方勇中尉を供にして、かつてのワルシャワの跡を歩いていた。

 勿論、公式の任務としてであり、今後の対ソ戦に備える準備を整える一環として、日本の遣欧総軍司令部からワルシャワの現状を把握する必要があるために、高級参謀として視察するということになっている。

 だが、息子の土方中尉の目から見る限り、父の視察任務は感傷に基づいて、自分から言い出したのではないか、という(決して口には出さないが)疑惑を覚えてしまう状況だった。


「多分、この辺りだな。日本大使館があったのは」

 かつてのワルシャワの跡に入り、しばらく息子の眼からすれば彷徨った末にたどり着いた場所で、土方大佐は呟いた。

 土方中尉は、父がポーランドに駐在武官として赴任していたことがあるのを思い出した。


「今は何もない更地といってよいな。もっとも、ワルシャワ全体がそうだが」

 父は更に独り言を続けた。

 土方中尉は、父の眼に涙が浮かんでいることに気づいた。


「早くワルシャワを再建したいものだ。おそらくポーランドの多くの人の願いでもあるだろう」

 土方大佐はそう呟いた後、暫く黙祷を捧げた。

 その後、涙をぬぐい、土方大佐は本来の職務に戻った。

 土方中尉は、土方大佐の後に付き従った。


 父がそんなことを言ったせいか、土方中尉はそれとなく周囲に目を配ってみた。

 するとワルシャワにいる多くのポーランド兵が、かつてを偲んでいるらしいことが分かった。

 勿論、土方中尉にはほとんどポーランド語が分からない。

 だが、ポーランド兵の態度を見ると。


 あるポーランド兵は黙祷を捧げている。

 別のポーランド兵は、懸命にどこかを探している。

 おそらくワルシャワ市街の自分にとっての思い出の場所だろう。

 また、別のポーランド兵は建物の残骸を抱きしめて泣いていた。

 廃墟、残骸と化しているのは分かっていたとはいえ、自分の眼で見たことで、この現実に対して、あらためて慟哭したのだろう。


 土方中尉は、彼らの態度を見て、あらためて想った。

 この世界大戦は、こういったことをどれだけ生み出しているのだろうか、また、この後にどれだけ生み出すことになるのだろうか。


 土方中尉の内心を無視するかのように、父は口を開いた。

「本当にワルシャワがこれだけ破壊されているとは思わなかった。願望とはいえ、もう少しまともな状態にあると思っていたのだが」

「確かにそうですね」

 土方中尉は、当たり障りのない返答をした。


「民生の点からも、対ソ戦の観点からも、速やかにワルシャワを再建せねばならないだろう。これは来年の春にならねば、対ソ戦は無理だな」

 そう呟く父の顔は、紛れもなく職業軍人の顔だった。

「民生、対ソ戦の観点からですか」

 土方中尉は、疑問を指し示すような声を挙げた。


「おいおい、ワルシャワは色々な面で交通の要衝だ。鉄道や内陸水運等の観点からな。勿論、独が破壊した後、全く再建していなかった訳ではない。だが、必要最低限のものだけで、お前も見たようにワルシャワはほぼ廃墟に近い状態のままだった。このままでは、対ソ戦の際の拠点として使えない」

「確かにそうですね」

 父の言葉に土方中尉は肯かざるを得なかった。


「それに民生の点だが。交通の要衝を再建することは、ポーランドの国民、国家経済を回復させるのに必要不可欠なことだ。また、首都ワルシャワが復興すれば、ポーランドの国民の間に希望も芽生える」

 父の言葉はもっともなことで、土方中尉は唸らざるを得なかった。


「もっとも、その前にベルリンを陥落させ、ヴィスワ河以西の独軍を完全に消滅させる必要がある」

 父は溜息を吐きながら言った。

 土方中尉は思った。

 そう言えば、ベルリンはまだ抗戦していたな。

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