第1章ー10
そんなやり取りを息子のアランがしていること等、ジャンヌ・ダヴーは知る由もなかった。
1月28日の夕食後に、ジャンヌは、こっそりとつまみとして確保していたチーズと義理の孫ピエールの手の届かない所にしまってあるジンのミニボトル2本を取り出すことにした。
いつもは飲むとしても1本しか飲まないのだが、今日はどうにも2本飲みたくて仕方なかった。
それを目にした息子の嫁カトリーヌが、ジャンヌに声を掛けてきた。
「お母さん、私も飲みたい気分なんです。ピエールが寝入った後、2人で飲みませんか」
「いいね。私もちょっと話ながら飲みたい気分なんだよ」
ジャンヌはその言葉に乗って、ピエールが寝入った後で2人で飲むことにし、ミニボトルを3本準備することにした。
ピエールが寝入ったのを二人は確認した後、二人は酒を飲む準備を整えた。
「それでは乾杯」
「乾杯」
姑と嫁はお互いのグラスを打ち合わせた。
ちなみにジャンヌはストレートで、カトリーヌはジントニックにして飲んでいる。
「それにしても3本も準備しなくとも良かったのでは」
「私が2本は空けたい気分なんだよ。林忠崇元帥がくたばったのを聞いてね」
カトリーヌの問いに、ジャンヌはいつもとは違う少し荒い口調で言った。
カトリーヌはあらためて想いながら話しかけることにした。
姑は実は娼婦等の荒んだ仕事をしたことがあるのではないか。
幾ら聞いても姑は否定するが、そんな気がしてならない。
「何か林元帥に含むところがあるのですか」
「時々思うのさ。林元帥がいなければ、アランの父に会うことはなかった。その一方で、アランの父は戦死してしまったのだとね」
ジャンヌはストレートのジンを一気飲みして酔いが回ったのか、涙を零しながら言った。
カトリーヌは想った。
今でも姑はアランの父のことを心から愛しているのだ。
「ところで、何であんたも飲みたいんだい」
「いえ。素面だと聞けないので。飲んだ勢いで聞きたいんです」
「一体、何を聞きたいんだい」
「スペイン政府から夫が貰ったお金はどこに消えたのでしょうか。そして、夫には私以外の恋人がいたのではないでしょうか」
ジャンヌの続けざまの問いかけに、カトリーヌは腹を括ったように言った。
ジャンヌは少し酔いが醒めたようだった。
「先日、夫が帰省した時にも想ったのです。夫はピエールを見る際、別の子どもの影を追っていると。かつての恋人との間に子どもがいて、その子のためにお金を使ったのでは」
カトリーヌはジャンヌに更に問いかけた。
「私が話したことは息子には内緒にしてくれ。息子にはスペインで恋人ができて、更に彼女は妊娠していたらしい。恋人の名はカサンドラという名前と私は聞いている。だが、彼女はスペイン人で故郷を離れない、と息子に言ったそうだ。それで、子どもの為にお金を遺して息子は帰ってきたらしい」
ジャンヌは声を潜めてカトリーヌに言った。
その言葉で、カトリーヌは得心がいったようだった。
「そういう事情だったのですね」
「それにしても、戦争で赴いた先で恋人を作って子どもを遺して。本当にあの人と息子は似ているよ」
ジャンヌは酔いが回ったためか、愚痴をこぼした。
「本当に父と息子と似ていますね」
カトリーヌも同意した。
「でも似てほしくないところがありますね」
「何だい」
「夫には生きて還って欲しいです」
ジャンヌとカトリーヌは更にやり取りをした。
「確かにねえ」
ジャンヌは同意した後に続けた。
「息子には生きて還って欲しいね。林元帥は戦場に何度も赴いたが生きて還った。息子も同様であって欲しいよ」
「私もそう思います」
カトリーヌはそう答えた。
姑と嫁は更に話し込み、最終的に4本のボトルを空ける羽目になった。
これで第1章は終わり、1941年1月からの欧州戦線を描く第2章になります。
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