8.アフターナイト・フィーバー
すいません、数日ぶりに確認したら予約投稿したつもりでやってなかった……。
《代償ハイラナイカラ、私ハ開ケタラサッサト帰ルカラナ!》
「はいはい、分かったからサッサと開けろ」
悪魔に言う事を聞かせることに成功したジョセフ達は、さっそく悪魔をセーフルームの前に押しやる。隠し部屋の扉が開くのを今か今かと待ち受ける彼らの前で、悪魔は半実体化して上半身を扉の中に突っ込んだ。
「よし、扉が開いたら一気にエドの身柄を押さえるぞ」
「丁寧に捕まえる必要はないぞ!? とりあえずタコ殴りして息があったら引きずり出せ!」
手に手に棍棒を持った貴族たちが鼻息荒く待機し……そして、一向に開かない扉に首を傾げた。
「悪魔は何をやっているんだ?」
「開けられない……訳はないよな?」
顔を見合わせたジョセフとケネスは壁に近づき、頭を突っ込んだままの悪魔に声をかける。
「おい、どうした?」
「まさか暗証番号が判らないとかじゃないだろうな?」
二人が呼びかけているのが判ったのか、悪魔が壁から一度身体を抜いた。そしてビックリした顔のまま。
《ワァオ!》
一声叫ぶとまた頭を突っ込んだ。
「……おい」
「……おい、もしかして」
二人の頭を最悪の想像がよぎる。
というかそれしか考えられない。
「おい悪魔、ちゃんと説明しろ!」
「中はどうなってるんだ!? どうなってるんだよお!?」
後ろでギャンギャン騒いでいると、また悪魔が頭を抜いた。
《ワーオゥッ!》
「それはもういい! わかるように説明しろ!」
「どうなっているんだ!?」
《ヤツハ……》
「ヤツは? エドモンドがどうしたんだ!?」
《人類史上最高ノてくにしゃんカモ知レナイ》
「なんだと!? どういう意味だ!」
《フォォオオ、アンナ技ノ数々、ドンナはーれむノ主ニ取リ付イタ時デモ見タ事ナイ……あめいじんぐ!!》
「おい、いいから開けろ! とにかく開けろ!」
おかしな感動に打ち震える悪魔の首をケネスが掴んで揺さぶった。ジョセフも我慢し切れなくなって無駄に扉を叩く。
「くそぉ、エド、テメエ!」
「さっさと開けねえと魔界にウナギを流し込むぞ!?」
《ドウイウ脅シカタダ、ソレハ……》
言われて悪魔が壁に潜っていく。そしてもう一回顔を出した。
《後学ノ為ニ、最後マデ見テカラデモイイ?》
「アホかおまえは!? 最後までさせたくないから今開けろって言ってるんだろうが! コンセプトを理解しろ、馬鹿!」
《馬ニ蹴ラレルゾ》
「うるせえよ、変なとこだけ人間社会の蘊蓄語るんじゃねえよ!? さっさと開けろ!」
《厄介ナ所ニ来チャッタナア》
また悪魔が引っ込んで、ややあって今度こそ隠し扉がゴロゴロと音を立てて動き始めた。扉が開くと、妙に晴れ晴れした顔の悪魔が現れる。
《ナンカ、チョウド終ワッタトコダッタ》
悪魔の顔面にケネスのロザリオ付き鉄拳がめり込み、吹っ飛んだ悪魔を追いかけるようにジョセフ達が踏み込んだ。
「エド、おまえを逮捕……」
セーフルームになだれ込んだジョセフ達が見た物は……パンツ一丁のエドモンドが片膝をついて両拳を上に突き出し、天に勝利を捧げる姿だった。
ハッとして視線を巡らせば、明らかに服を着ていないセレナが満ち足りた顔でシーツだけを体に巻き付けて横たわっている。
しばしの静寂。
皆が無言の中、ジョセフはエドモンドに歩み寄った。
「エドモンド君。処刑の前に、最後に何か言いたいことは?」
エドモンドも立ち上がってジョセフに向き直る。
「最高でしたっ!」
「うるせえよっ!」
「いやいや聞いてくれよマイブラザー。こう、なんていうのかな、経験豊富な俺でも今までのは何だったんだって思うくらいに次元が違う濃密な時間だったんだよ! なんだろうね、これ。いやもう二人は身体の相性が凄く良いっていうか……」
「聞いてくれじゃねえ! 何が悲しゅうて憧れの女神の寝取り自慢を聞かにゃならないんだよ!?」
「初めっから俺のだろうが。そもそもおまえセレナを“二息歩行のバークシャー豚”とか言ってたじゃないか」
「それはお互い様だろ!? エドだって散々こき下ろしていただろう!」
「ふっ、俺はちゃんとセレナに『周囲から散々悪口を吹き込まれて誤解させられていた』って告白して許しを得ているもんね! 枕語りで」
「自分だけ被害者ヅラして逃げてんじゃねえよ!? しかもどこで弁解してやがる!」
「だからベッドの中で腕枕してやりながら」
「とりあえずおまえにえぐり取った股間を咥えさせて、股裂きの刑に三回してから火あぶりに五回かけてやる! 天国直行便の前に拷問の追加注文はあるか?」
「余計なお世話だな。天国ならもうセレナと行ってきたよ」
「そうかあ、じゃあ地獄の方は初めてかあ? 楽しい所らしいぜ? 看守は」
「楽しみだったら自分で行ってこいよ、どうせ天国の方は行けないんだろ?」
「あ、あのう……」
エドモンドとジョセフが鼻先突き合わせてメンチを切っているところへ、横から恐る恐る声がかかった。見れば起き上がったセレナが身に巻いたシーツを抱きしめながらもじもじしている。
「あ、どうしたのセレナちゃん」
「お取込み中すいませんが……その……私、服を着たいんですけど……」
「なんとぉ!?」
二人の後ろでエドモンドの首を跳ね飛ばす気満々で剣を抜いていたケネスが、セレナの発言を聞いて構えた姿勢のまま鼻血を吹いて倒れた。
「ケネス!? おまえ、いくら何でも免疫なさすぎだろう?」
「セレナ嬢に言われたんだぞ!? こ、こんな破壊力のある呪文があるか!」
「さすが女に一生縁のない男……こんなんだからお花畑なデートプランなんだな」
「人前で言うんじゃねえ! そ、そんな事よりセレナ嬢が出てけって言ってるだろうが!」
ケネスが慌てて突入した貴族を追い出しにかかる。
「す、すいませんねセレナ殿! すぐにコイツら外に出しますから!」
「おう、行ってらー」
「……エドモンド、おまえ何見送る気満々なんだよ」
「だって、そりゃ」
エドモンドがハンガーにかかったセレナの青いドレスをはずしている。
「貴婦人の夜会ドレスが一人で着れる筈が無いだろう。手伝うんだよ」
「……」
一度外に出されかけていた一同が急ブレーキをかけ、ケネスごと逆流してきた。
「だ、だったら俺が補助を!」
「何を言う、儂だ!」
「いやいや僕に任せてくれ!」
一斉にお手伝いを申し出る男どもに、エドモンドが尋ねる。
「ドレスを着るのを手伝ったことがある奴は?」
黙り込む男達。
「……エドモンド、おまえはできるのかよ」
ケネスに言われてエドモンドが自慢げに鼻を鳴らした。
「当たり前だ。貴婦人・メイド・女騎士に町娘まで、密会した後に何事もなく帰さなくちゃならないからな。ドレスは言うに及ばず、メイド服にワンピース、鎧から尼僧服まで女性が着る服は一通り着付けができる! もちろんコルセットを初めとする下着類も完璧だ」
だから任せろと隠し部屋を追い出され、ケネス達は己の迂闊さを呪った。
「くそう、エドモンドがこんな地道な努力をしていたとは」
「これか? この気遣いがモテる秘訣なのか!?」
「なにをゴチャゴチャ言っとるんじゃ?」
「あ、陛下。実は……」
かくかくしかじかと説明を受け。
「ふむ。で、エドモンドとセレナ嬢を残して出てきたと」
「はあ」
「……大丈夫か?」
「え?」
周囲が静まったところで、セーフルームの中からかすかな声が漏れてくる。
『もう、殿下ったら変な所触って!? 悪戯しちゃだめですぅ』
『いいじゃないか、愛しいセレナ。外の連中にも聞かせてやろうぜ』
『あん、もぅ!』
『ふふふ、かわいいよ僕のセレナ』
「イチャコラしてねえでサッサと出てこい痴漢男! 松明投げ込むぞオンドリャア!」
ジョセフが怒鳴ると、やっとガサガサと衣擦れの音がし始めた。
殺気立って武器を握り締める人々の前に、満面の笑みのエドモンドと秘事を周知されて真っ赤なセレナが降臨した。
左右にジョセフとケネス、宰相と近衛騎士団長を従えた国王が出迎える。
「エドモンド」
「父上」
「聞くまでもないことだと思うが……まさかの本当に間違いなく、儂のセレナ嬢に手を出したなんてことは無いじゃろうな?」
「もちろんですとも」
エドモンドもこっくり頷く。
「愛を育んだのは私のセレナですから。父上のセレナ嬢なんて全くこれっぽっちも見かけたことさえありません」
そして周囲の貴族たちを見渡す。
「お前ら、国王陛下のセレナ嬢なんて見たことあるか?」
「全然無いですな」
「そんなモノこの世界にいる筈もないです」
「いい歳だからボケがまわってきたんじゃないですかね」
「お主ら揃いも揃ってなんじゃ! 打ち首にするぞ!?」
「だって陛下が在りもしないことを言うから」
そう言って平然と胸を張るエドモンドと貴族たち。青筋を立てた国王はそれでも一旦黙り、少し考えて指を鳴らした。
「なるほど、分かった。脳みその足りんお主らにはいささか定義の難しい話をしてしまったようじゃな」
どう見ても悪役ヅラで笑顔を浮かべる国王。
「ならば儂がはっきり命令して進ぜよう。よいか、セレナ・ロックフォール侯爵家令嬢は危機的な種の保存状況にある希少天然記念物であるゆえ、誰のものでも関係なく国が直々に保護下に置く。これ決定な!」
周囲の白けた表情を気にせずドヤ顔でご満悦の国王がふんぞり返った。
「なるほど」
横で宰相がしたり顔に頷いた。
「国の保護下に置くということは行政府の長である私が嫁に迎えろと。陛下の御深慮感謝いたします。御期待に添うべく、私も日夜頑張って繁殖に努めねばなりませんな」
「ちょい待ち伯爵。なんでそうなる。国が保護っつーたら儂が世話をするって事じゃろが」
「いえいえ陛下。貴方は国権の長。私は実務の長。陛下はどっしりと国家の象徴として構えるのが仕事、額に汗して実際を取り仕切るのが私どもでございます。従ってセレナ嬢のお世話は手取り足取りロマンスグレーなこの私が誠心誠意行いましょう」
「歳食ってりゃ誰でもロマンスグレーを名乗っていいモノじゃないぞ伯爵。やはり人生経験の重みが物を言うのじゃ」
「ということは数々の国事を華麗に捌いてきた私に勝る人材は無いということですな? 能力を高くかっていただきまして小生恐縮に存じます」
「ああ言えばこう言うのう!?」
「それが仕事でございますれば!」
殴り合いの喧嘩に発展している親二人をほっておいて。
ケネスがゴホンと咳払いし、皆に拳を見せつける。
「ジジイどもの顰蹙漫才は置いておいて……悪の怪人・下半身男からセレナ嬢をお救いするのは、やはり武に優れた俺しかいないだろう」
「何を馬鹿を言っているのだ、お前は」
近衛騎士団長がやれやれと首を振る。
「お前ごときが百戦錬磨の騎士団の頂点に立つ俺に腕でかなうわけないだろう?」
「子供の喧嘩に大人が出て来るな、恥ずかしい」
「おまっ!? 今それを言うか!? もう成人するお前が恥ずかしげもなく子供を主張するな!」
「ライバルを蹴落とす為ならどれだけでも卑怯な手を使ってやるわ!」
「言いやがったな、そこへなおれ! 育て方を間違えた責任を取って成敗してくれる!」
怒髪天を衝く勢いで剣を抜く近衛騎士団長。
「人の事を言う前に自分の道が間違っていないか母上に聞いてこい、色ボケオヤジが!」
ケネスもすでに抜いていた剣を構える。鋭い金属音が鳴り、真剣で鍔迫り合いを始めた筋肉馬鹿二人。
それを見ながらエドモンドがジョセフに聞いた。
「なんでコイツらは肝心のセレナの意思を確認するって発想が無いんだ?」
「セレナちゃんに聞いたらエドって言うに決まってんだろ。セレナちゃんのチョロさ舐めんな」
「気づいていたか」
「あ・た・り・ま・え・だ!」
「まあ、とりあえずだな」
ジョセフが手を叩いて注目を促した。喧嘩をしている二組以外はみんなジョセフに注目する。
ジョセフがピッとエドモンドを指す。
「セレナちゃんが誰のものかは置いといて。ひとまずエドを潰そう」
「おおうっ!」
一斉に鈍器を振り上げる一同。それを見たエドモンドはあわてず騒がず。
「諸君、俺を害せばセレナが悲しむのが判らんのか!」
そう言われて、まるっきり平静なジョセフ達。
「それが腹立たしい」
「アホか、そこが狙い目だろうが。無関係な第三者を装って慰めてゲットだ!」
「いらない所で頭がまわるな、おまえら」
じりじりと迫りくる貴族どもから逃れるように、セレナを背にかばってじりじり下がるエドモンド。
「で、殿下……」
「大丈夫だ、セレナ」
心配するセレナに余裕を見せるエドモンド……へ、ジョセフが棍棒を振りかぶる。
「そう、大丈夫だエド。きっちり天国へ送ってやる!」
振り下ろされた棍棒に対して、エドモンドは手を伸ばした……横へ。
「ふっ、できるかな?……宰相ガード!」
横で国王と殴りあっていた宰相の襟首をつかみ、ジョセフの前にかざす!
大きな鈍い音がして、宰相は棍棒で額を打たれてぐったり伸びた。
「……コレお前の親父だぞ。意外と鬼畜だな、おまえ」
「ふっ、たとえ父とは言えセレナちゃんに限ってはライバル。ちょうどいい感じに不可抗力だ」
あくどい笑いを浮かべながら再度棍棒を振りかぶるジョセフ。
「なるほど……では、これでどうだ!」
再び振り下ろされる棍棒の前に、エドモンドはいきなり相手がいなくなってキョトンとしていた国王をかざす!
「最高権力者・国王ガード!」
再び大きな鈍い音がした。
「おまえ、ガードにならないのを確信して出してきただろ」
「まあな。邪魔だしな」
国のトップ一位二位をあっさり片付けると、そこで初めてエドモンドは腰の剣に手をやった。
「普通そっちが先だよな」
「いきなり剣を使っちゃ偶然を装ってこいつらを片付けられないじゃないか」
「そりゃそうか」
国王と宰相を殴り倒したことをそれだけで片付けると、いよいよ本番とばかりにお互い長物を向け合う。
「思えばジョセフ、おまえと勝負するのは初めてだな」
「ああ、こういうのはケネスの役割だったからな」
お互いフッと笑い、軽く剣と棍棒を軽く引くと……次の瞬間、エドモンドがサッと身を翻し、大幅に飛びのいた。直後にエドモンドの立っていた位置に一斉に打ちかかった貴族たちが体勢を崩して雪崩のように倒れ込む。
「やはり考えていたかジョセフ」
「当たり前だ。エド、おまえが恨みを買ってるのは一人二人じゃないぜ?」
エドモンドは殺気立って周りを取り囲む若手貴族たちを見回した。
「にしても多すぎないか?」
「宮中の若い女を独り占めにしておいて良く言うな」
「俺が独り占めにしなくたって、おまえらには元々縁が無いだろ。常識で考えろ」
「おまえ自分の死刑宣告に何回サインしたら気が済むんだ」
《全クダ。オマエタチハ、ヨクゾココマデ我ヲ怒ラセタモノダ》
「!?」
突如二人のやり合いに割り込んできた天から響くような声。それはまるで、
「さっきの悪魔か……?」
悪魔が現れた時と同じような摩訶不思議な音声にジョセフ達は周囲を見回し、
「ちょうどいいや、おい悪魔、ちょっとエドをぶっ殺せ」
考えるのを止めた。
《イキナリ使イダテルナ》
エドモンドも初めて聞く声に不思議そうにあたりを確認したが、
「おい悪魔とやら、こっちにつけばもっと好条件で雇ってやるぞ」
やっぱり細かいことを気にするのを止めた。
《ナンデ悪魔ニ会ッテ平然ト買収カラ初メラレルンダ》
「理屈を言ってないでサッサと仕事しろ、この給料泥棒」
《オマエ、サッキ我ノ部下ヲタダデ使ッテイタヨナ》
「とりあえずコイツらぶっ殺したら、その魂を好きなだけくれてやるぞ」
《オマエモ自腹切ルツモリガ無イトカ、相当イイ性格シテルナ》
どこまでもマイペースな二人に苛ついたのか、ツッコミに疲れたのか。
《ソモソモ、コイツラト話ヲスルノガ無駄ダナ》
会話を打ち切るような呟きと共に、どこからともなく黒い煙のようなものが湧いてくる。
《サッキハイキナリ攻撃サレテ不覚ヲ取ッタガ、今度ハソウハイカン》
黒い煙は一ヶ所に集まり、柱状に円筒形の霧となる。そしてその中には気を失っている国王が。
《悪魔ヲ舐メタ事、魔王ヲ甘ク見タ事ヲ後悔スルガイイ》
「ん?」
「あれ? まさか」
気絶している筈の国王が起き上がった。その身体には黒い霧がまとわりついている。
《サア、国王ガ人質ニナッテイタラ、貴様ラはドウスルカナ?》
魔に取り付かれた国王の顔が、悪魔そっくりにニイッと笑った。
たいがいロクデナシです。