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6.バカの壁

だんだんエドモンドが人でなしになってきてますね。

 急いで後宮への通路へ向かったジョセフ達だったが……エドモンドはまたも裏をかいていた。

 反対側から同志が走ってくるのを見て、ジョセフは作戦が何らかの破綻を見せたのを察知した。

「どうした!? エドが何か予想外なことをしたのか!?」

連絡係の伯爵家令息が荒い息で頷く。

「王子は後宮へは来なかった! 警戒に出ていた斥候隊が殿下を発見したけど、後宮ではなくて別の方向へ向かっているみたいだ」

 見取図を見ながら説明を受けたジョセフの指が、一点を指して停まった。

「この方向だと……礼拝堂か?」

「確かに。他に目立った施設は見当たらない。しかし……」

近衛騎士団長も同意しかけたが、その表情には困惑がにじみ出ている。

「確か礼拝堂は行き止まりの部屋だぞ? 窓だってないし、あそこに入ったら元の通路に出るしか道はない」

「隠し通路は?」

「少なくとも図面に載っているようなものはないな」

 袋小路に逃げ込むエドモンドの意図が判らない。判らないが、答えは結局追い詰めて吐かせるしか知る方法はない。

「まさか、礼拝堂で結婚式を挙げるつもりだとか」

「司祭が常勤じゃないのはエドも知っている筈だよ。ていうかこの状況で呑気に挙式なんて発想になるほど馬鹿じゃないぞ、アイツは」

 団長が手を叩いた。

「ここであれこれ詮索したって仕方ない。とにかく穴が無いように注意しながら礼拝堂に追い込むんだ。対策本部にも連絡、総出で追い詰めよう」

ジョセフの号令一下、恋する男たちは動き始めた。




 エドモンドの動きは、さっきまでのマジシャンまがいの逃走劇を考えると直線的だった。なんのトリックもなく礼拝堂を目指している。罠を疑いながらもジョセフ達は包囲と追跡を続け……そしてなだれ込んだ礼拝堂で見たのは、静まり返る無人の空間だった。

 ジョセフはあっけにとられて周囲を見回した。

「……どういうことだ?」

ジョセフに続いて突入した者達も、まったく人影のない礼拝堂に戸惑っている。

「おいっ、途中で見逃していないか!?」

「いや、確かにこの通路に追い込んだんだ!」

現場までやって来た国王が報告を受け、礼拝堂を見回した。

「うーん……礼拝堂か」

「何か、エドが隠れられるような物が?」

訊かれた国王がしばらく考えて……ハッとした顔で叫んだ。

「セーフルームか!」

「セーフルーム?」

「この城が落ちそうになった時や身内に狙われ城内が危険な時、救援が駆けつけるまで隠れているための隠し部屋じゃ。ずっと使われておらなんだので場所が良く判らんが、確かこの部屋に入口があったと思った」

「隠し通路の図面にも載っていない、最高機密の隠し部屋か……」

 国王一家しか知らない部屋。それがここにあるなら、エドモンドが使おうとしてもおかしくない。

「……というか陛下、なんで唯一知っている貴方が疑問形なんですか」

「使わないんだもの」

しれっと言う国王に、もしやと宰相が質問する。

「ということは、どこに入口があるのかも……?」

「うむ、あやふやなんじゃが……」

やっぱりな、という弛緩した空気が流れる。

「い、いやいや待て待て! 思い出すから! すぐ思い出すから!」

周囲の呆れた雰囲気に慌てつつ、王は周囲をもう一度見回し。

「あそこじゃ!」

「!」

王が指さす壁を皆が一斉に注視したところで。

「え? 隠し部屋はこっちですよう」

掃除に来たらしいモップを担いだメイドが反対側を指さした。




 隅にしゃがみ込んでいじけている国王をほっておいて、ジョセフがメイドに確認する。

「セーフルームの入口はこの辺りで良いんだね?」

「はい。だいたいこれぐらいの広さが開きます」

「扉は結構厚いのか?」

「扉っていうか……かなり分厚い石の壁が丸ごと、からくり仕掛けで一回引っ込んで横にスライドして行くんです」

メイドが身振り手振りで説明するのを見ると、扉は指先から肘くらいまでの厚みの石壁だということがわかる。堅牢ぶりに一同がウッと詰まるのを横目に、ジョセフが一番気になることを尋ねた。

「それで君、なんでここに隠し部屋があることを知ってるの?」

「王子の指示でいつも掃除してるんです」

「……掃除? エドの命令で?」

「はい。ここは王子が政務に疲れると休憩する隠れ家に使ってまして。だからいつでも使えるように手入れを」

「あの野郎、こんなとこでサボってたのか……ちなみに、中はどうなっているんだ?」

「あんまり広い部屋じゃないんですけど、真ん中にキングサイズのベッドがありまして、周りの壁は棚になってます。いろんな本とか、お茶のセットとか、お酒のコレクションとかありまして……香水やアクセサリーみたいな女の子へのプレゼントとかも常備されてるんですよ。王子は手ずからお茶やお酒を用意して下さいまして、軽妙なトークで優しく緊張をほぐしてくださるんです」

「ちょっと待って……それって、もしかして」

「何度か王子にお誘いいただきましたけど……めくるめく一夜でした……」

ほぅっ、と色っぽく吐息をついてうっとりするメイド。ジョセフが髪をかきむしって叫ぶ。

「チークーショー! エドのヤツ、彼女にしたいメイドランキング第七位のユリアちゃんにまで手を出してやがった! ……って、それはともかくあの野郎、王国の最高機密を連れ込み宿に使ってやがる!! だから隠し通路で潜んでいないでココに逃げ込んだのか!!」

「私だけじゃないですよ。あのリスト見ましたけど、二十位まではお手付き済みですよう」

「エドは殺す! 絶対殺す! セレナちゃんの事が無くても生かしておけねえ!」


 兵士が何ヶ所か金づちで壁を叩く。耳をつけていた別の兵士がしばらく中の音を聞いていたが、首を振って報告した。

「相当に厚い扉です。そもそも反響音が起こりません」

「扉の開閉装置なども判らないか」

「外から開ける際の引き輪はありますが、そのほかの手段はなさそうです。あまりにうまく作り過ぎていて、こじ開ける工具をねじ込む隙間もありません」

報告を受けていた近衛騎士団長がメイドに質問を移した。

「開閉の方法はそこの引き輪を引く以外にないのか?」

「はい。これも中からロックをかけたら動かないです」

「それはそうだろうな……となると破壊しか開ける手段はないが……そもそも敵の襲撃に耐えるように作っているんだから、並大抵の衝撃では壊せないだろうな」

そこで団長は取り押さえられている息子に視線を移した。

「というわけでケネス、お前が剣で叩いたぐらいじゃ傷もつかん。自重しろ」

「そんな呑気な事を言ってられるか! エドモンドがここにセレナ嬢を連れ込んだということは……」

ケネスが詰まった後をジョセフが引き取る。

「もちろん自分のホームベースで邪魔が入らない中じっくりと……てことだよな」

「何をのんびりしているんだ! 早く、早くしないと……」

「わかってるよ! しかし、並大抵の方法では開かないんだ。とにかく開ける手段を何とかしないとどうしようもない。……まあ、エドもあの通りのモテ男だからな。少なくとも邪魔が入らないからと言って無理やり押し倒すようなことはしない筈だ。口説いている間は……」

「バカ息子よ、よく考えろ。口説くのに時間がかかるか?」

宰相に言われてジョセフも目をつぶって考える。すぐにかッと目を見開いた。

「……やべえ! エドは最悪に経験豊富なうえにセレナちゃんがチョロ過ぎる!」

「わかったか馬鹿野郎が!」

「わかったが筋肉馬鹿(おまえ)に言われると超腹立つ!」

「やーい、バーカバーカ!」

「仲間割れしている場合か!」

近衛騎士団長は息子(ケネス)息子の友達(ジョセフ)を殴り飛ばすと、やきもきしている一同ににやりと笑って見せた。

「だが、これぐらいは想定済みだ。すでに郊外の基地へ伝令を走らせてある」

自信ありげな団長の様子に、皆を代表した王が喉を鳴らして尋ねる。

「というと?」

「王国騎士団が持っている攻城兵器を取り寄せました」

「おお!」




 一日千秋の思いで待っている“セレナちゃん救出隊”が待ちきれなくなったところへ、ついに増援が駆けつけた。


 礼拝堂の入口が騒がしくなり、外征を担当する王国騎士団の将軍と台車を押した兵士たちが到着した。近衛騎士団長が出迎える。

ギルフォード卿(ケネスパパ)、とりあえず持ってきたが」

近衛と王国の両将軍が台車の上の物を見た。そこには人間の身長ほどもある巨大な木槌が載っている。それを見た団長は……。

「おい」

「なんだ」

 何を言われるのか予測しているのだろう。泰然とした王国騎士団の将軍。

 そこへ団長は猛然と食ってかかった。

「なんで持ってきたのが掛矢なんだ!? 豪商の邸宅へ強制捜査に入るんじゃねえんだぞ!? こんなもん木の門をぶち破るくらいしか使い道がねえだろ! 御自慢の攻城塔はどうした!? 破城槌は!?」

「一応運んだが」

「じゃあどこにある」

「正門前の広場だ。そもそも城門を通らんわ」

そう。攻城兵器は城壁を崩すだけの質量が必要だから、例外なくデカいのだ。

「役に立たねえ装備だな!?」

「攻城兵器ってのは城壁を『外から』突き崩す兵器なんだよ! どこの世界に内側から使用する攻城兵器があるんだ!?」

「じゃあここまで壁を突き破って持ってこい!」

「我らが城が半壊するわ! 無茶言うな!」

「確か平衡錘式投石機(カタパルト)もあっただろう!? 分解して持ち込めば入るはずだ!」

「最低使用距離が数十mで命中誤差が十mだぞ!? この部屋の中へ設置してどう使うつもりだ!?」

「必要な時に役に立つ物が無いなんて、欠陥兵器のオンパレードだな!」

「だからこんなの用途外なんだよ!」


 再び手段が無いのが判って、皆がわあわあ騒いでいる中。

「なんとか、なんとか開けられる方法が無いものか……もう、悪魔にでも頼むしか……」

一人の貴族が言った言葉に反応し、床に移った影がゾワリと揺れた。

《ヤア、私ヲオ呼ビデスカネ?》

どこから響くかわからない、不思議な声に皆が振り返ったところで……影の中から黒い人影が立ち上がる。人間と同じような形をしてはいるが、全身が黒い影でできていて、服のような物は見えない。そして背中には蝙蝠のような翼が生えていて、羽ばたくようにバサリと音をたてて広がった。

 真っ黒で良く判らない目鼻立ちの中、吊り上がった瞳は白目が無く全体が赤く光り、ニイッと笑った口元からは鋭い牙が覗く。

「お、お前は……?」

宰相がどもりながら訊いた言葉に。

《私デスカ? 私ハ……》

 目と口だけの酷薄な笑顔が、更に背筋が寒くなるような笑みを深めた。

《私ハ、悪魔デス》

初めてファンタジーな生き物が出てきました。

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