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1.婚約破棄は計画的に

いつものように書いていたのですが、意外と長くなってしまったので分章して投稿します。

あまり長く続くと区切りがつけにくくて読みにくいかと思いまして……連載というほどの話ではありません。

 国王の私室に、主の戸惑った声が響いた。

「エドモンドよ、本気なのか?」

「はい、父上。私はどうにもこの婚約は王家にとって害になると思います」


 王の跡継ぎたるエドモンド王子の誕生日を来月に控えたある日。そのエドモンドが王のもとを訪れ、いきなり許嫁との婚約破棄をしたいと言い出したのだ。

成人まで一ヶ月というタイミングで、その王子が破局するというのは大変な事件。

「わかっておるのか? 今さら婚約を破棄するなど、大変な騒ぎになるぞ」

 なにしろ成人したらすぐに婚約を正式発表し、結婚式の日取りを確定することになっていた。国王の困惑も当然だ。

 しかし、困り顔の父に言上する王子の顔は至極真面目なもの。この考えは思い付きでも個人的な好き嫌いでもない。王子は父王に思う所を説明した。

「娘を溺愛しているロックフォール侯爵には申し訳ないのですが、セレナ嬢はあまりに評判が悪い。お世辞にも未来の王妃にふさわしい人物ではありません」

そう、エドモンド王子の許嫁は眉を顰めるような風評が付きまとう……というか、それしかない。

「侍女や従者を口で虐めるだけには飽き足らず、折檻をして後に残るような怪我を負わせるのも日常茶飯事と。それに一度も宮中行事に出たことが無いのも、王家に対する敬意が無さすぎでしょう」

「むう、その件は儂も確かに気にしておるが」

王も眉間に皺を寄せて顎髭を撫でた。

「何のかんのと理由をつけてはおるが、噂では怠惰で自堕落な生活で醜く肥え太った己の姿を陰で嘲笑われるのを嫌って出席を拒んでいるとか」

「侯爵が引きこもった娘を心配して同じ年頃の子供を呼び集めても、客に対し使用人相手でもどうかという扱いなので皆二度と行かなかったと言われています」

「いくら侯爵家でも、そのような態度ばかりでは周りの人望がなあ……」

「そしてそのような言動しかない令嬢を王家に入れるのですよ? その悪評はそのまま王家の物となります。侯爵家の評判が悪くてもそれは一つの家の問題です。しかし王家がそうなれば王家だけの問題ではない。外交の失敗や王家への不信は国が傾きます」

「うーむ……」

考え込んでしまった国王に、王子は重ねるように続ける。

「家臣を虐待し、王家や他の貴族を軽んじる娘が国民や他国に対しどんな態度で出るのか? もしかしなくても叛乱や戦争を誘発しかねません。貴族の結婚が家の繁栄に関わるならば、王家の婚姻は国の行く末を左右します」

 そこまで言われれば王だって心配になってきてしまう。しかし……。

「しかし、そのような娘でもロックフォール侯爵は可愛がっておるのだぞ? それを破談にすれば王家との縁戚関係がご破算になるだけでなく、醜聞で次の相手も見つかるまい。侯爵がどのように出て来るか……」

 侯爵家は言うまでもなく大貴族、国王が一言いえば黙るしかない下っ端ではない。もちろんだからと言って、国王の命令をはねのけるような事はできない。

 けれど、謁見の間で泣いて喚いて国王の非道をなじるくらいのことはできる。そしてそんな事をされるのも国王の権威上大いにまずい。王が悩むのも当然だ。


 しかしエドモンドだって、こんなことを言い出すからには当然そこまで予測済みだ。

「私が侯爵に交渉します」

「ふむ?」

「宮中で侯爵の立場が悪くならないよう、また姻戚になることで受けられるはずだった利益に配慮することで手を打ってもらうようにします。その代わり、セレナ嬢に因果を含めてもらうぐらいは協力してもらいますが」

「ふむ、ならば侯爵にとっても娘が行き遅れになること以外は丸く収まるな」

「主だった有力貴族への根回しもしておきます。これだけ悪評が駆け巡っているのです。理解はしてくれるでしょう」

「後釜に自分の息のかかった娘を入れられるチャンスでもあるしの」

「そういう事ですね」

 ライバルが失敗するのは自分の利益だ。エドモンドの言い分に他の大貴族たちが乗ってくるのは間違いない。

 彼は父の眼を見据え、頭を下げた。

「父上、ご承認を」

しばらく考えていた国王だったが、ややあってため息をつき、首を縦に振った。

「……わかった。侯爵にも話しておこう」

「ありがとうございます」


 礼を言って退出しようとする王子に、王は思い出したように声をかけた。

「……時にエドモンドよ」

「はい? なんでしょう」

足を止めて振り返る息子に、父は話の核心をぶつけた。

「破談にしたい一番の理由は、セレナ嬢がブスだからじゃないんかの?」

「………………そんなことはございませんとも」

「そうか? なんか儂の所にまで彼女は二目と見られない醜女とか、薄暗がりで会ったら気絶するレベルで魔物に見えるとか話が聞こえてくるのだが」

「………………………………ハハハハハハハ、この私がそんなことを気にするとでも?」

「お前は自分の見た目もいいが、とにかく面食いだからのう。ナンパするタイプもバラバラで節操がないし。このあいだ姉妹に別々に声かけたって?」

「誰だっ! 告げ口したヤツはっ!?」




 建国記念日を祝うパーティは次々と出席者を迎え、始まる前から盛会の様相を見せ始めている……ただし、なんとなくざわめいているのは宴に浮かれているだけが理由ではなさそうだ。

 玉座に近い辺りで友人たちと話しているエドモンドも、スキャンダルに湧きたつ下世話な空気をひしひしと肌に感じていた。

「おしゃべりどもが頼まれてもいないのに教えて回っているみたいだねえ」

エドモンドの友人で宰相の息子、サマーセット伯爵令息のジョセフが冷やかしの混じった声音で浅ましい宮廷雀(ゴシップ狂)どもを揶揄した。

 皮肉っぽく会場を眺める彼の視線をたどれば、確かにどいつもこいつも隠す気があるのかと思うほど大っぴらにヒソヒソ囁きあっている。やや童顔でいかにも軽い性格のジョセフだが、遊び人風の見た目と反対にシニカルで的確な観察眼の持ち主だ。上辺も取り繕えない下世話な連中に、何か言いたいのか口元がムズムズしている。

「まあ婚約破棄もセンセーショナルだが、何よりセレナ嬢が見られるのが大きいんだろう。確か初めて参内するんだろう? 誰も見たことないんだものな」

騎士団長の息子で、自身もすでに騎士を授爵しているケネス・ギルフォードが首を振る。こちらはまるっきり武人を絵にかいたような質実剛健な男。あまり他人のうわさ話や陰口に興味を持たない実直な性格だけれど、さすがに伝説級の引きこもり令嬢は気になるらしい。

 ケネスの言葉にジョセフが手を打った。

「それな! なあエド、麗しのセレナちゃんってどんな感じ? ホントに噂通りに“二息歩行のバークシャー豚”なのか?」

「俺は“人語をしゃべるオーク”と聞いたが」

興味津々な友人たちに見つめられたエドモンドは静かに否定する。

「俺も知らん。なにしろ本当にセレナ嬢は領地から出たことが無いんだ」

「あれ? 婚約したら見合いぐらいあるだろ?」

「決まったのが早すぎたんだ。まだ幼児の頃に親同士が決めた話だから、俺達はその時には会ってない。一応姿絵はもらったが三歳かそこらのだし……うちの国の肖像画だぞ?」

 広い世界のどこかには写実的な写し絵もあるらしいが、この国で人物画なんて型に嵌まった様式画の世界だ。「右向きでこういう髪形をしていたら美人の表現だと思え」なんて“お約束”を見る側が要求される肖像画なんて、モザイク画よりちょっとマシというレベルの記号でしかない。

「大きくなってから改めて顔合わせもしなかったのか」

「王都の屋敷にいるならともかく、虚弱を理由に片道五日はかかる侯爵領から出てこないんじゃなあ……」

ため息をついたエドモンドは逆に二人に尋ねた。

「そもそも領地に訪ねて行ってまで会いたいと思うか?」

「……まあ、ねえ……?」

「……」

二人も気まずそうに黙ったり、視線をそらせたり。

 セレナ・ロックフォールの悪名は昨日今日流れ出した話ではない。もう十年以上はまことしやかに流れていて、今や社交界の基礎知識。それもあってか余計に侯爵は王都に連れて来たくなかったようだが……。

「国王陛下も酷な条件出すよねえ。『婚約を破棄するならきちんと人前で本人に宣言しろ』なんて」

「まあ、王子と高位貴族の縁組を人知れず自然消滅というわけにはいかんよな」


 そう。今日の建国記念パーティは、エドモンドがセレナに婚約破棄を突き付けるセレモニーでもあった。

 ちょうど直近で貴族が一堂に会する絶好の機会がこのパーティ。一週間後にはエドモンドが成人を迎えるので、このタイミングしかないとも言える。

 ここに顔を出したセレナ嬢にいきなりエドモンドが婚約破棄を宣言し、青天の霹靂に並み居る参加者たちが驚き震撼しつつも婚約関係の解消を理解する……という筋書きの茶番劇。これが今日一発目の余興なのだった。


 国王は真面目に命じたつもりなのかもしれないけれど、するべき話はこの三週間ほどエドモンドが根回しに走り回ってほとんど済んでいる。正直、あとは官報で告知でもすればいいのだ。別に国中の貴顕を集めて発表するほどの事もない。

 だから侯爵もセレナ嬢も非情な宣告をされるのを承知で来るのだし、会場の様子から見てすでにほとんどの貴族に“突然の事件”(こんやくはき)は漏れている。そして知らない連中には今現在進行形で、“親切な事情通”(おせっかい)が面白おかしく教えて回っている最中だ。だいたい、一回も宮中に顔を出したことが無いセレナ嬢が、何も知らずにたまたま顔を出すなんて設定が苦しい。

 エドモンドだって、もうすぐ「元」を付ける許嫁が公衆の面前で恥をかくことを哀れに思う気持ちはある。個人的には(プレイボーイとして)いくら嫌って婚約を破棄するにしても、晒しものにするのはいかがなものか? とは思う。しかしそれが王の条件であり命令である以上、彼としては実行するしかなかった。

 だからせめて、侯爵やセレナ嬢がこんな空間で過ごす苦痛の時間が少なくて済むようにしてやりたい。婚約破棄はパーティの開始直前にさっさと宣言して、侯爵家が異議を唱えずさっさと退場する。そういう話になっている。


 幸いというかなんというか、侯爵からは割と簡単に破談の承諾が取れた。あとは……。

「心配なのはセレナ嬢が暴れないかだよねえ」

ジョセフが相変わらずの軽い口調で焦点を突く。エドモンドとケネスは顔を見合わせた。

「まあ『歩く唯我独尊』らしいからなあ」

「そこは侯爵が言い聞かせてくれているのを期待するしかないな」

とは言っても、我が儘で有名な彼女がおとなしく道化(ピエロ)を演じてくれるかというと心許ない。三人の脳裏に、着飾った巨大な肉の塊が狂乱して暴れまわる光景が容易に目に浮かんだ。

「……あー、いざという時は頼むぞ」

しばしの無言の時間の後、エドモンドは軽く咳払いして二人に念押しした。

「はいはい」

「おうよ」

 この二人に横にいてもらうのは単なる話し相手ではない。ジョセフは宰相令息だけあって口が立ち、理詰めで論破するのが得意だ。言い聞かせても暴れだしたら、ケネスが腕力に物を言わせて拘束する。ケネスが押さえつけている間に近衛騎士たちが駆けつけて外へ引っ張り出す。今日はそこまで想定して準備を終えていた。

 ……終えていたが。

「なあ……念のため、近衛騎士も先に現場へ寄せておかないか?」

「そうだね」

「……その方がいいな」


「エドモンド様!」

 三人がコソコソと打合せをしていると、いきなり後ろから若い女の声がかかった。

眼をやれば小柄で愛くるしい少女がニコニコとほほ笑んでいる。

「やあ、ミリー。今日も一段と美しいね。ピンクのドレスが君の愛らしさによく似合ってるよ」

歯の浮くようなエドモンドの挨拶に、能天気そうな少女はポッと頬を赤らめてもじもじしだす。

「エドモンド様に見ていただこうと精いっぱいお洒落したんです。喜んでいただけて良かったぁ」

 言葉の端々にハートマークが浮きそうな少女はぐいぐいアタックをかけてくる。無難にさばいているエドモンドを横目に、ジョセフがケネスの袖を引いた。

「なあ、ミリア嬢が場も考えずに迫ってくるのはいつものことだけどさぁ、今日はまた猛烈なアピールじゃない?」

「そりゃ、やっぱり噂が響いてるんだろ? 一番邪魔な許嫁が退場すれば、次は誰だ? て話になるからな」

「正妃の位置に准男爵の令嬢は無いと思うけどなぁ……」

「それが判らないから突っ込んでくるんだろう」

ケネスが肩をすくめた。

「公候爵クラスに根回ししないと、候補にも挙がらないって知らないんだろうなあ」

「王子の嫁取りなんて派閥の代理戦争だもんなあ……あれ?」

ジョセフもやれやれと首を振って手元のワインを飲み干し……引っかかることに気づいた。

「ロックフォール侯爵はなんで簡単に破談を受け入れたんだ?」

「えっ?」

話についてこれないケネスが首をかしげた。

「だってさ。損失を補填するったって、今時点の予測で何かもらうだけだろ? それにしたって王子との婚約に確定した利潤なんかないから、期待に比べてだいぶ割引になる。娘が現実に王子と結婚したら、将来王妃になれるのも確実。それを考えたら輿入れを強行しちまった方がよっぽど利益があるはずだ」

「それは、そうだが……」

「しかも侯爵は妖怪肉団子(セレナ)を、目に入れても痛くないほど猫可愛がりしているってのは有名な話だ。王子の嫁以上に良い嫁ぎ先があると思うか? そりゃプレイボーイで有名なエドは誠実な婿とは言えないけど……セレナ嬢だって破談になったらもうすぐ成人だし破談経験あり(バツイチ)だし、いまから代わりになるような婚約者は普通に考えても見つからない。それが心身ドブスのセレナ嬢では、もう男爵まで含めたって貴族に婿の成り手がいるとは思えないよ」

「おまえ、凄い失礼なセリフを次々と……まあ、言いたいことは判るが」

ケネスもそこまで言われれば理解できる。

「セレナ嬢は侯爵家の財産目当て(ハイエナ)でも二の足を踏む地雷物件だもんな。エドモンドも女好きが難点だが、あれでかなり目利きだし政務はできる。アイツが嫌がっても無理やり結婚させた方が侯爵も得なのは確かだな」

「な? それがエドの話だと承諾が二つ返事に近かったらしい」

「……なんでだ?」

どう考えてもおかしい。まだ何か落とし穴があるのか?

 しかし二人の検討は長くは続かなかった。

「ロックフォール侯爵夫妻、並びにロックフォール家長女セレナ殿!」

入口の侍従が最後の入場者の名を叫んだのだ。


 エドモンドは急いでミレア准男爵令嬢をその他大勢の群れに押しやり、王座直下の脇へ移動した。そこが打ち合わせてあった学芸会の配置場所(王子の立ち位置)なのだ。

 見ればジョセフとケネスも慌てて頼んであった位置に動いている。もしかしなくても贅肉の暴風(セレナ)が暴れた時の為に、前進配置についた騎士たちも玉座の脇に林立していた。

(よし、出迎え準備はできている!)

エドモンドは小さくガッツポーズをとると、入場してくるロックフォール一家に目を向けながら深呼吸した。

婚約破棄するお坊ちゃまがお花畑ばかりでもないという話。

馬鹿ですけどね。

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