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勇者役と魔王役の楽しい楽しい毎日

「魔王! 覚悟しろ!」

 勇者は大声でそう言うと、両手に握る聖剣・エクスカリバーを再びしっかりと握り直し、謎の呪文をぶつぶつと唱え始めた。これが奴の言う、奥義の発動を意味しているんだろう。

「くらえ、じいちゃんから受け継がれしこの奥義! トルネードスラッシュ!」

「う、うぐああああああ!」

 奥義が腹に直撃する。そのまま勢いよく後ろに倒れこむと、私の身体は跡形もなく消滅していく。技も何も出せそうにない。腹からは血が出ているのか、なんだか生温かい。

 勇者の方をちらりと見ると、その目には涙が溜まっていた。

「……なぜ、泣いている」

 私がそう聞くと、勇者は一瞬だけ黙り、思い出したかのように話し出す。

「この戦いで、みんな死んだ。じいちゃんも、父さんも……。俺の大切な仲間だってそうだ。何度も何度も、俺と共に戦ってくれた仲間の死に顔を見た。もう、誰の死だって見たくない」

「フッ。情けない男だ」

 そう呟くと、神は私に最期の懺悔の時間も与えてくれずに、私は消滅した。

 

 数時間が経って、現在。

「痛ってぇ~……」

「仕方ないだろ、君が本気でやれって言ったんだから」

「いやそれ建前だから! 本音と建前をちゃんと聞き分けて?!」

「んなこと言ったって」

 私は今、勇者の治癒魔法で再生中である。

 この治癒魔法、実は人間用なので、魔王である私には若干効用が弱い。そしてなんだかチクチクする。この男は昔から治癒の能力には適性がなかったから仕方のないことではあるが、もう少し魔力を高めてほしい。

「それに、何なんだあの奥義」

「じいちゃんから受け継がれしこの奥義、トルネードスラッシュだよ、前も見せたろ? 結構威力が高くてさ、全体攻撃もできるから重宝してんだ」

「いや、そうじゃなくて。なんで毎回毎回、じいちゃんから受け継がれしって言うの? それつけなきゃダメなの?」

「あっ! お前今、じいちゃんバカにしたろ?! 絶対に許さないぞ!」

「そうじゃなくて長いんだよそれ! いちいち言わなくていいじゃん!

 普通そういうのって奥義習得時だけ言う台詞じゃん! あとは省略してるじゃん!」

「うるせえ! またじいちゃんから受け継がれしこの奥義、トルネードスラッシュ食らわせるぞ!」

「だから長いんだっつーの!」

 私たち以外に誰もいない魔王城の王座の間。だからいつも二人の声が響き渡る。

「しかも、さっき台詞忘れてただろ」

「あっ、いや、あれは役者独特の溜めだよ、溜め。ほら、やっぱり悲壮感漂わせたほうがいいだろ?」

「本当はみんなこっちで暮らしてるのにな」

「あぁ、この前、じいちゃんが良い暮らしさせてくれてありがとうって」

「ああ」

 本当はみんな生きている。当り前だ、人殺しなんてできるわけないじゃないか。ましてや、友人の知り合いだ。

「はぁ」

「どうした、魔王」

「いや……」

 つい、ため息を吐いてしまう。

「これ、いつまで続くんだろう、って……」

 さっきまで威勢が良かった勇者も思わず黙り込む。

「……だな」


 この生活が始まったのは、およそ五年前。

 五年前に人間界の王の座に就いた者が、私を殺す計画を立てた。

 それまでは私も人間とは仲よくやっていたのだ。いや、そもそも私は人間界の出身。勇者と同じ街で産まれ育った。勇者とは魔法学校も一緒で、よく遊んだものだ。街の人々も、私が魔物族でも、人間族と同じように接してくれた。私は、そんな温かい人間たちが住む人間界が好きだった。 

 だが、私は魔王の息子。私が次の魔王になることは既定路線で、あれだけ好きだった人間界から離れないといけなかった。私は母に反発したよ。絶対に魔王になんかなるものか、って。だけど、そんなことは聞き入れてはくれず、今こうして魔王になっている。

「勇者」

「ん?」

「勇者は、なんで勇者に?」

 私が聞くと、勇者は目を逸らし、真剣な眼差しをしてみせた。

「……俺だって、本当は勇者なんかしたかねえよ。けど、こんな汚れ役をしたい奴なんていないんだ。お前を殺したいなんて奴は、誰もいない。王だけだ、魔王をこの世から消したいなんて言ってんのは」

「それで、勇者は私を殺さないと処刑台送りだっけ」

「ああ」

「お互い、嫌な役回りだな」

「全くだよ」

 そう話す二人。やっと治癒も終わったようで、勇者は私から一歩下がった。

 勇者は、悲しそうな顔をしていた。そんな顔、今まで見たことがなかったから、少し驚く。

「勇者?」

 勇者は何か言いたげな素振りだったが、すぐにその口をつぐんだ。そして、ついに泣き出してしまった。

「もう、辛いよ、こんなの……。何が楽しくてこんなことしなくちゃいけないだよ。俺たちは友だちなのに、ただ種族や産まれた環境が違うってだけなのに……おかしいよ、こんなの」

 それは、やっと聞けた勇者の本音だった。本当の想い。今まで言いたくても言えなかった想い。

 最期に、それが聞けてよかった。

「……勇者。これから起きることに驚かないでくれよ。私が選んだ道だから。私が決めたことだから」

「……魔王?」

 そして、私は言う。


「ありがとう」


 魔王にだって心臓はある。

 私は隠し持っていたナイフで、自分の心臓を突き刺した。勇者が何か叫んでいるようだったが、聞こえづらい。

「……おう、魔王! おい、何やってんだお前! もう治癒魔法は使えないんだぞ?!」

 だからだよ、勇者。本当にバカだなぁ。

「待ってろ、今から王を殺してくるから! 初めからこうすりゃよかったんだ。処刑台送りにされる前にあいつを……!」

 そう叫ぶようにして、勇者は走り去っていった。おいおい、死に際には傍にいてほしかったんだけどな。

 まぁ。それもあいつらしいかな。

 どうか、優しい、私の大好きな人間たちが。いつまでも、平和に暮らせますように。


 そのとき、勇者が飛び出していった扉から人の影が見えた。その人影は、こちらに向かって歩いてきている。

 ……勇者?

 グサリ。

 ナイフを心臓の奥まで押し込まれた。息ができない。私は力を振り絞り、人影のほうを見た。

 ああ。優しかった人間が、そこにはいた。今もナイフを押し込んでいる。その顔はひどく醜くて、憎悪が感じられる。

 ごめんなさい。勇者の、おじいさん。あなたの気持ちに気づけなくて、ごめんなさい。

 私がバカで ごめんなさい

 私が私で


 ごめんなさい

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