未来を掴む子供達(from Merry-Go-Round)
未来を掴む子供達(from Merry-Go-Round)
眠らない街、インソムニアーク。
限りある人生を、限りのないものにするのがこの街では可能だ。
なんて言ったってここは不眠不朽の街なのだから。
この街の中にいる限り、あらゆる生物は老いることはない。
働き続けるも、遊び続けるも自分の思いのままに選ぶ事が出来る。
つまり、ここでは子供は永遠に子供で、大人は永遠に大人なのだ。
この街にいる限りは、子供は大人にはならなくても良い。
かといってちゃんとした大人がこの街に居るのかと問われたら凄く怪しいけど。
この街の人は常に新しいものが大好きで、TVでは次から次に新しいNEWSが放送され、良くも悪くもこの街の人は流行にも過敏で流行り廃りが目まぐるしく、常に変化を繰り返している。
トロイは気がついたら子供で、多分きっと、これから先もずっと子供だ。
お父さんとお母さんは、子供は遊ぶ事が仕事、といってトロイを自由に遊ばせてくれた。何の不自由もなかった。
太陽は常に一定の位置にいて、動こうともしない。それはまるで大きな照明器具のように見えた。
毎日、同じ友達と、同じように遊び、疲れたら家に帰る。
毎日毎日、同じように生きている。
変わるのは天気とお母さんの作る晩御飯とお父さんの機嫌くらいだ。
メリーゴーランドに乗っている。いつからかトロイは自分の人生をそう感じるようになった。
ある日、トロイはいつもと同じように友達と公園で遊んでいた。
街の外れにあるこの公園は沢山の緑に囲まれていて子供にとって絶好調の遊び場になっていた。
今日は友達4人とトロイを合わせて5人でかくれんぼをしている。
「1,2,3,4,5,6,7,8,9…もういいかい?」
鬼になったトロイが皆に聞く。
もーいいよ、まーだだよ、が半分半分の割合で聞こえる。
もう1度、10数える。
「もういいかい?」
「「もーいいよ!」」
皆の意見がまとまり、トロイによる捜索が始まった。
まず怪しいのは背の高い草むらの中だ。
自分の身長と同じくらいの草木を掻き分けて中に入っていく。
深い緑の香りがする。といっても昨日もこの香りを嗅いだのだけれど。
草の隙間に不自然に1箇所だけ草が伸びて居ない場所を見付けた。
トロイはその場に行って、足下を見る。
「みーつけた!」
友人Aを見付けた。
「見つかっちゃった...やっぱりもう草むらは駄目だなぁ。」
引き続き捜索を続ける。
今度は木の上をあたってみる事にした。
トロイは上を見上げながら歩いた。
あの時間ではそんなに高くまでは登れないはずだからすぐに見付かると思うんだけどなぁ..というトロイの予感は見事に的中した。
「みーつけた!」
友人Bを見付けた。
「あーあ、せっかく頑張って登ったのに...」
友人Bはかなり慎重に木を降りてくる。
次は少し離れた遊具のある方へ行ってみようとトロイはそこへ向かった。
骨組みが剥き出しの遊具達には隠れられるような余裕は無さそうにみえる。
それでも1つひとつ、丁寧に吟味するように見る。
いくつか見た後に一際怪しそうな遊具の前にトロイは立った。
埋められて洞穴のようになった土管をいくつも並べて迷路みたいになっている遊具だ。
意を決し中に入っていく。
中は思ったよりも暗くジメジメとしていた。
少し進むと道は二手に別れていてトロイは右へと進む。
「いてっ...」
暗くて良く見えないが壁にぶつかったらしい。
道を引き返し今度は左に進む。
もう少し進むとまた分かれ道に出会った。
トロイはそれを左へと進んでいく。
「わっ!」
柔らかい何かに衝突し、柔らかい何かが声を上げる。
「えっ!」
トロイも釣られるように同じような声をあげた。
ここでようやく、声の主が友人Cである事に気付いた。
「もう、本当にびっくりしたよ...C君みっけ!」
「もっと早く見付けてに来てよ。暗くてジメジメしてて、ここに隠れたのを後悔したよ...。」
まさかそんな言われ方をするとは思っても居なかったので少しばかり申し訳ない気持ちになる。
残る人数は1人、友人Dちゃんだ。
まだ丘の方に行っていないな。
トロイは丘の方に向けて走り出した。
高い建物があまり無いこの街で、この公園の丘は街中が見渡せる絶景スポットだ。
息を切らせながらトロイは丘を駆ける。
少し息を切らせても足はちゃんと動いてくれる。
到達した頂上には涼しい風がトロイを待ってくれていた。
ふぅ、と息を着くトロイ。
この丘で隠れられる場所と言えば、そこにある大きな木の幹だろうか。
トロイは大きな木の根本にあった、少しだけ潜り込めそうな隙間を覗いた。
「みーつけた!」
「えー!絶対に見つからないと思ってたのになー!」
友人のDちゃんが声をあげる。
Dちゃんと一緒に丘を下る。
本当に眺めが良い。
しかし街の外壁は高い壁に覆われていて、街の中しか見えない。
街の外にはどんな景色があるんだろう。
街の中で生活をするのが当たり前だったトロイは、街の外の様子など考えた事も無かった。
「街の外ってどうなってるんだろうね。」
トロイはそれとなく、Dちゃんに話し掛ける。
「さあ。知らないわ。興味ないもの。それより見た?昨日のTVの...」
後半の話の内容が頭に全く入ってこない。
皆、この街の中の事しか興味がないのだ。
何故皆、この時間の流れ方に違和感を感じないんだろう。
どれだけ遊んだのかは分からない。
散々遊んで疲れたトロイ達は手を振ってその場で別れた。
帰り道の途中、被っていた帽子を忘れた事に気付き、急いで公園まで戻る。
太陽は相変わらず常に上にあって、トロイ達の動きには一切関係なくどっしりと構えていた。
彼は休まなくて平気なのだろうか。
流れる雲だけが空を彩っている。
トロイは空を眺める。
この空はどこまで広がっているんだろうか。もしかしたら街の外壁を超えた先には水色の空は突然終わり、また別の、黄色や緑の空が広がっていたりするのだろうか。
木陰で帽子を見付け、トロイは家に帰る為に踵を返す。
その刹那、口から煙を吐き出す変わった人がベンチに腰掛けているのを見付けた。
煙を口から吐く人なんて初めて見た。
トロイは一切の躊躇いもなく、初めての光景を見せてくれたその男に話し掛けた。
「その口から出てる煙はなあに?」
男は急に話しかけてきたトロイの方に向き、答える。
「ん?これか。これは煙草と言ってな、まあ薬みたいなものだ。」
「薬?おじさんどこか体が悪いの? 」
「そんな事はないさ。落ち着くんだよ、これを吸っていると。」
「へぇー、そうなんだ。ねえ、僕にも1本吸わせてよ。」
トロイは男に煙草をねだる。
「やめとけ、何も良い事なんてないから。大人になったらな。」
「えぇー、僕は大人になれないのに。ずっとその味がどんな味か分からないじゃないか。」
トロイは怒ったような、困ったような顔をして答える。
「そうか。君はこの街の子なのか。それは幸せな場所に産まれたな。」
男は少し羨ましそうに答える。
「そうなの?僕は幸せだったのかあ。全然気付かなかったや。」
トロイの無邪気な答えに、男は微笑む。
「あぁ。そうとも。ずっと遊んでられるんだろう?生きるのが嫌になるほどに幸せなはずだよ。」
男の発した言葉にはやや皮肉めいたものが込められていた。
「そんな事ないよ。ずっと遊んでたって、毎日同じ事の繰り返しでつまらない。メリーゴーランドに乗ってるみたいな感じがするもん。おじさんはこの街の人じゃないの?」
男の皮肉に全く気がつかないトロイは素直に答える。
「ああ、俺はこの街出身じゃない。旅人だからさ。」
「えー!おじさん旅人なの!どうやってこの街に忍び込んだの?」
「おいおい、そんな言い方しないでくれよ。この街にもちゃんと入口があるんだ。変わった街だから長居は出来ないけどな。」
「そうなのかぁ。ねえ、僕もその入り口に連れていってよ!見たことないんだ!」
トロイは上目遣いしてるように見える。
「明日なら良いだろう。昼過ぎにこのベンチで待ってるからな。今日はもう帰りなさい。」
「昼過ぎって13時くらい?この街では夜が来ないから昼過ぎが何時なのか分かんないや。」
トロイはやや困った顔をして答える。
「ああ、そうだな、13時くらいだ。」
「わかった!じゃあまた明日ね!」
トロイは旅人に促されるがまま、家へと帰った。
翌日、昼過ぎのベンチには約束どおり旅人が腰を掛けていた。
「おじさん!こんにちは!」
トロイは旅人を見付けて大きな声で話し掛ける。
「おお、君か。こんにちは。そういや名前、まだ聞いてなかったな。名前はなんと言うんだ?」
旅人はトロイに尋ねる。
「僕はトロイだよ!おじさんは?」
「君はトロイと言うのか。俺の名前はエペイオスだ。」
「へぇー、エペイオスさんかぁ。エペイオスって何だか言いにくい名前だね。」
トロイは旅人エペイオスに不満を垂れる。
「まあ、好きなように呼んでくれ。名前にはあんまり興味がないんだ。」
エペイオスは答える。
「じゃあ、早速連れていってよ、おじさん!」
「結局はおじさんで収まるのか。まあ何でも良いんだがな、それじゃ行くか。」
2人は街の外れに向かって歩きだす。
「ねえ、おじさんは何処から来たの?」
「ん?俺はクロックル村から来たんだ。」
「クロックル村??」
「ここからは少し遠い場所にある小さな村だ。街にルールがある、っていう意味ではこの街と同じかな。」
「ここ以外にもルールがある街があるんだね!知らなかったよ。」
「ああ、他にも色んな街がある。誰かが涙を流す度に雨が降る街や、実際に赤い糸が見えてしまう街もあるんだ。」
「そうなんだ!凄いね!行ってみたいなぁ。」
エペイオスとトロイは30分程歩いた。
この30分はトロイにとって永遠のようにも感じられた。自分の街ではない、初めて耳にする他の街の事が新鮮で堪らなかった。
自分が居た世界が小さかったのか、それとも世界が大きすぎるのか。
「...でも君がこの街を抜け出してしまうと、君がこの街で過ごした時間と外との時間にズレが生じてしまうんだ。もしかしたらきちんと寿命を全う出来ない人生になってしまうかもしれないんだぞ。」
「そうなの?」
「ああ、そうとも。そしてその扉がこの街の出口、世界の入口だ。」
エペイオスは少し遠くに見える扉を指さして言い放った。
世界の入口は思ったよりもこじんまりとしていて、高い高い壁とは矛盾するように、何の変哲の無い普通の扉だ。
「ええ、これが?普通の扉にしか見えないけど...」
「これがこの街と世界との唯一の架け橋だ。まあ、こういう誰かと誰かを結び付ける架け橋っていうのは意外と呆気ないものなんだよ。」
「ふぅん、なんか思ってのと違うなあ...」
拍子抜けした落胆してトロイは家へと帰った。
エペイオスとは明日も会う約束をして。
「ねえ、お母さん、街の外に行ったことある?」
トロイは家で今日3度目の食事を食べながら母に訊ねる。
「街の外??さあ。行ったことないから良く知らないわね。」
「そっかぁ、お父さんは?」
「俺も行ったことはないな。けどこの街の周りには何もないって聞いたぞ。ただ荒野の中にポツリと佇む街がこの街なんだって。」
父はオムライスを口に頬張りながら答える。
「そうなんだ!それなのに内側からは全く外の様子が何も見えないって変な感じだね。」
「確かにそうだな。この街はこの街でやっていけてるから特に問題はないんだけどな。」
父はそう言った後、母にお代わりを頼んだ。
誰も知らないんだ。仲のいい友達も、自分の両親でさえも。
皆この街だけが世界で、この世界の外は無いものにしようとしている。
空の続きも、この街がどういういう場所にあるのかも、この街で流行ってるものや世間を騒がせる目まぐるしいNEWS達には敵わないのだ。
この世界の外を知ってるのは旅人、エペイオスだけで、エペイオスの言っている事が本当なのか嘘なのかは分からない。
それらを確かめたいのならば、自分の足で、今いるこの場所から踏み出していく以外に術はない。
両親や友人達には心配をさせてしまうだろう。
だが、これは僕の人生で、僕のものだ。
杭がさされた予定調和の未来よりも、予定不調和で先の見えない未来の方が断然面白いはずだ。例えそれが後悔する結果になろうとも。
そう思ったトロイは荷物をまとめて、最低限の置き手紙を残して家を出た。
家出ではない、これはあくまでも冒険だと書き残して。
僕は世界の入り口で、エペイオスを、新しい未来を、待った。
トロイは今まで感じた事のない胸の高鳴りを感じた。
世界の入り口の扉から吹き抜けるすきま風がトロイの手を握る。
向こうからエペイオスがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
後悔のない人生を、僕は選んでいく。
トロイの目には一切の迷いも見えなかった。
これにて【Fabula Fibula】を一先ず休止にさせようと思います。
読んで下さった皆様ありがとうございました。
またいつかポツリポツリと続きを書いていけたらなと思います。
そしてBIGMAMAの名盤、Fabula Fibulaには生まれてくれてありがとうと、BIGMAMAには産んでくれてありがとうと伝えたいです。