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【Fabula Fibula】  作者: だいき
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喜劇(From BLINKSTONEの真実を)

喜劇(From BLINKSTONEの真実を)


 私には名前があった。もうずいぶん前に忘れてしまったけれど。

人は私の事をメデューサと呼ぶ。

それが今ではすっかり自分の名前となっていた。


 子供の時は大人しい娘だった。

あまり外で遊ぶ事は無く家の中で、お人形さんで遊ぶのが大好きな子だった。


 お母さんのお手伝いを良くしていた。褒めてもらうのが嬉しくてたまらなかったのだ。

その影響で家事はどんどん覚えていった。ご飯だって1人前につくれるようになった。

 

 お父さんは居なかった。

お母さんに理由を聞くと、私が小さい時に死んでしまったらしい。

「じゃあ何でお墓参りには行かないの?」

と聞くとウチにはそんなお金が無いから、と返ってきた。

ウチはそんなにお金が無いのかと、子供ながらに遠慮する事をその時に覚えた。

 

 遠慮をする事を覚えた私は気が付いた時には、自分の思いを思った通りに伝えられない子供になってしまっていた。

お腹が空いても我慢するし、我慢が出来ないようであれば自分で何かを拵えて食べて過ごす。

新しいお洋服が欲しくても、服なんて興味が無いと嘯いた。

どれだけ部屋が寒くても、寒くないと自分に言い聞かせた。

 

 そんな事を繰り返していくうちに、お母さんとの心の距離はとんでもなく離れてしまった。

私とお母さんはほとんど会話をしなくなった。

喋りたくても、お母さんが迷惑に思ったらどうしようと考えると言いたい事も言い出せない。

そんな私にお母さんは「アンタは何を考えてるのか分からない」と言った。

私にも、お母さんの考えてる事は分からなかった。


 私のお家に知らない男の人が頻繁に出入りするようになった。

その男の人は私の事を名前で呼び、僕の事はお父さんと呼んで、と言っていた。

私にもついにお父さんが出来たんだと私は飛び跳ねて喜んだ。


 でも理想と現実はまるで違った。

 ウチにお父さんがいると、お母さんは私を押入れに追いやった。

かくれんぼをしようと言っていたのに、鬼は一向に私を探しにはこなかった。

 

 ある日、お母さんは夕方、買い物に行ってくると出掛けた。

私は暖房のつかない寒い部屋でひたすらお母さんの帰りを待つ。

日が落ちて、空に星が輝き出してもお母さんは帰ってこなかった。

きっと少し遠くのスーパーで買い物をしてるんだろう。

 落ちた日がまた昇ってきて、もう1度沈んだ時、お母さんはもう帰ってこないだとやっと分かった。 


 食べ物もお金もなく、お母さんの居ない家なんて居る必要が無い。

私は最小限の荷物を持って家を出た。

ピクニックをするような気持ちになって心が踊る。

久々に自由を満喫している気がした。

 

 山を1つ超え、川を渡り、もう1つ山を超える。

お腹が空いたら木の実を食べる。眠たくなったら洞穴を探す。

一見辛いような生活が、私にはそんなに辛く感じなかった。だって自由なのだから。

長い長い時間をかけて3つ程の山を超えた。

 

 そこにはお城のようなものがあり、私は嬉しくなって城の中へ駆け込んだ。

 

挨拶をしてみても、誰からの返事も無い。誰も居ないんだろうか。

勝手に中に入る。お城の中はとても広くて覚えるのに時間がかかった。


 歩き疲れた私は大きなベッドを見付けて飛び込んだ。久々のベッドは柔らかく優しく私を迎えてくれた。私は安心して深い眠りへと落ちた。

 

 どれぐらい寝たのか分からない。

城に着いた時はまだ昼頃だったのに今はもうすっかり夜になっていた。


もう眠くなくなった私は城の中を探検することにした。

絵本やお話の中でしか知らなかったお城に今いるというのは不思議で不思議でたまらなかった。

 

 甲冑があったり、大きな鏡のついたトイレがあったり、長い廊下や、綺麗な絵、見るもの全てが新鮮だった。

 

 歩き回って再び寝室に戻ってきた時、ドレッサーの中に宝石箱を見付けた。

初めて見た宝石は小さな太陽のように輝きを放ち、とても綺麗で、思っていたよりも重たかった。

 幾つもある宝石の中に1つだけ、他のものよりも輝いて見えるネックレスがあった。

 思わず手に取る。

夕暮れ過ぎの空みたいな、紫の色をして卵のような丸い形をしたネックレスは妖艶な色をしていて一目で惚れ込んだ。

 私は呪われたかのようにその宝石にしか興味が湧かなかった。

 

ネックレスを付けたまま、うっとりとした気持ちでもう1度ベッドに潜る。

不思議な事に、ネックレスを付けているとお腹が減らない。

気のせいか、本当に呪いなのかは分からない。

例えこれが呪いだとしても私には好都合だ。飢えなくて済む。

 これが宝石『メデューサ』との出会いだった。


 本当に長い年月が経ってしまったのか、世界の時間と私の時間が大幅にズレ込んでしまっているのか、あるいは私の目にだけそう見えるのか。

 どれが真実なのかは分からないが、鏡に映る私の姿は滑らかな曲線を描いていて、それでいて瞳はガラス玉みたいに透き通っていた。

自分で言うのも笑ってしまうような話だが、鏡に写ってる私の姿はすっかり大人びて美しかった。


 鏡に写ってる女性と出会うまでの期間に分かったのは、城から遠く離れると『メデューサ』の效果は無くなってしまうという事だ。

突然空腹に襲われて、手足は枯れ木のように生命力を失い、シワができ、視界はボヤけて何も見えなくなってしまう。

 そうして私は一生この城の近辺で生活する事を余儀なくされたのだった。

 

 「誰かいませんかー!」

男性の叫ぶ声がする。

 

 どれくらい久々なのか分からない程に久々の来客だ。

1人だと退屈で仕方がなかったので来客は素直に嬉しい。

 

「はい...」


人と会話をするのがあまりにも久しぶりなもので、自分が思っていたよりもか弱い声が出てしまった。蚊の鳴くような声とはこの声の事を言うのだろう。


 「良かった...実は道に迷ってしまって。日も落ちてたし、食べ物も尽きてしまいまして。迷惑でなければ、1晩泊めていただけませんか?」


 男性は背が高く、目鼻立ちはしっかりとしていてどこかの国の王子様を彷彿とさせた。いわゆる容姿端麗だ。

目を合わせるのが恥ずかしくなってしまい、私は目すら合わせられない。

 

「大したものは無いですけど、それで良ければ。」


私は声を少しだけ張って言う。

   

「本当に有り難うございます、言葉で表せないぐらいだ。」

 

とりあえず男性を空いている部屋へと招く。


「この部屋で良ければ好きに使って下さい。」

 

「ああ。本当に有り難う。何とお礼をしたら良いか。」

 

男性は背負っていた荷物を下ろして言った。

 

「夜ご飯は食べましたか?」

 

「いいえ、まだです。でもお気遣い無く、大丈夫ですから。」

 

男性は遠慮がちに答える。

 

「ならば一緒に夕飯を。丁度私もこれからでしたので。」

 

 お腹は空いていなかったが、そう答える。

幼い頃に料理は覚えたので特に苦労はしなかった。

 

保冷庫にある食材はいくら使っても減らなかった。これも『メデューサ』のおかげだろう。

 

 私は夕飯をつくり、部屋で待つ彼を食卓へ呼んだ。 


「どうぞ、食べて下さい。簡単なものしかありませんが...」


「いえ、とんでもない。夕飯まで用意して頂いて申し訳ない。」

 

 スープにパスタ、サラダといったものが長い食卓にポツリ、ポツリと並んだ。

私達は向かい合うようしてに座り、食事を始める。

男性は器用にパスタを巻取り、口に入れた。

「美味しい!!まさかこんな山奥のお屋敷でこんなに美味しい食事と出逢えるなんて...僕はとてもラッキーだなあ。」

 

男性は目を輝かせて感想を述べる。

久々に褒められた私は素直に嬉しくなる。

 

「有り難うございます。ワインもまだあるので好きに飲んで下さい。」

 

「本当に奇跡みたいだ。実は友人の結婚式に参列しようとしてましてね。ここを抜けたら近いのではないかと、山を抜けようとしたらこの有様で。楽をしようとするのは良くないな、って反省して歩いてる最中にこの城を見つけたのです。」


男性は照れ笑いしながら赤ワインを飲んでいる。 

  

「そうだったのですね。じゃああの大きなリュックの中には式に参列する為のスーツが入っているのですか。」


私はワインに手を付けずに話をする。

お酒は飲めないが、彼に遠慮して欲しくなくて私の所にも置いたのだった。

幼い頃に身に付けた癖は未だに抜けずにいる。

 

「はい。あの中にはスーツが入ってます、意味不明だと思われるでしょうが。」

 

「私はてっきり、山を登る事を趣味にしてらっしゃる方だと思ってました。とんだ勘違いでしたね。」


私はグラス傾ける素振りをしてみせた。

 

「全くそんな事はないですよ。むしろ、山に登り慣れて居ないから迷ってしまった。」

 

男性は笑っている。

 

「にしても、貴女はこんな山奥でどうして1人で暮らしているのですか?

貴女程の美貌と料理の腕前があるなら、街に下りればすぐにもっと幸せな生活が待っていると思いますが。」


「私に美貌なんて、程遠い言葉です。私にはここで1人静かに暮らしているくらいが丁度良いのです。人間関係に少し疲れてしまったから。」 


私はやや微笑みながら答える。


「いいえ、そんな事はありません。貴女は美しい。僕がお付き合いしたいくらいだ。」 

 

男性は食い付きぎみに答えた。

 

「そんな...私に貴方は勿体ないですよ。貴方は容姿端麗で明るくて。話していて楽しいです。」

 

私は緊張で声を震わせながら答える。

 

「有り難うございます、そういって貰えると元気出るなあ。」

 

男性は少しだけ顔が赤くなったように見える。

 

「それ、僕の目を見て言って下さいよ、貴女はさっきから1度も僕と目を合わせてくれていない。」

 

「え...」


恥ずかしくて目を合わせられない事を男性は気付いていた。

本当は目を合わせてみたかった。

 

彼は私を見つめている。

私は少しずつ男性の目に焦点を合わせてゆく。

 

 目が熱くなった。

 

男性は悲鳴をあげている。

私は男性が悲鳴を上げた理由が分からず、やっと合わせられた彼の目を見つめながら聞く。

 

「どうしたのですか?」

 

「足、足が...!」

 

男性の足下を見ると徐々に石になっていた。ナメクジが這うのと同じようなスピードで、ゆっくりと、確実に。


「貴方...どうして...!?」

 

まるで病が体を蝕んでいくのが可視化出来るようになった気分だなと不謹慎な事を思った。

 

「しらばっくれるな!!!最初からそのつもりで僕をこの地獄に招き入れたんだろ!!!メデューサめ!!!」

 

男性は止めどもない怒りを私にぶつけた。さっきまであった、ほんのり甘い空気感はもうそこには一片の欠片さえ無かった。

 

「違う...違うの!私、こんな事になるなんて知らなかったの...ただ、貴方の目を見ていたかっただけなの!」


男性は大きな声で助けを求めているが、すでに体の半分は石化してしまっている。

どれだけ助けを求める為に大きな声をあげてもこの城の近くには誰も住み着いて居ない。

 

「なぁ...お願いだよ!助けてくれよ!僕には行かなきゃいけない場所があるんだよ!金ならいくらでも払う!だからお願いだ、頼む!」

 

男性は涙ながらに私に訴えた。

私は男性の救いに手を差し伸べたい。

願わくば私の命と引き換えにしても良いと思う程だ。

しかし私には石化を治す術が分からない。

 

「分からないの、私には。本当に...本当にごめんなさい...」

私も涙で視界がボヤける。

 

「あ...」

 

 石化はついに男性の口までも侵略し、ついに言葉を発する事も出来なくなる。

今、男性に残された術はただ静かにを流す事だけだった。

 男性はその後すぐに完全な石像となってしまった。

 

私は男性の前で一晩中泣き濡れた。

大切にしたかった人を大切に出来なかった。それ以上に、他人の人生を奪ってしまった。

私は被害者でもあり加害者なのだ。

 

 翌日、私は男性の石像に口づけをした。

もしかしたら、これで石化が溶けるかもしれないと口づけをしてから思った。

色の失った硬い唇は味が無く、冷たかった。

現実はおとぎ話のように上手くはいかないのだな。

そう悟った私は男性の石像を外に置いておいた。


 その日以来、私の城を訪ねてくる人は多くなった。

最初こそ罪悪感があったものの、次第に増えていく石像のコレクションに私は喜びを覚え出した。

 たくさんの石像は幼い頃にした、お人形遊びを彷彿とさせる。

あの頃はこんなに持つことが出来なかったコレクションが、今や少し目を合わせるだけで、すぐにコレクションにする事が出来る。

なんと素晴らしい事だろうか。

 男性を失った時に出来た大きな心の傷は、石像が増える度に少しずつ埋められていくような気がした。

 今晩もドアを叩く音が聞こえてくる。  

私はうっすらと微笑んでドアを開け、来客を迎えいれた。


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