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【Fabula Fibula】  作者: だいき
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クロックル村の未来(From Make Up Your Mind)

クロックル村の未来(from Make Up Your Mind)



 ー時間を進めなくてはならない。

このクロックル村では誰もが時間の針を巻き戻すことが出来る。つまり、その瞬間をもう1度やり直す事が可能というわけだ。

完璧主義で几帳面という非常に面倒臭い性格の人々が多いのがこの村の少々厄介な所である。 

 今日という日に納得出来ない誰かが時間を巻き戻す。

ようやく納得いった1日を過ごせても、今度は別の誰かが時間を巻き戻す。

 

それを繰り返すうちに、この村の時間はすっかり動くことは無くなってしまい、

もう何度目の3月23日を迎えたのか分からない。

 

 私はこの村の現村長で、【未来】と言う名前で生活を送っている。

一刻も早く時間を進めなくはならない。

こうしている間にも、私達は世界から置いていかれる。完璧な1日を過ごす為に未来を捨ててしまっているのだ。

こんなに悲しい事はない。 


 もうすぐこの村での次期村長選挙が始まる。

唯一、この時期だけは無理やりにでも時間を進められる事がこの村のルールで決められている。

 私の他にもう1人、この選挙に立候補をした人物がいた。

 

 彼は【過去】という名前で、掲げているマニフェストは

 『誰も泣くことのない、完璧な1日を。』

 という謳い文句で時間を進める事に消極的な意見だった。

 

 馬鹿げているが、この村では1番好かれる考え方で、村の噂では次期村長は彼で決まりだろうという話で持ち切りだった。


 一方の私は、

 『逃げても、隠れても。必ず次の明日へ。』

 と謳い、時間を進める事に積極的な意見を示した。

 完璧主義ばかりのこの村で、私の意見に対する風向きはかなり強く吹いている。吹き飛ばされないようにしているのに必死なくらいだ。


 今日3月23日から1週間、時間は動き続ける。

この時間の流れは、私にとってはかなり好都合である。

 人々が時間の動きに慣れて今日あった嫌な出来事を、明日へのスパイスにする事が出来たなら、時間は再び同じ流れを取り戻すだろう。

 上手いこと、相乗効果が期待出来ると良いな願う。


ー24日ー


この村では殆ど見掛けない、スーツに袖を通して私は村の広場へと向かう。


 お昼を少しすぎた村の広場には15人ぐらいの村人が集っていた。


 時間になり、私は演説を始める。


 「皆さん、どうもこんにちは。 今日は私の昔ばなしから話していこうかと思います。 

 私は幼い頃から失敗の多い人生を歩んできました。不器用で思ったように出来なかった事。考えが浅はかで、きちんと物事に整理が付かなかった事も多々あります。


 それでも、あの頃は前に進むしか無かった。

今のように時間を巻き戻す装置が発明されていなかったからです。」

 

 時間を巻き戻す事が出来る装置が発明されたのは40年くらい前の話だ。

 

 「どれだけ今が辛かろうと、明日憂鬱な事が待っていようと、進む他に選択肢が無かった。

後悔する事は簡単な事です。

それよりも難しいのは、納得出来ない今日をそれでも終わらせなければいけない事だと私は思います。」


 数名の村人が私の話に頷いている様子が見えた。

  

「1日を完璧にこなすよりも、どんな形かすらも分からない未来に期待をしてみませんか?

もし、毎日同じように時間が進んでいったら何処かでは泣きたくなるくらい幸せに笑う人がいても、その裏側には必ず同じぐらい、いやそれ以上に悲しみに暮れる人が出てきてしまうでしょう。」

 

 私は話に熱が入り次第に声が大きくなってしまう。

 

「それは紛れもない事実です。

 何故ならば幸せの数には限りがあるからです。

それを嘆くのではなく、幸せの数に限りがある、という事を逆手に取って考えてみましょう。

幸福は順番に誰かの所へ訪れているのです。

 今も何処かで誰かは幸せになっているはず。

それは必ず、貴方の所にもやってきます。

 やり直しを図った人間は躍起になって誰かから幸せを奪い取ります。これはもう戦争です。」

 

 幸せ。難しくて曖昧は表現だと私は思う。私は今幸せなのだろうか。今、

それは誰の所に訪れているのだろうか。


 「幸せを奪い取るのではなく、幸せを譲り合ってみませんか?

幸せを譲る勇気が、明日へと進んでいく勇気が、貴方にはあります。

どうか、私にお力を頂けないでしょうか。

私が巻き込んだ人は、必ず私が責任を負います。共に未来へと進みましょう!」


 少し数が減ったようにみえる村人からまばらな拍手が起こった。

後ろの方には髭を蓄えた男性が腕を組んで話を聞いていたのが見えたが、気が付いたら立ち去ってしまっていた。

 

 私の話しはちゃんと届いていたのだろうか...それともこの村の人々には届かないのだろうか。

意気消沈しながら眠りに着く。

 

ー25日ー

 

予告通り、今日の13時きっかりから【過去】の演説が始まった。

昨日とは変わって、広場には沢山の村人で溢れていた。

  

「皆様、本日はお忙しい中、こんなに沢山集まって頂いて有り難うございます!

この光景を見ると、もうすでに私の考えが皆様に届いているのだと思ってしまって何だか嬉しくなってしまいますね。

手短に済ませたいと思います。よろしくお願い致します。」

 

 喝采が上がる。

 

「私は掲げているのは

『誰も泣くことのない、完璧な1日を』

 というものです。

誰かが喜んでも、誰かが泣いたら意味が無いのです。

同じ時を歩んでいるのに誰かは泣いて誰かは笑っているなんて不公平だと思いませんか?」

 

 賛成意見の声が村人から湧き上がる。

 

 「1日、1日をもっと大切に丁寧に描けばもっと充実した1日を送れるはずなのです。 

確かに、苦労して良い1日を過ごした人にとってまた同じ1日を過ごさなきゃいけないのは骨が折れる程に面倒臭い事だと思います。

しかし、これをチャンスだととらえる事が出来たなら1日は更に輝きを放つに間違いありません!」


 確かに彼の意見には納得がいく。

人々に支持されているのも良く分かる。 

 「どうか皆で手を取り合って、泣いている人を1人でも笑顔に変えていこうじゃないですか!

同じ人間で同じ時代を生きているのです。

 公平に、丁寧に、完璧な1日を過ごしてみませんか?

諦めるのが癖になるのが解せない、向上心の高い皆様なら私の意見に賛成してくれると信じています。宜しくお願い致します!」

 

 【過去】の演説は大盛況で幕を閉じた。

圧倒的な力の差を見せ付けられたような気がして僕は事務所に戻り、作戦を立て直しに注力する事にした。

 

ー26日ー


 昨日の【過去】の演説を受けて、この村人達の思想はほぼ固まっている事を痛感した。

それでも未来に賭けてる人がどこかにいる。私はその人達がいる限り、足掻き続ける。

 

 今日は戸別に訪問をして家々を回る。

法律のギリギリを攻める。

それぐらい必死に戦わなければこの村の時間は一向に進まない。

 

 1軒目の家に訪問し、演説の趣旨を手短にまとめて握手をし、ビラを手渡しする。

家の者が面倒くさそうな顔をしてるのが嫌になるほど分かった。


 2軒目、3軒目もあらかた同じような反応だった。

届いているのかどうかは正直分からない。 

 そんな手探りまさぐりな状況下でも手応えの良い青年もいた。

その青年は真摯に話を聞いてくれて、応援してますと言ってくれた。


 もう何軒の家を回ったのか分からない程に沢山の村人の元を訪れた。

 日もくれてすっぽりと夜がこの村を飲み込み、最後の1軒に訪れる事にした。

家から出てきたのはこの間の演説で話を聞いてくれていた髭姿の男性だった。

 

 演説を聞いてくれていた時の感謝を述べて、改めてビラを渡す。

彼は終始腕を組んで話を聞いていたが、きちんと思いは伝わっているような気がする。

仏頂面で腕を組んでいる姿は、亡くなった私の父に似ていた。

私は密かに親近感を覚える。

深々と頭を下げて家を後にした。

 

今日の行動が吉とでるか凶と出るかは分からない。

それでも自分のした行動に誇りは持っていたい。


ー27日ー

 

 朝起きて事務所に向かうと、スプレーで落書きがされていた。

 

"異端児"

と大きく書かれた事務所は、キリストの磔刑を彷彿とさせた。

 

 本当に酷い事をしますね、と事務員は言った。私も同じように思う。

どうして同じ人間なのに考え方が違うだけでこんなにも醜い行為をさせてしまうんだろう。

人と人は分かり合えないんだろうか。

 

 落書きを消して半日が終わった。

今日は村にある川を視察して、新しく作る橋の案件を処理して終わりにする。

 

ー28日ー

 

 今日はいつも日課にしていた村のゴミ拾いを早朝から始めた。

朝日を見ながらゴミを拾っていれば少しでも気分の入れ替えが出来るんじゃないか、という単純な考え方だ。

 

 毎日拾っているのにゴミは一向に減らない。

これは一体何故なんだろうか。

 皆が完璧主義で几帳面な性格ならば、この村のゴミは減っていくはずなのに。

この矛盾が狂おしい程に憎たらしい。

 

 事務所の近くのゴミを拾う為にしゃがみ込んだ時だった。

スプレーで何かを塗るような音がして、私は息を潜めた。

 

木の影に身を隠し、私はそっと事務所の方を盗み見る。

 

 男性の姿だ。

この間の戸別訪問の時に、真摯に話を聞いてくれていた、あの青年だ。

 

どうしてだろう?

そんな疑問が胸をざわつかせて、倒れそうになるくらい頭が重くなったのを感じた。

 

 見過ごす訳にもいかず、私は彼を取り押さえた。

すぐに近くの事務員が異変に気付き駆け付けてくる。

青年は少しだけ暴れたものの、観念をしたのかすぐに大人しくなった。

 

 彼を事務所の中に入れて椅子に座らせて理由を問う。 

特に理由なんて無く、ただ人が傷付いているのが見たかった、と青年は言った。

 

 そんな理由が存在するのだろうか。

人が傷付くのが見たかった、という理由で人を傷付ける事が出来るものなのだろうか。

私は彼の意見に何と答えたら正解なのか分からなかった。

正論をぶつけてしまえば、青年は押し黙ってしまうだろう。

 しかし青年には青年の思考があり、今の彼にとってはそれが正しい行動だったのだ。

 

 そこまで考慮した上で、私も彼もを納得させる事が出来る答えが見つからなかった。

人の上に立つという事は1人1人に、きちんと向き合わなければならないのだ。

 

 それがどれだけ難しい事なのかを今日改めて理解した。

 明確な答えは出さずに少しだけ壁についたスプレーを消させて青年を帰した。

私に、人の上に立つ資格はあるのだろうか。

 

ー29日ー 


 一昨日、昨日、の一連の話が村中に流れたらしく、彼が村八分にされているという噂が事務所に流れてきた。

小さなこの村ではちょっとした事件が巡り巡って何倍にも膨れあがり大きな噂として駆け巡ってしまうのだった。


 私は青年の元を訪れた。

彼は深く反省しており、すっかり沈んでしまっていた。

 

 立候補者という立場上、私は彼に何かを渡したりする事は出来ない。

彼を守ってあげる事さえ今は出来ない。

私は彼の話に耳を傾ける。

 

 青年は未来に進むのが怖いと言う。

仕事も恋人もロクに居なくて、何も手にしていないまま、歳を取っていくのが怖かった。だからこのまま時が動かなくなってしまえば良いと思った話す。

 

 青年の話も良く分かる。自分の意見を通すには絶好のチャンスだが、今日は大人しく話を聞くだけにして帰った。もし私が村長になったら青年を雇うという事は胸の奥にしまっておく。

 

ー30日ー

 

 いよいよ最終日となった。

私の最後の演説が始まる。


スカスカの広場を想像していた私は予想を裏切られた。

沢山の人が私の前に立っていたからだ。

その中の中心で楽しそうに世間話をしている人の姿が見えた。

亡くなった私の父に似ている、あの髭姿の男性だった。

 彼が周りの人を連れてきてくれたのだろう。

 そして後ろの方ではあの青年も来てくれていた。 

私は嬉しくなってしまい、思わず笑みをこぼす。 


 マイクを握り締めて最後の挨拶をする。

「私は皆さんと未来を歩みたいと思っております!

それでも、それでもと、明日を選んでいく勇気。それが皆さんにはあります!

どうか、共に明日へ歩みだしましょう。」


 私は頭を下げて舞台を後にする。拍手が鳴り響く。

泣いても笑っても私は最善を尽くし叫んだ。もうやり残す事はない。

 

続いて【過去】の最後の挨拶が始まる。

 

「私はもっと公平な世界を目指したいと考えております。誰が笑っても誰かが泣くのなら意味はありません!

 皆様で高めあって一滴の涙もない、完璧で、優しい時間をつくりあげて行きましょうではないですか!!」

 拍手があがり、【過去】が舞台を降りる。


 一先ず、私達の闘いは幕を閉じた。

あとは村民達の投票を待つのみだ。


私と【過去】は違う控え室で開票の時間を待つ。心が落ち着かないのはきっとお互い同じだろう。

 

永遠かのような待ち時間が終わり、開票が始まっていく。


 1票目が開かれる。

そこに書かれていたのは【過去】を支持するものだった。  

その後に開かれていく票も【過去】を支持するものばかりだった。

やはりこの村の考え方には彼の思考が合っているのだろう。


 そんな中、私を支持する票が出てきた。

ただの白い紙が絶望の中に見えた一筋の光に見えた。

私の思いは誰かに届いていたのだ。

それだけで私は全てが報われたような気がした。

 そこから私の快進撃が始まった。

面白いように開かれる票は私を支持してくれるものばかりだった。

少しずつ、少しずつ、私の票は数を伸してた。

そしてみるみるうちに【過去】の支持数とピッタリと並んだ。

 

 残る未開封の票は1枚。

ピタリと並んだ2つの意見。

 

 最後に残った1票はあなたが投票した1枚だ。

世界を変えるのはあなたかもしれない。

 

 ー最後の1票が開かれた。


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