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【Fabula Fibula】  作者: だいき
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真っ赤な傘の記憶について(from ヒーローインタビュー)

真っ赤な傘の記憶について(from ヒーローインタビュー)

 

  無数に向けられたマイクが僕の前に立ちはだかる。 ガヤガヤと言う音がして強引なカメラのフラッシュが焚かれた。

 

  「放送席!放送席!こちら天国インタビューです。」 アナウンサーのような女性が僕にマイクを向け、カメラを見つめている。


気が付いたら死んでいた。 大切な恋人を残して。


「長い人生お疲れ様でした。」

「有り難うございます。」

「とても苦労の多かった人生のように見受けられましたが、後半は勢いが凄まじかったですね!特にホームランを打たれた7回表!あそこからの快進撃が止まらなかったですね!」

「ええ、まあ。本当に苦労が多い人生でしたね。恥ずかしながらスロースターターなもので。後半は調子が出てきて良かったです。」


「あのホームランから、革命的に変わっていかれましたよね。あそこには一体どんなポイントがあったんですか?」


「実はあの時に彼女と初めて会話をしたんですよ。それで彼女にいい所を見せなきゃって躍起になりましたね。」

「それは素敵なエピソードですね。その方もきっと嬉しいはずです! 勝負の分かれもそこがターニングポイントだったのでしょうか?」


「いや、僕はこの勝負、実は凄く早いタイミングで決まっていたんだと思うんですよ。」 「えー!そうだったんですか!それは具体的にはいつ頃だったのでしょうか?」


「世界中からマオを見つけ出した、あの日あの瞬間です。」


そう、あの瞬間こそが勝利の女神が微笑んだ瞬間だったんだ。 とても強引な告白だった。


それこそ、勝利の女神を無理やりくすぐって笑わせるような。




〇 ー雨の日だった。

僕は傘をさして街を歩いていた。 雨の多い街、レインティアの風下にあるこの街は必然的に雨が降っている事が多い。

僕はお気に入りの真っ赤な靴に足を入れた。 防水性に優れていて雨の日でも躊躇わずに履ける。


本当は白が良かったのだが、売り切れになってしまい赤を選んだ。 最初は腑に落ちなかったのに履いていくにつれこの赤い靴に愛着が沸いていた。

むしろ白にしなくて良かったと思う程だ。


この街ではその日に起きた出来事を覚えておくか、忘れてしまうかを任意で選択する事が出来る。

また、その記憶を片隅に置いておくのか、真ん中に置いておくのかまで選択が可能だ。

記憶はその位置によって思い出しやすさが異なる。もちろん片隅よりも真ん中にある方が専有権の価値は高い。


人々はメモリーアクセスショップと呼ばれる店に行き、"それ"を定める。

店の中にはATMのような形をしたものにヘッドギアが取り付けられた機械があり、人々はボタン1つで記憶を自由に手軽に操る事が出来る。

しかし消した記憶は一切戻す事が出来ず、誤って記憶を消してしまう人もいる事が問題視されているのが現状だ。


記憶の位置を少しだけ変えたかった人が誤って自分に関する記憶を消してしまい、その場からふらりと消えて行方不明になった。

というジョークがこの街の昔からの語り継がれている。


その為、機械に書かれる忠告は年々増える一方であった。

その日、僕はメモリーアクセスショップへと向かっていた。 記憶の容量がいっぱいになってしまい私生活に支障が出始めたからだ。 無駄な記憶を忘れて頭の中をすっきりさせなければ必要な事すらも覚えられなくなってしまう。 メモリーアクセスショップは、連日大行列だった。


 それ程までに人々は今までの記憶にトラブルを抱えているのだろう。

僕は傘を閉じて店前で畳む。 ふと目を向けると、街を歩く人々の中に真っ赤な傘をさしている女性が見えた。

あまりにも目立つその彼女は他のビニール傘とは一線を越えて記憶に残る。

が、気にはしない。だって必要では無い記憶はわざわざ消さなければならないのだから。


列に並ぶ。 このお店に来る人は1人の人がほとんどだが時にカップルを見掛ける時もある。

彼らがどういう理由でこの店に来たのかはすぐに見抜く事が出来る。 今までの恋人との記憶を忘れさせに来たか、今の恋人との記憶を忘れさせに来たか、だ。


どれだけ強く惹かれあっても崩れてしまう時は恐ろしい程に呆気なく、ボタン1つで全て忘れられる。

こんな冷酷無比でスタイリッシュな関係を今日もテレビでは揶揄されている。


自分の順番が訪れて必要ない小さな記憶を忘れていく。 近くのお店の品揃えや、昨日の晩御飯、昔の彼女の誕生日など。 記憶を忘れる事にメリットは多い。実際に辛い記憶を消しに来る人々だっている。


理不尽に怒られた事。過去にした大喧嘩。振られてしまった恋人の事。死別した最愛のペット。 それらも全て記憶の取捨選択が出来る。

容量が空き、軽くなった頭で街中へ戻る。

数日後、雨の日。


僕は仕事に向かう為に家を出た。 雨の日は他の人の傘と自分の傘がぶつかって嫌になる。憂鬱だ。


それでも僕は街中を歩き続ける。 大きな交差点に入ろうとした時、視界に真っ赤な傘が目に飛び込んできた。


あれ?あの傘以前どこかで見た事あるような...?


僕は記憶の中を探す。 が、全然見付からない。

頭の片隅の方に居た【真っ赤な傘】は少しだけ真ん中へと動いた。 妙な引っ掛かりを感じながらも 1日きちんと仕事をこなして、職場を出る。


  帰り道は雨が上がっていて、傘を持って来たことをすっかり忘れて職場に傘を置いてきてしまった。


もしかしたらあの【真っ赤な傘】の人も、同じようにどこかに忘れていたりしないだろうか。 全く面識の無い人を少し心配に思った。


傘の下に隠れていてどんな表情なのかすらも分からないあの人の事を。


家に着き、家事をこなして気が付いたらベットで眠りに落ちていた。


その日も雨が降っていて、僕は傘をさして家を出た。


雨の日の散歩も最近は慣れてきた。 それどころか、またあの【真っ赤な傘】をさすあの人に出会えるのでは無いかと、雨が降るのを心待ちにしてさえいた。

あてもなく街に出て、ひたすらに歩き回る。

雨は次第に弱まり、夕方には雲の隙間から太陽が射し込んできて傘に付いていた水滴が光を受けて輝く。


もしかしたら出会えるなんて馬鹿げた事を本気で思っていた僕はカフェでゆっくりと本を読んで過ごしていた。道行く人々の事をキョロキョロと眺めながら。

携えていた本も読み終わり、雨も上がったので僕は家へと向かう為に支度をする。 会計をし終え、店の前にある傘立てで自分の傘探す。


その時だった。見覚えのある【真っ赤な傘】が目に飛び込んできたのは。

僕は嬉しくなって店の外へ飛び出した。しかしそれらしき姿は見当たらない。人違いだったかと僕は肩を落とし店を後にした。


目を開ける。

そこはカフェでは無く、良く見馴れた自宅の白い天井が瞳の中に映りこんだ。

夢だったのか。

僕は自分自身に呆れた。 と同時に【真っ赤な傘】の記憶が、ほとんど真ん中に近い場所に移動しているのを感じた。


このまま【真っ赤な傘】を追いかけても仕方ないので、今日はメモリーアクセスショップに行っていっそ忘れる事にしよう。

僕は家を出る支度をする。 窓の外をみると今日も弱い雨が降っている。

 


こんな日まで雨なのかと落胆をするも、やはり同時に期待もしてしまう。

まだ濡れていない靴を履いて僕は家を出た。

20分程歩き、メモリーアクセスショップへと辿り着く。


店は今日も混んでいて何時と同じように行列へと並ぶ。 列の先を見ると、【真っ赤な傘】を携えた女性の後ろ姿が見えた。


初めてみた、傘の下ではない彼女の姿だった。

彼女の後ろ姿はすらりとしていて、緩いパーマをふんわりと長い髪が印象的だ。

あまりにも突然の出会いに、喜びよりも困惑が真っ先に訪れる。 話し掛けるには遠過ぎて、立ち去るにはもどかしいこの距離感。


記憶を忘れにきたのに、ここに来て、メモリーアクセスショップに来た意味を失ってしまった僕はそそくさと列から抜け出し彼女が通るであろう店の入口で彼女を待った。


...急に話し掛けて、怖がられたりしないだろうか? ストーカー扱いされないだろうかと、今になって心臓が飛び出そうになる程に緊張しだす。


彼女の履いていたレインブーツの足音が聴こえてくる。何もせずに諦めてしまうのは勿体無い、ダメ元でぶつかってみようと意を決し、彼女の目の前に立ち塞がる。


「あの...!いきなりで失礼なのは承知で、何ともおかしな事を言わせて下さい。 実は街中で何度か見掛けてずっと気になって居ました。貴方の【真っ赤な傘】は僕の目には不思議とその傘だけが違ってみえた。 よろしければ、一緒にお茶しませんか...?」


彼女は目を丸くして僕を見ている。 そういえば、彼女の顔を初めて見た。 恐ろしい程に端麗で、普通なら高嶺の花だと手も出そうともしないようなタイプの人だ。


彼女が傘をさしていなければ話し掛けようとすらしなかっただろう。


「...私もおかしい事を言わせて下さい。実は私も気になっていました。貴方のシューズ。 そんなに真っ赤な靴、一体どこに売っていたんですか?」


彼女は笑いながら言う。 悪意皮肉のある笑い方では無く、呆れて笑うような、寛大で温かみのある笑顔だった。


「ええ...あ、これは、どこだったかな、」

思いもしなかった言葉の切り返しに僕は言葉を詰まらせる。


「全然構いませんよ。丁度雨も上がったようですし。」

外には雲の隙間から太陽の光が射し込んで傘に付いた雨粒を輝かせていた。


僕は今いるのが夢なのか、現実なのか、分からなくなった。 ひそかに自分の太ももをつねる。痛い。


カフェで軽食を取って互いの話をする。 気が付いたら僕の記憶の真ん中には彼女がいた事を正直に話した。変わった告白だった。

浮かれに浮かれ、名前すら聞くことを忘れていた僕はここで漸く名前を訊ねるのであった。


「あの、すいません、お名前をまだ伺ってなかったですよね?お名前は...?」





〇 ...私の名前はマオ。

少しだけ話をさせて貰える事になったので記しておきたいことをココに残しておきます。


この突拍子もないラブストーリーには、きちんとした裏付けがある事をここにだけ明かそうかな。

彼には内緒で。


綿菓子のように甘くて脆いラブストーリーの中にある、綿密に練り上げられたしっかりとした骨組みを。


私は街の靴屋さんで働いている。

雨の多いこの街では雨に強い靴が良く売れた。


例外なく今日も朝から雨が降っていて、沢山のレインブーツを売った所だった。

彼がやってきたのは、にわか雨の降り出した14時頃だったろう。


「いらっしゃいませ。」

私は誰彼と無く挨拶をした。


店に入って来たのは背が低く、そのわりには矢鱈と筋肉質な男性だった。 彼は遠くから見ると"ずんぐりむっくり"を見事に体現したかのような体格だった。

 

 ずんぐりむっくりさんは店内の防水機能つきのシューズを物色している。


あの体格ではなかなか足に合うサイズを見付けるのは難しいだろうなと思ってた矢先、先に話し掛けたのは彼からだった。


「すいません。」


「はい。何かお探しですか?」


私は普段話すよりもワントーン高い声で受け答える。


「これの白を探してるんですけど、在庫ってまだ在りますか?」

彼が指さしたのは人気メーカーの最新のシューズだ。


「白ですね?在庫をお調べ致します。少々お待ち下さい。」 私はシューズの名前を記憶してバックヤードへと戻っていった。


大変失礼だが、私には彼に白いシューズが似合うとは到底思えなかった。

試着していた真っ赤なシューズはとても彼に馴染んでいて、シューズが「この足が良い!」と叫んでいるようにさえ見えた。


私もプロだ。私の目に狂いはない。絶対に赤。白よりも赤だ。


少しだけ、意地悪をした。


店員としては最悪の行いだったと思うが間違えたつもりは無い。

在庫があった白のシューズを無視してバックヤードを出る。


「すいません、その白のシューズは在庫を切らせてしまいまして。今履いてらっしゃる赤のものでしたら最後の1点になってますが。」


「え、そうなんですか。どうしようかなぁ。」

チャンスだ。


「その赤いシューズ、とてもお似合いですよ。その赤のシューズもお客様に履いて頂いてとても喜んでるように見えます。」


「そうなのか。コイツ、今喜んでるのか。」


ずんぐりむっくりさんは照れたように笑った。


それは強い男が見せる一瞬のスキのようにも見えて可愛かった。


「はい。貴方になら履き潰されても構わないとも言ってます。」

これは流石に嘘なのだけれど。



「そこまで言われては仕方が無いな。分かった、これを下さい。」


悩まない性格なのだろう、彼は即決で赤いシューズを買った。

嬉々と彼は赤いシューズを手にして私に一礼してお店を出て行った。


今思うと一目惚れだったのかもしれない。 顔はお世辞にも容姿端麗とは言い難く、背も低い。

そんな彼が一瞬だけ見せた子犬のような笑顔が脳裏から離れなかった。


その日から私は真っ赤な傘を差して街を歩く事にした。

逆算をしたのだ。記憶を自由に操れるこの街で、どうやって彼とまた再会し記憶の真ん中にまで漕ぎ着けるか。 私の出した答えが【真っ赤な傘】だった。


【真っ赤な靴】を履いたずんぐりむっくりさんとお揃いの色の。


街で偶然会える事なんて早々ないと分かっている。分かっていながらも私は運命を信じたかった。


もし本当に出逢えるのなら。


そんな淡い期待も泡となり、月日は流れた。今ではすっかり再会を諦め真っ赤な傘だけが私の所へと残っていた。


買い物のついでによったメモリーアクセスショップ。 長い長い列に並び、必要のない記憶達を消していく。

 

小さな細々した記憶を忘れた脳はすっきりとしていて清々しい気分だった。


突然、男性に話し掛けられた。顔を上げて、この声のする方を見つめる。

私はつい、笑ってしまった。


ずんぐりむっくりさんが明らかに緊張して私に話しかけているからだ。

私はまた意地悪をしてやった。


私の記憶の中では大きな容量を取ってた癖に私の事なんてすっかり忘れてしまっていた彼に。


「そんな真っ赤なシューズ、どこで買ったんですか?」

それが販売員という名では無い私として、彼との初めての会話だった。






〇 1人きりの静かな真っ白の部屋に帰ってきた。 熱烈に歓迎されたインタビューを終え、僕は日記帳にこの物語を書き残す。


天国での生活が満了し生まれ変わった時に少しでも彼女の事を覚えておけるように。 果たしてどこまで覚えてられるのは分からないが。


君の手を初めて掴んだあの日、あの瞬間。


あれから5年後に僕は死んだ。 病気でも老衰でも殺人でも無く、事故だった。

幸せで幸せで堪らなくて、眠るのも惜しい程の毎日を過ごしていた。


あの【真っ赤な傘】と【真っ赤な靴】は同じ玄関に並べられた。

それは何よりも僕の人生が輝いていた事を証明する確かな景色だった。


マオにはとても悲しい思いをさせてしまった。 それを謝れない事が更に悲しい。

マオの記憶の中で、僕は今どこにいるのだろうか。


せめて頭の片隅に、いや、真ん中に居場所をつくってくれていると嬉しいな。

という事ももう直接は伝えられないのでインタビューにして答えた。


記憶の取捨選択が自由になった今この街で、次は天国からのインタビューが放送されるようになる事を願う。

きっとマオは僕のインタビューにダメだしをしてくれるだろう。僕は笑いながらそれを聞くのだ。


あの日に僕の靴を笑っていたマオの顔を思い出して。

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