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【Fabula Fibula】  作者: だいき
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甘い裏切りと曇天の都市(from ファビュラ・フィビュラ)

甘い裏切りと曇天の都市(From ファビュラ・フィビュラ)】


 最愛の恋人が殺された。

彼女が何をしたと言うのだろうか。

何故私じゃ駄目だったのだろうか。


 ーあれは雨の日だった。

丁度、今日みたいな、どんよりした雲が1日中頭に乗っかっているような重たい空が私の憂鬱を加速させる。


カエサルは妻のコルネリウスと、古くからの友人であるブルータスと晩餐をしていた。


「ブルータス、どうだろうか?

コルネリウスはこんなにも美しい。

私の人生に革命が起きたよ。」 

私はブルータスに話し掛ける。


「ああ、全くもって美しい。絵画にして飾っておきたいくらいだ。」

ブルータスは大袈裟な身振りをして私に答える。


「お2人とも、幾ら何でも大袈裟ですよ。私なんて何処にでもある石ころの1つみたいなものですから。」

私の妻、コルネリウスは笑いながら答える。


私はワイングラスに手を伸ばす。

白ワイン特有の爽やかな甘味が口の中で広がってゆき、先ほどまで舌の上で踊っていたムニエルの酸味と溶け合っていくのを感じる。


 「それにしても、ブルータスの邸で食べる料理は本当に美味しい。どうかうちにも給仕を使わせてくれないか?」


私はブルータスに問う。


「うちの給仕達をそんな風に言わないでくれ。家族なのだよ、彼らは。そうだろ?ブジーア。そう思わないかい?」


「ええ、私もそうだと思います。彼らと私達は一緒に生きている。」


 ブジーアとはブルータスの妻だ。

ほっそりとしていて、なんだか魅力にかける。

やはりコルネリウスが世界で最も美しい。コルネリウスが世界の優れた美術品の1つと言われても納得がいく。


「あなた方が羨ましいわ。普段はもっと美味しい食事をなさっているのでしょう。わざわざ私達に合わせなくても良いのよ。」


 今、私の邸はこの辺ではかなり力を持っていた。

昔は同等の力を持っていたブルータスとは天地の差、まではいかないが権力の差は誰から見ても歴然としていた。


 私はブルータスとは良き友人として付き合っているのでブルータスには誤解して欲しくないのだが。

しかし実際、ブルータスにそう言った所で嫌味に聞こえてしまうだろう。

 この事は言わずにおこう。


 「ブジーア、そんな事言わないでくれ。私の生活はそんなに変わってはいない。」


私は彼らに言う。


ムニエルを食べ終え、皿が下げられた後に、子羊のローストがやってくる。

迷いに迷った子羊には目も当てられない程に悲惨な結末が待っているのか。

皿に盛り付けられ、レアに、真赤に焼き上げれた赤い仔羊の肉を見て思う。


 当然だ。弱きものは淘汰され、強きものが上に立つ。

純粋な者ほど汚されて、一途な人ほどカモにされる。

正直者が目にするのは、馬鹿か痛い目だと私は知っている。


 私はそんなの御免だ。

今の味を味わってしまった以上、質の下がった生活など耐えられるはずも無い。


 敵をなるべく作らぬよう、波風を立てずに味方を増やす。

それが真の勝者への第1歩だ。

あからさまな勝者は革命が起きた時には奴隷にまで成り下がる。


 「ああ、本当に美味しいわ。やっぱり子羊は最高ね。」

 コルネリウスが言う。



「良かった、楽しんで貰えて。こんなもので喜んで貰えるか心配したのよ。」


ブジーアが答える。


 

 私達は食事を続け、最後のデザートを食べ終える。

会話も段々と縮小してきて、お開きにするには絶好の頃合だった。



 「いやあ、本当に良い時間だった。今度はうちに遊びに来ておくれ。精一杯もてなそう。」


私は言う。


「有り難う、今度はそうさせて頂くよ。」


それとなく私達は席を立つ。


 「そうだ...すまないブジーア。化粧室を貸してくれ。」


「どうぞ。今の街は全く不潔だわ、いくら貧しいからって排泄を外でするなんて。」


 ブジーアは言う。全くこの女ときたら。

ブジーアはきっと外での排泄を経験したはずだ。今でこそ邸に化粧室が付いてるだけで。


 どうぞ、と促されるままに長い廊下を歩く。


 「では私達は先に玄関で待っているな。」


ブルータスが私に言い、コルネリウスを連れて反対方向に廊下を歩いてゆく。


「ブルータスは良い妻を持って幸せだな。」


「いいえ...そんな事無いですわよ。私の方こそ、拾って頂いて光栄だと思ってます。」


「お互い、このまま安定した生活を送り続けられると良いな。案内してくれて有り難う。」


 私は化粧室の前で言い、ドアを閉めて化粧室へ潜った。


「ええ、本当にそうね。ここで待っているわ。ゆっくりして。」


私が用を足していた時、ドアの外から物音がした。


「どうした、ブジーア?甲冑でも倒れたのか?」


私は冗談交じりに言った。


「いいえ、我が家に甲冑なんて無いので違うと思いますけど...」


 「コルネリウス!!!!」

ブルータスの声がした。

私の胸はざわついた。嫌な予感がする。


私とブジーアは声のする方へと走った。

長い廊下の角を曲がった所に、ブルータスの姿が見えたが肝心のコルネリウスの姿は無い。


 「どうしたんだブルータス!」

私はブルータスに駆け寄った。


 私の目に飛び込んで来たのは階段から転げ落ちて頭部から血を流して倒れているコルネリウスの姿だった。


 「コルネリウス!!!」

私は階段を駆け下り彼女に寄る。


「コルネリウス!!!」

肩を揺さぶり声をかける。

ピクリともしない。


「何があったんだブルータス!」


ブルータスは動揺しつつも答え始める。


 「階段を踏み外すしたんだ、あっという間だった。」


「なんだと!たかが階段から落ちただけだろう?何故返事をしないコルネリウス!!」

私はコルネリウスの肩を揺さぶり続けながら問いかける。


 ブジーアが近くに住んでいる医師を呼んでくれたが、もう遅かった。


 彼女は死んだのだ。

たかだか、友人の邸の階段で。



 私の人生に終りを告げる鐘が鳴り始めた。

彼女は亡くなり、私の権力も次第に衰えていった。

もう後は長い時間を浪費していくだけだ。私は生きながらにして死んだのだ。


ベッドに横になり、あの夜の事を考える。どんよりとした雲が一日中晴れなかったあの夜の事を。


 ずっと違和感を感じていた。

慎重で冷静な彼女が、階段を落ちる事なんて有り得るだろうか。

道で躓く事すら殆ど無かった彼女が、あんなにあっさりと階段を落ちるだろうか。


否、そんなはずは無い。

彼女は殺されたんだ。きっとそうだ。


(でも誰に?)


あの場に居たのはブルータスしか居ない。

(友人を疑っているのか?)


とても信じたくは無かった。

友人のブルータスが、私の妻である人を殺すはずがない。まず、コルネリウスを殺す理由が無いはずだ。

お互い私を介してしか交友関係は無いはずなのだから、私が彼らの交友を見ていないという事は、交友が無いのだ。


 嗚呼、あの日私が化粧室などに行っていなければ。 

こうなれば、もういっその事、突き詰めてしまって私のブルータスへの猜疑心を晴らして彼にきちんと謝りたい。


 私は国王の元を訪ねた。

この都市には、嘘を付いたものには罰として"フィビュラ"という飴玉を舐めさせる刑があった。

甘い甘い飴玉は、口の中でなかなか溶ける事は無く自分の犯した罪の味を体感する。

街ゆく人々は飴玉を舐めている人を蔑んだような目で見つめ、酷い時には物を投げられる事もある。

人に嘘をつく、という行為はそれ程までに重罪なのだ。


 しかし、ここまで甘美な飴玉は現世には他に類が無く、1度この味を知ってしまった人間は元には戻れず、嘘をつき騙しながら人を蹴落として生きる事を自ら選ぶ者がいる事も確かだ。

一概にも完璧な法律とは言えなかった。


 「ブルータス、ちょっと来てくれないか?」

私は彼の所を訪ねた。

「久しぶりじゃないかカエサル。どうしたと言うのだ?」


 私は1度唾を飲み込み、丁寧に文字を並べるようにして口から吐き出す。


「実はな、ブルータス。私は愚か者だ。この後に及んでお前がコルネリウスを殺したので無いのかと本気で思っているのだ。」


「俺が?そんなはずが無かろう!

まず、第一に殺す理由がないではないか!」 


「解っている。しかし、少し。ほんの少しで良い。私に着いてきてはくれないか?」


「仕方ない。もう好きなようにしてくれ。」


 私は彼を連れて国王の元を訪れた。


「どうしたと言うのだ。」


「国王よ、私は彼が嘘を付いてるのかどうかを知りたいのです。裁判を下してください。」


「なるほど。分かった。待ち給え。」


 国王は召使いを呼び、玉座を持って来させ、ブルータスはその玉座に坐せられる。


「お前は、この私の前で嘘をつけるか?」


「そんな事、私には到底出来ません。」

ブルータスは国王からの問いかけに答える。


 「この男の言う事が正しければ、お前は今も嘘を付き、私を欺こうとしている。」


国王はブルータスに限りなく近づき、尋問するかのように問いかけを続ける。


「国王に、神に誓って、そんな事はありません。」


 ブルータスは1度も臆する事も無く真意に答える。


「...」


2人の間に沈黙が訪れて、何処から風が吹き抜ける。


 「なるほど。彼は嘘を付いている訳では無さそうだ。お前の思い過ごしだろう。」


国王は私に結論を告げた。


「そうですか、それはそれは手間をお掛け致しました。有り難うございます。」


「お前はこの男へのお詫びにご飯でも食べさせると良い。疑うという事はタダでは無いのだから。」


 私とブルータスは国王から去り、宮殿を後にする。


「ブルータス、今回は非常に申し訳なかった。疑ったりなぞして。私は何と浅ましい人間なのだろう。」


「良いのだよカエサル。あの状況では私を疑うのも仕方あるまい。私も逆の立場なら同じことをしていた。」


 私はブルータスに昼食をご馳走し、太陽が傾き出したのと同時に別れた。


自宅に戻り、窓から夕陽を眺める。

街を燃やす炎のように熱を帯びている夕陽が私の心を唆す。


(やはり彼は嘘を付いている。)


 私は見過ごさなかった。

尋問を受けていた時に、彼の瞳の奥が泳いだように動き回るのを。口角が僅かに上にピクリと上がるのを。

法で裁けないのならば、私自身で手を掛けようではないか。


 夜が開けて陽が登った。

またしても、どんよりとした曇天の空だった。

私はブルータスの元を訪ねた。


「これはこれはカエサル。今度はどうしたと言うんだ?昼食ならばもう食べ終わってしまったぞ。」


「話がある。少し出てきてくれないか?」


 私はブルータスを誘い出し、大きな桜の木の下で確信に迫った。

良くも悪くも、私達の関係はここで終わるだろう。 

「こんな天気の下で、しかも咲く気配すら感じない桜の前で何をしたいんだ、カエサル。」


「もう正直に答えてくれ。コルネリウスを殺したのはお前なんだろう?ブルータス。もう嘘は沢山だ。頼むから教えてくれ。」


 ブルータスは長い間、黙り込んでいた。

曇天の空からポツリポツリと、小雨が降り出して来た頃にようやくブルータスは重たい口を開いた。


 「国王は騙せたのにお前の事は騙せなかったか、カエサルよ。

君の執念には本当に恐れがいったよ、まさかここまでとはな。

確かにあの夜、コルネリウスを階段から突き落としたのは間違えなくこの私だ。」


 薄々気付いていたが実際に彼の口からその言葉を聞くのは酷く辛かった。

雨脚が次第に強まってゆく。


 「どうして!どうしてなんだブルータス!彼女がお前に何をしたと言うのだ!!」


「いや、彼女は私に何もしていない。私に彼女に対する憎しみの気持ちは無い。」


「ではどうして!」


「カエサル、私はお前が憎かった!同じように生活をしていたのに次第に力を得て、全てが順風満帆そうに見えていて!

表向きでは私と仲良くしていても、裏では私を蔑んでは美味しい夕食を食べていたのだろう?私の苦悩も知らずに!」


 強くなった雨のせいで身に付けていた衣服が重たくなっていくのを感じる。


「なんだそんな事か...なんで、そんな、どうしようも無い理由で彼女を...!」


「お前が1番大切にしているものを奪いたかった。お前が苦しんでいる姿が見たかったんだ。有り難う。お陰で美味しいワインが飲めたよ。飴玉なんかじゃなくても甘い甘い蜜の味ってのは味わえるものなんだな。」


 ブルータスの笑い声だけが響き渡る。

私は体に力が入らず、なす術なくその場に立ち尽くす事しか出来なかった。


「もうこうなってしまった以上は仕方ない。短い間、楽しませてくれて有り難うな。」


 私は腹の辺りが温かくなるのを感じた。

何が起こっているのか、すぐに理解出来た。

私の腹にはナイフが刺さっている。

みるみるうちに私の腹は赤く染まり、それは先日みた燃えるような夕陽にも似ていた。私は燃やされたのだ。



 「ブルータス...私もだ。」


私はその言葉を最後に息絶えた。


 ブルータスが邸に戻ると、邸は夕陽のように燃え盛る炎に包まれていた。

幸い、降り続いていた雨により火事による損害は少なくて済んだという。

火事による被害が1番酷かった部屋から女性の死体が発見された。


 ブルータス、悪いな。

私も"例の飴玉"の味わいを味わってみたかったのだよ。

残念ながら舐めるまでは出来なかったが、人の不幸は蜜の味というのも納得出来るな。

口の中に甘味が広がっていくような気がするよ。


 優しい人ほど傷ついて真面目な人ほど損をする。

面白い時代だな、全く。

私は一足お先にこの時代から、街から、身を引こう。

私の思考は此処で途切れた。

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