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【AIOライト 114日目 17:56 (1/6・雨) 造船街・ビ】
予定通りに夕方ごろ、俺たちはビに辿り着いた。
街の入り口はハナサキと対を為すように崖の上に存在しており、転移先の目標として使える傾いた転移ポータルも街の入り口の脇に置かれていた。
此処までならば……まあ、転移ポータルが野ざらしかつ苔むしている以外は特に思う事は無いな。
そう、此処までならば、だ。
「凄いですねぇ」
「ああ、そうだな」
ビの入り口の先、本来ならばビの街並みが広がっているであろう場所は、俺の目ではただの空中にしか見えなかった。
崖は切り立っていて、海面まで100メートル近くある。
そして海面の下には、遥か昔に沈んだらしいビの街並みが広がっていた。
そう、俺の目にはビは……滅んでいる様にしか見えなかった。
「私、ドウに来てからこんなに沢山の人が行き交っていて、賑わっている街なんて初めて見ました」
「そうか?」
「そうですって!」
だが、シアには別のものが見えていた。
ヒタイと同じくらいの人の多さに、そんな沢山の人たちを収められる数多くの建物。
はるか遠くにはクレーンのような物と、沢山の船も見えているとの事だった。
つまりは繁栄していた頃のビが見えているようだった。
「ふうむ……」
「マスター?」
俺は念のためにと言う事で、考え込むふりをしつつ、シアに見えない位置でネクタールを伸ばし、軽く建物に触れてみる。
するとその瞬間、ネクタールが触れた部分の建物の壁が削れ、その分だけ俺の魔力がほんの僅かにだが増す。
「シア、どうやら俺はこの街に入れないらしい」
「へ?どうしてですか?」
「俺の目には、此処に街があるのが見えない」
「見えないって……こんなにしっかりとあるじゃないですか」
シアが崖の先へと踏み出す。
そして、極自然に空中に立って、俺に向けて両腕を広げて見せる。
「どうしてかは……あー、暫くここで考えてみる。だからシア、悪いが、一時間ほど一人で情報収集をしてもらっていいか?どうにも敵は居ないようだしな」
「えーと、別に構いませんけど……分かりました。船についての情報はしっかりと集めてきますね」
「ああ、よろしく頼む」
そうしてシアはビの街中があるであろう場所に向かって進んでいく。
だが俺の目では……やはりどこまで進んでもシアの姿以外は見えない。
シアが何かを避け、話をするような様子を見せても、何も見えない。
実に不思議な光景である。
「さて、どうして俺が入れないかは……考えるまでもないか」
それはそれとして、シアも十分に離れた事であるし、GMに確認を取るとしよう。
「俺の存在規模、位階、あるいは位相に座標とでも言うべきものが、シアの目に写っているビが存在しているそれらと違い過ぎているから、だろう?」
「ええ、その通りです」
GMが白衣姿で現れる。
どうやら今は近くに俺以外のプレイヤーは居ないらしい。
「別に問題はないでしょう?貴方の場合、アンブロシアが調査を代行するだけですから」
「まあな。むしろ気になるのは他のプレイヤーが俺と同じように引っかかったりしないかと言う所か」
「その点についてもご安心を。貴方程の規格外はまだ他に居ませんし、これから出て来るにしてもビでの用事を済ませてからです。と言うかですね」
「ん?」
GMは何故か笑顔を浮かべている。
だが目は笑っていないと言うか、いつも通りに呪詛が乗せられている。
「こちらの当初の予定ではビとタイバン、その両方を攻略した時点でようやく私たちの領域を知覚し、足を踏み入れるかどうかというと言う所だったんですけどねぇ。賢者の石作成のための情報を集め始め、自分だけの賢者の石を作り始めると言う予定だったんですけどねぇ」
「へー、そうだったのか」
「それが、どうしてこの時点で街の認識すらできない程にこちら側に……と言うか私の横に並び立てるような存在が居るんでしょうねぇ……事前調査ではそう言う存在とは一切関わりが無いと言う調査結果も出ていたはずなんですけどねぇ」
「はっはっは、恨むなら自分の予測の甘さを恨んでおけ」
うん、これは流していいな。
完全にただの愚痴だし。
「はぁ。正直、今更貴方に船とか必要なのかと言いたい所ですが、この街のNPCに仕込んである情報をまとめたものがこちらになります。船に関する情報も含んでいますので、適当に読んでください」
「分かった」
で、本題はこっちか。
俺はGMから書類の束を受け取ると、本体の下へ転送。
そこで読むことにする。
「しかし、ビがそう言う町だって言うのは、初めて訪れた時点でも気づくプレイヤーは気付くだろう。そうなると、ハナサキ、それにヒタイに対しても疑念の目は向くはずだ。そうなると色々と不都合が起きるんじゃないか?」
「問題ありませんよ。むしろ、そう言う疑念を持ってからでないと得られない情報と言うのも設定していますし、この先を考えれば何時かは持ってもらわなければ困る考えですから」
「まあ、そうでもあるか」
GMの用件はこれで終わったのだろう。
身振りだけで俺にネクタールを広げる事を強要した上で、ヘスペリデスに入っていく。
どうやら今日の夕食はヘスペリデスで取るつもりであるらしい。
「……。俺も終わりに向けてそろそろ手を打つべきなのかもな」
そして俺もシアが戻って来るのを待って、ヘスペリデスに移動した。




