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「ぬおおおっ!」
ブーン・フォ・エフィルが大きく腕を振りかぶる。
その動きは『レウ・ギィ』と『楽園の裏側』の中であっても鋭い。
だが、『AIOライト』と言うゲームの仕様の範囲を超えるものでは無かった。
だから俺は半歩だけ退いて攻撃を避けようとし……
「ふんっ!」
「むっ……」
俺の予想以上に伸びたブーンの爪が俺の身体を切り裂いてダメージを与えてくる。
「死ね!」
「ふむ……」
続く攻撃も俺は避けようとしたが、やはり直撃する。
防ごうとしても、裏をかいてくる。
これは……まあ、当然の結果か。
「死ねっ!死ねっ!死ねええぇぇ!!」
「なるほど、未来予知で俺の動きを読んでいるか」
ブーン・フォ・エフィルはミアゾーイによって初心と言う物を奪われた事によって発生したエフィルである。
故に自分が理解できる範囲と言う但し書きが付くが、過去、未来、現在の全てを知る事が出来ると言う能力を保有している。
だから俺の回避する先も防御する先も分かっているのだろう。
「だが、攻撃力がまるで足りないな」
「クソがあぁぁ!!」
しかし悲しいかな。
ブーンの攻撃力では今の俺のHPバーを削る事は出来ない。
この環境で支障なく活動できる点からして、相応に回復力と生命力は上げているようだが、その分だけ攻撃力が足りていない。
ダメージを与えられないと言う意味では無く、俺の回復力がブーンの攻撃力を大きく上回ってしまっているが為に。
一応、状態異常:パライズなどが入ってきてはいるが、無防備で受け続けても、何の問題もないレベルである。
「ふんっ!」
「ウゴッ!?」
さて、何時までもただ受けている意味はない。
と言うわけで俺の反撃の斧がブーンの腹に入り、吹き飛ぶ。
何故、未来予知が出来るのに俺の攻撃が当たるのか?
それは実に単純なことで……
「まあ、普通の人間の感性じゃ、自分の終わりに繋がる光景は見たくないよなぁ。おまけに俺相手だと見た未来次第じゃ、その時点で終わりだ」
「ぐっ……やはりそう言う事か……そういう事なのか!化け物め!」
ブーンが自分の終わりと言う光景を見ることを拒否しているからだ。
そして俺が行える攻撃の中にはミデンを見せると言う物が有る。
もしもブーン程度がミデンを見てしまったら?
例え未来予知と言う形で見たとしても、その時点でブーンと言う存在は終わりを迎えることになる。
なにせ、それでやってくるのは終わりそのものであり、時間や空間と言う概念よりも先に在ったものなのだから。
尤も、今のブーンの言葉からして、今まで予想はしていても、認識はしていなかったようだが。
「さあどうした?これで終わりか?『AIOライト』の外の力は使わないのか?」
「誰が使うか!」
なお、俺とブーンの戦いはまだ『AIOライト』の中で行われている。
これは俺もブーンも『AIOライト』で用いてはいけない範囲の力を使う気が無いからであるが、その理由としては俺にはGMとの契約があるから、ブーンの場合は……
「だろうな。使えばその時点で敗北が確定する」
「このっ……人を……」
自分が『AIOライト』の仕様外の力を使った時点で、俺の方も本体が出て来て対応するのが分かっているからだ。
当然、ブーンの全力と俺の本体の全力では勝負にもならないだろう。
「ああ、おちょくらせてもらっている。レウの件で少々頭に来ているし……お前の言葉は他のエフィルたちの言葉と違って聞く価値もないからな」
「テメェ……」
だから、ブーンは『AIOライト』の仕様の範囲内でこの場を切り抜けなければいけない。
だが死に戻りは出来ないだろう。
既に本能的に感じ取っているはずだ。
死に戻りすれば、自分の終わりが確定する、と。
「生まれは選べないから仕方がない面もある。だが、お前を構成しているのは……」
「無駄口を叩いているんじゃねえ!」
俺の言葉を遮るようにブーンが再び飛びかかってくる。
だが、俺はそれを適当にいなしつつ言葉を紡ぐ事にする。
「ミアゾーイの力に気づいていながら、与えられた平穏な人生に満足できず、ミアゾーイを捨てる事もせず、それどころかより刺激的で退廃的で、おまけに他者を害することを基本とするようなものを求めたと言う救いようがない欲だからだ」
「黙れっ!」
「そんなに平穏が嫌ならばミアゾーイを捨てればよかっただろうに。なのに自分の安全を確保したいからミアゾーイは手元に残し続けて、ノーリスクでハイリターンな勝負をし続けようとした。自分の楽しみを満たす為だけに」
「黙れっ!」
「おかげでミアゾーイは俺が作り出した時に比べて遥かに汚れ、くすんだ。今は義息子のおかげで多少は持ち直したようだが、義息子の下に流れ着いた時は、それこそ見るに堪えない姿だったろうな」
俺は少しだけ目を瞑る。
「黙れと言っている!道具を使って何が悪い!他者から搾取をして何が悪い!人生を楽しんで何が悪い!俺は人生の勝者となる事を決定づけられた選ばれた人間なんだぞ!その俺が好き勝手して何がわ……ぐっ!?」
そして目を開くと同時にブーンの首を左手で掴む。
「否定はしないでやる。ミアゾーイを作り出したのは俺であり、そう言う人間の下に渡る事を予測できず、対策を施さなかった責任だってある。そして、今の領域に至ってもなお対応一つしていないんだからな。どう怒られても仕方がなくはあるだろう」
「ぐ……ごっ……」
「だが、貴様に怒る権利はない。怒る権利があるとするならば、それはミアゾーイ自身とミアゾーイが自身を正しく使ってくれたと思った所有者たちだけだ」
「あ……ぎぃ……」
左手に力がこもり、ブーンのHPバーが少しずつ減っていく。
だが、まだ殺してはいけない。
殺すのは俺の役目ではない。
「さあ、足掻いて見せろ。ブーン・フォ・エフィル。俺は貴様の足掻きを全て潰してやる。俺自身の満足の為にな」
「がっ!?」
だから俺はブーンを勢いよく投げ捨て……睨み付ける。
純粋な殺意を視線に乗せて。
ブーンの注意が俺以外の誰にも向かないようにするために。
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