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【AIOライト 111日目 17:53 (4/6・晴れ) 始まりの街・ヒタイ-ヘスペリデス】
「どうして置いて行ったか、だって?」
「はい、そうです。マスター」
夕方、ヒタイに戻り、『巌の開拓者』のレンタル部屋に入った俺はそこでネクタールが展開されているのを確認し、ヘスペリデスの中に入った。
そうして新たな杖を背負い、周囲に様々な花の花弁や虹色の煌めきを漏らしながら歩くシアと合流したのだが……その第一声は何故俺が一人でケイカに行ったのかを問うものだった。
んー、これはもしかしなくてもケイカで俺を見かけた誰かが掲示板に書き込み、その書き込みを見た誰か……恐らくはボンピュクスさん経由でシアに情報が伝わった形か。
となれば、誤魔化しはするべきじゃないな。
「理由は幾つかあるが……一つには今回回収した素材は少々特殊でな、俺一人のが都合が良かったと言うのがあるな」
「特殊……ですか」
「ああ、僅かであっても俺以外の魔力は混ぜるべきじゃなかったからな。まあ、無事に手に入ったから問題はない」
流石に『非存在性・』普通の魔銀鉱石をシアに見せる事はしない。
だが、俺が嘘を吐いている訳ではないのはシアにも分かったのだろう。
一応頷いてくれる。
「もう一つの理由としては、シアの為だな」
「私の為……ですか?」
だがもう一つの理由はシアにとって想定外だったのだろう。
明らかに驚いた様子を見せている。
「ああそうだ。仮の話になるが、今日の朝から俺が居た場合、シアはデフテリ・フォラ・アナスタシアを作っていたか?」
「それは……」
「そう、作ってなかった。携帯錬金炉は作っていただろうが、アナスタシアの強化はしていなかっただろう。俺に付いていく事の方が優先だって事でな」
「確かにそうかも……しれませんね」
俺はシアの背中にあるデフテリ・フォラ・アナスタシアを見る。
二度目の再誕と言う意味合いで名付けられたであろうその杖は、今までのアナスタシアよりも明らかに力を増しているだけではなく、携帯錬金炉と還元炉の機能も有しているようだった。
その特異性はGMがシア以外の所有を禁止している点からも明らかだろう。
「でも……」
「シア、こういう繋がりは不思議な物でな。仮に俺が今日の朝か昨日の夜にほんの少しでもシアと顔を合わせていたら、デフテリ・フォラ・アナスタシアは出来ていないんだよ」
「え?」
「シアがこの四日間、ネクタールとラードーンの協力を得つつも自分の意思で動き、他のプレイヤーと出会い、素材を手に入れ、その経験を詰め込んだことによって今のアナスタシアは出来上がっている。それは俺の目にかけて間違いないと断言しよう」
「……。マスター、もしかしてマスターは……」
「ま、これ以上は言わないでおこう。全てを与えられるのではなく、限られた情報から自分で考える事も人間には必要な事だからな。いずれにせよ、おめでとう、シア。その杖はお前の意思の象徴だ。これからも大切にするように」
「……はい」
俺は素直にシアを褒める。
それは一重にシアの成長が喜ばしいものであるからだ。
「さてとだ、ネクタール」
「ーーー!」
さて、シアとの会話が終わったところで、俺はシアが装備していたネクタールを俺の装備に戻し、ハイドカメレオンマントを倉庫ボックスに転移させる。
そして倉庫ボックスに転移したハイドカメレオンマントは俺でもGMでもない誰かが持ち出して、『AIOライト』から消滅させたわけだが……まあ、特性:ヌルが付いている時点でそう言う事だろうな。
「ご苦労様、ネクタール。シアの護衛お疲れ様だったな」
「ーーー……」
で、ネクタールだが……俺が装備した途端に微妙に落ち込むような色合いになっているのはなんでだろうな?
この身体で装備していなかっただけで、本体はネクタールを身に着けたままの筈なんだが……本当にどういう事だろうな?
「お帰りなさいませーご主人様ー」
「おう、ただいま、ラードーン」
ラードーンが俺に向かってお辞儀をする。
様子は……特に変わりないな。
「あ、例の物なら完成しましたよー。レシピもバッチリでー、これならマスターでも大丈夫ですー」
「へぇ。そういう事なら夕食後に見せてくれ」
「分かりましたー」
だがどうやら『黒錠の迷宮-初級』に挑む前に頼んだ事は出来たらしい。
俺に向けて紙の束のような物を見せてくれる。
これならば……
「ふむ、明日……いや、明後日には作れるか」
色々と作れるようになるだろう。
「えーと、マスター?もしかしなくても……」
「ん?ああ、単に明日は一日休みで、明後日は錬金日和になりそうだなって話だ」
「そ、そうですか。ふふっ、何だかこの感じも久しぶりな気もしますね」
「ん?そうか?」
「そうですよ、マスター」
と、此処で不意にシアが笑顔を見せる。
何故ここで笑うのかは分からないが……まあ、嬉しそうにしているから、別に構わないか。
「マスター、食堂に行きましょう。今日は私たちで狩ってきた『撃魔力溢れる孔雀の王』の肉を使った孔雀パイを作りますから!」
「それはまた美味しそうだな」
「はい、楽しみにしててください!」
そうして俺は無事にヘスペリデスに帰還し、久しぶりとなるシアの料理を心行くまで楽しんだのだった。




