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【AIOライト 94日目 16:52 (半月・晴れ) 囲いの山脈】
「なんだか寒くなってきましたね」
「そうだな。だいぶ気温が下がってきた感じがある」
プレンミラーとの戦闘後も探索は続き、俺たちはプレンゴーレムやプレンアントといったウハイにも居たモンスターだけでなく、プレンスコーピオンやプレンバットと言った新たなモンスターとも戦いながら奥へと進む。
新たなモンスターで最も厄介だったのは……まあ、プレンスコーピオンか。
掲示板で見た覚えのないモンスターであり、硬い甲殻、毒の尾、鋭い鋏を組み合わせた戦いは中々に厄介だった。
もしかしたら今回のメンテナンスで追加されたモンスターだったのかもしれない。
まあ、幸いにしてこちらには俺の『ドーステの魔眼』やシアの『アブソーブ』と言った甲殻を無視できる攻撃手段と、多少の状態異常ならば一瞬で治る回復力が有ったので、時間がかかるだけだったが。
「どうしてこんなに寒いんでしょうか?」
「んー……だいぶ地下に潜って来ている感じはあるんだよな」
さて、探索の方だが、何度かあった分かれ道はいずれも北側あるいは東側に向かう道を選んで来た。
すると徐々に洞窟内の空気は冷えていき、ニフテリザによって照らし出される壁面には時折霜を通り越して、氷のようなものも見え始めている。
そして、普通の氷と言うアイテムまで採取出来てしまっている。
で、此処まで気温が低いと昆虫系のモンスターなどは動きが鈍りそうなものだが……そんな気配はない。
流石はモンスターと言うべきだろうか。
実に不思議な物である。
「そうだな、とりあえずケイカ東の火山からはだいぶ離れて来ているんだと思う」
「熱源が無いから、ですか」
「ああ、具体的にどの程度離れれば影響がどうなるって言う知識が無いから、確証はないけどな」
話を探索に戻すが、洞窟内の気温は本当に低い。
既にサハイ周辺並みの寒さにはなっているだろう。
この分だと、いずれは耐寒装備が必要になってくるかもしれない。
「と、開けた空間に出るな」
が、どうやらその前に一つ進展があるようだ。
「これは……砂浜ですか?」
「そうだな、砂浜……で、いいと思う」
俺たちが辿り着いたのは砂浜としか言いようが無い空間だった。
幅はニフテリザで照らし出せるほどの範囲しかなく、天井までは少なくとも100メートル以上の高さがあるだろう。
そして浜である以上は当然、水も存在していた。
ただし。
「地下にこんな河があるものなんですね……」
「まあ、現実世界にも地下水脈って言うのはあるしな。それを考えたら存在自体はおかしくないが……それでもこの幅はとんでもないな」
対岸が完全に暗闇に呑まれ、幅がどれだけあるのかも分からないような大河だった。
「んー、ネクタール、ニフテリザ。ちょっといいか?」
「ー?ーーー!」
俺はネクタールの身体から出ているニフテリザの位置を固定する。
するとニフテリザの浮力によってネクタールの身体の一部がネクタールの意思に関係なく浮かび上がるようになる。
「隠蔽は最大限で頼むぞ」
「ーーー!!」
で、そうして浮かせた部分を先頭として、細い紐状にしたネクタールの身体を河の対岸があるであろう方向に向けて伸ばしていく。
「さて……」
伸ばして……
「ゴクリ」
伸ばして……
「ーーーーー……」
伸ばし続けて……
「あ、うん、これは無理だな」
「これは無理ですね」
「ーーーーー」
50メートルほど伸ばして、砂浜に立つ俺たちからはニフテリザが殆ど見えなくなったところで、これ以上の探索は無理だと判断。
ネクタールを一度インベントリに戻し、再度召喚することでニフテリザごと手元に引き戻す。
「さて、こうなると……最低でも幅100メートル以上は確定なわけだが……たぶん実際にはキロ単位の幅があるんだろうなぁ……」
「それだと、適水粉じゃどうにもならないですね。となると、此処から先に進むためには船が必要になるわけですか」
「そう言う事になるな」
勿論、この河を渡る方法はビと言う都市で手に入るらしい船以外にも色々と手段はあるだろう。
これだけ広いならば空を飛んでもいいし、何百メートル先にあるかは分からないが天井を這っていくのも手段の一つだろう。
だがまあ……あのGMの事だしな、どのルートで突破を図るにしても、最低でもモンスター対策は必須だろう。
「しかし、この河は……」
さて、調べられる事は他にもある。
と言うわけで、俺は慎重に水際に寄ると、まずは水面の少し上に手をかざしてみる。
「水の流れは東から西へ、見た目よりもかなり早いが……何と言うか流れが不規則と言うか断続的だな」
「?」
「温度は冷え切っているな。たぶんだけど、0度前後か……」
「えーと?」
空気の流れと水面から伝わってくる冷気だけでも、この河の踏破が一筋縄ではいかない事は分かる。
だがやはり奇妙なのはその流れが断続的である事だろう。
俺は今、同じ場所で手をかざし続けているにもかかわらず、手の下の水面の流れは急な加減速を繰り返している。
それこそ心臓の鼓動に合わせて、血管の中を血が流れるように。
「で、この性質は表層だけなのか。厄介だな」
だがそれ以上に奇妙な点がある。
「……。マスター、何が見えているんですか?」
「水面から50センチほど沈んだところで、水の繋がりが切れているのが見えてる」
「は?」
それは表層とその下では水の性質がまるで違っているという事だ。
それこそ俺の目では繋がりが断たれていると思えるほどに。
「えーと……進入禁止エリアではないんですよね」
「ああ、空間そのものは続いている。ただ、水の性質が違い過ぎて、俺の目では別の水としか見えなくなっているだけだな」
「つまり?」
「流れの速さか方向か、温度か、ペーハーか、いずれにしても表層の冷たい水にだけ対策をして突っ込んだら、性質が大きく異なる深層の水によって碌でもない事になる。と言う事だな」
「……」
何と言うか、実にエゲツない罠である。
流石はあのGMと言うべきか。
「ま、いずれにしても現状ではここが終点。今日はもう休んで、明日は素直に来た道を引き返すしかないな」
「そうですね。そうしましょうか」
もう時間も遅かった。
なので俺はヘスペリデスを展開すると、今日はもう休むことにした。




