491:93-2-R2
【2021年 10月 1日 00:03 (金曜日・晴れ) 日本】
俺の予想通り、『AIOライト』のメンテナンスが始まると同時にトラブルが起きた。
まあ、トラブルと言っても、そのままただ寝ていても俺の心身が傷つく事は無いか、即時に再生できる程度のトラブルであり、問題となったのは俺を襲ってきた暗殺者たちに著しい損傷を与えることなく事を終わらせる事だったが。
「さて、少しばかり話をしようか」
俺は七人居る暗殺者の中から、俺に馬乗りになっていた女子高生くらいの少女へと視線を向ける。
それだけで少女は全身を震わせ、瞳孔と口を大きく開き、失禁どころか気絶してしまいそうな様子を見せる。
が、俺はまだ何もやっていない。
『ドーステの魔眼』も使ってない。
本当にただ視線を向けて話しかけただけである。
それなのにこれとは……現実世界の魔法使いのレベルはそれほど高くはないのだろうか。
「お前たちは魔法使い。あるいはそれに類するものであり、依頼で俺の命を狙った。それで合っているな」
「は、はい……」
少女は掠れそうな声で俺の言葉に返事をする。
他の六人の少女たちは……ああ、何故かは分からないが正座をした上で土下座のような体勢になっているな。
両腕を赤黒い風の衣で縛ってある上に、全員震えているから、かなりアレな見た目になってしまっているが。
「なるほどな。で、このスマホは以前お前たちの組織のリーダーとの連絡に使われたようだな」
「え、そ、あ、そう……です」
俺は少しばかり空間を弄って少女の私室から少女のスマホを持ってくる。
『いやー、勝手に進めてくれて楽だニャー』と言うGMの囁きについては聞き留めるだけにしておいて、俺は因果を遡る事によって電子的にも物理的にも魔術的にも履歴が残っていない番号へと発信する。
『……。もしもし?』
「どーも、アンタの依頼人に目標にされた元人間だ」
電話を取ったのは恐らく初老程度の男性。
男性は俺の声を聴くと同時に大きな溜め息を吐くと、たっぷり十数秒ほど沈黙を保つ。
『……。彼女たちは無事かね』
「あー、失禁している子は居るが、全員傷は無い。そこは安心してくれていい」
『そうか、ならば用件を聞こう』
「そうだな。幾つかの提案がある。聞く価値が無いと思ったらその時点でこの電話は切ってくれて構わないし、話し合いがどう転んでも彼女たちは返すと先に約束しよう」
GMとの契約による制約は『AIOライト』内でのみ効力を発揮する。
そのため、今の俺には目の前に居る少女たちの因果も、電話の先に居る男性の因果も見えている。
つまり、GMの許可さえ下りれば、今この場から電話先に居る男性を始末する事は出来た。
だが俺はそれをしない。
と言うのもだ。
『……。その……こちらが情けをかけられている身分だというのは理解している。理解しているが……それでもなお言わせてもらいたい。正気かね?』
電話先の男性が基本的に部下を大事にし、上に立つ者がどうあるべきかをよく理解している人物だからだ。
「正気だとも、これこそが最も良い未来に繋がる一手だ」
『だが、私の依頼人がその言葉を聞いて納得するとは……』
「まあ、騙されたと思って話してみるといい。俺の殺害を命じた依頼人ならこの提案を受け入れるさ」
そして、それはこの電話先の男性の依頼人も同様。
どうにも今回俺の命が狙われたのは、前回のメンテナンス時に出したあのメッセージが原因だったようだし、それを考えれば我が身可愛さに何もしていない連中よりも遥かに信頼を置ける人物だと言える。
『分かった。話すだけ話してみよう……』
「ああ、それでこっちの提案が通ったなら……」
だから俺は電話先の男性に今後どうするのが一番良いのかを教えていく。
勿論、俺の言葉を受け入れるかどうかは電話先の男性自身の意思に任せるが。
『日陰者であるはずの我々を日向に出す事で世界の流れ全体を傾ける……か。提案そのものは真っ当で、成功の目も間違いなくあるのに、貧乏くじを引かされているような気分になるのはどうしてなのだろうな……』
「そこは俺の命を狙った罰とでも思っておいてくれ」
『しかし、この提案。君には何の得もないだろう』
「それでいいのさ。俺は下地を作るまで、上に立つのは俺の役目じゃあない。この世は不公平で、危険と危機に満ち溢れているが、善き人である君たちならば乗り越えられる。じゃ、後はよろしく頼む」
『分かった』
そうして俺の提案は受け入れられ、俺は電話を切った。
で、電話を切ったところでだ。
「ま、そんなわけなんで彼女たちについてよろしくお願いしますね。海月さん」
俺はいつの間にか部屋の中に入って来ていたスパインさんとロウィッチに目を向ける。
「まあ、君の考え通りに事が進むならこちらとしても色々と都合が良くはある。人材の方も……」
「アイドル系魔法少女をプロデュースする系の仕事があ……ムギュ」
「当てはある」
が、ロウィッチについては異様に興奮した様子を見せた所でスパインさんが服の襟を引っ張って何処かに飛ばしてしまった。
うんまあ、あの様子なら任せても問題は無さそうだな。
「対価はそこの金属塊で適当に道具を作ってくれればいいそうだ」
「了解です。じゃ、こんな感じで」
「ん、どうも」
俺は部屋に転がっている金属塊を一ヶ所にまとめると、赤黒い炎でそれを溶かし、掌に収まる程度の大きさの鍵へと錬金する。
鍵だけで対となる錠が無い以上、何の役にも立たない道具であるはずだが、スパインさんはそれを受け取ると、これもまた何処かへと消し去る。
どうやら、アレで問題ないらしい。
「じゃっ、後は任せてくれ」
「お願いします」
そうして、俺から少女のスマホを受け取ったスパインさんは少女たちを連れて部屋から出ていき、その後入ってきた水色の人間サイズの海月(?)たちによって部屋はあっという間に綺麗にされ、病室は何事も無かったかのようになった。
「さて、朝までもう一眠りするか」
『完璧な対応どうもでしたニャー』
で、GMの言葉を聞きつつ、俺は人間の姿になって朝まで寝ることにした。
08/24誤字訂正
 




