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【AIOライト 93日目 00:00 (2/6・晴れ) 鉱山街・ケイカ-ヘスペリデス】
【2021年 10月 1日 00:00 (金曜日・晴れ) 日本】
『AIOライト』プレイヤー、プレイヤー名ゾッタ、本名藤守粟太の殺害または恒久的な無力化。
それが私を含めた七人に下された命令だった。
目標は他の『AIOライト』プレイヤーと異なり、GMの守護を殆ど受けていなかった。
目標専用の医師に看護師、それに表の人間は居たが、警備体制には穴も多く、目標が居る部屋で行為に及ぶこと自体は非常に容易だった。
だが、心臓にナイフを突き立てた所で今回の命令の達成が容易でない事が判明した。
俄かには信じがたい事に、ナイフを突き刺して確実に心臓を破壊したにもかかわらず、目標の血は平然と全身を駆け巡り続け、ナイフが引き抜かれると同時に破壊されたはずの心臓が傷一つ無い状態にまで再生してしまったのだから。
それからおおよそ二週間の間、私たちはあらゆる手を費やして目標を殺害しようとした。
しかし、行為を重ねれば重ねるほどに目標の有り得なさが判明していった。
GMの守護が目標を部屋の外へ運び出す事と、私たち以外の人間が部屋に居る時に目標を殺傷する事しか禁じていなかったのは、それ以上の守護が必要ないからだった。
毒も炎も窒息も酸も効果は無く、目標の身体機能だけで容易く無害化された。
物理的な損傷は一瞬で再生され、再生を阻害するように物を置いておいても再生する肉によって押し出された。
一般には秘匿されている技術も用いたが、悉く効果は無かった。
他の『AIOライト』プレイヤーよりも深くゲームに接続している為なのか、精神と魂が肉体には無く、精神や脳に直接影響を与える行為は効果を一切示さなかった。
「これが最後のチャンスになるだろう」
だが、これらの行為が無駄だったとは思わない。
肉体が破壊できない以上は精神と魂を破壊するしかない。
精神と魂を破壊する以上は、『AIOライト』の世界からそれらが戻ってくるメンテナンスのタイミングを狙うしかない。
「分かっている。確実に仕留めるぞ」
「警戒されていない今回だけがチャンスだ」
そして、精神と魂を破壊するのだから、警戒をされ、対策を練られていない今回が最大最後のチャンスでもある。
「術式の準備は整っている」
「個人に対して用いる規模ではないが、これも確実に仕留める為」
失敗は許されない。
だからこそ私たちは全員、採算性どころか自らの安全すらも度外視した、一級品を超える呪具を用いることにした。
規模としてはもはや個人ではなく集団や国家に対して用いるものとなってしまっているが、これまでに目標が見せてきた異常性を鑑みれば、これで妥当だろう。
「先祖伝来の宝を今こそ使う時であると占いでも出た」
「万が一の備えも万全だ」
GMも慢心しているのだろう。
これだけの準備を整えてもなお干渉は無い。
となれば、今回の件が上手くいけば、正体不明かつ既存の技術をはるかに超えた超技術を有するGMに一泡吹かせられるかもしれない。
それは『AIOライト』と言うゲームが始まって以来、辛酸を舐めさせられ続けている私たちとしては非常に心地よいものとなるだろう。
「3、2、1……状況開始!」
そして日付が変わった瞬間。
目標の精神が肉体に入るのを感じ取ると同時に私たちは動き出した。
目標に馬乗りになった私が目標の胸に向けて呪詛の塊のような短剣を振り下ろす。
それに合わせて、他の六人もそれぞれがそれぞれに必殺かつ己を顧みない攻撃を放つ。
この瞬間、私たちは全員こう思った。
『私は死ぬが、目標は確実に仕留めた』
と。
「はぁ……」
「「「!?」」」
だがそれは大きな間違いだった。
私が振り下ろした短剣は目標の胸に触れると同時に粉になるほどに分解されてしまった。
目標の精神を貪り喰らうはずだった怨霊は逆に飲み込まれた。
目標の精神に致命的な破綻をもたらすはずだった毒は無毒化されてしまった。
目標の肉体と同時に精神を切り刻むはずだった呪われた武器たちは、突然発生した赤黒い炎によって溶かされてただの金属塊になった。
目標の魂に突き刺さり爆散するはずだった銃弾は、放たれた銃弾どころか放った銃ごと赤黒い水に溶けて消えてしまった。
目標の命を道連れにするはずだった自殺術式は術者の命を喰らう事すら無く霧散した。
目標を確実に殺せる魔を呼びだすはずだった召喚は、召喚される側が供物の受け取りすら拒否して術式を終了した。
万が一の詰めとして用意された封印は開始の為の条件を解除のための条件に書き換えられて消滅した。
そして、最も有り得ない事は……
「誰も犠牲にしないってのは案外疲れるな」
目標だけでなく、私たち七人全員が傷一つ負う事なく無力化され、気が付けば赤黒い紐のような物によって拘束されて床に転がされているという光景だった。
「ま、これならGMも文句のつけようもないだろう」
しかし、そんな私の何故と言う思考は目標の姿を見て直ぐに氷解した。
「さて、少しばかり……」
魂が無い時は病人と言う他ない姿だったはずの目標は健康体を通り越して人ならざる姿になっていた。
全身が黒曜石のような甲殻に覆われ、額からは二本の角を生やし、関節と目口からは赤黒い炎を噴き出し、両腕には私たちを拘束している紐と同じような見た目の赤黒い風が巻き付き、足の裏には赤黒い雲のようなものが張り付き、背にはゆっくりと回転する黒い輪が三つ出現していた。
「話をしようか」
そう、私たちは決して戦っては……否、そもそも同じ土俵に立ってすらいない相手に、文字通りの高位存在に挑んでいたのだと理解させられた。
08/21誤字訂正
 




