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本日は二話更新です。
こちらは一話目です。
『あれは今からおおよそ70日前。義父上が女帝を目覚めさせてからしばらく経った頃。私は唐突に自我に目覚めたのです。そして、その時私の傍らには彼女が居ました』
『百罰下す正義の刃』が語り始めると同時に、ミアゾーイが緑色の光をこちらに向けて放つ。
なるほど、ミアゾーイの効果は人生を与えること。
だからミアゾーイとの接触によって、ただのプログラムであるはずの『百罰下す正義の刃』に自我が芽生えたのか。
尤も、『百罰下す正義の刃』自身にも相応の素養があったからこその結果ではあるのだろう。
『それから、この限られた領域の中だけでではありますが、様々な事がありました。少々語らせてもらうのであれば……』
なお、出会ってからの細かい経緯については話させる気はない。
「先に質問します。どうしてすぐにミアゾーイを手に入れた事を私に報告しなかったのですか?自我の芽生えなど、明らかに自己診断で異常と判断される事柄ですよ」
『母上ならば当然の質問ですね』
と言うのも、『百罰下す正義の刃』にはGMにミアゾーイの事を報告する義務があったはずなのだから、まずはその点について問い質さなければならないからだ。
『ですが答えは単純です。彼女を秘匿し、守り、愛する事こそが正義であると私が判断したからです』
「「……」」
何だろうか、今、俺とGMは盛大なのろけをされた気がする。
「時系列ノ乱レハ……気ニスルダケ無駄カ」
『無駄ですよ。世界とはそう言う物ですから』
「無駄ですね。特にミアゾーイ関係については。そうでなくとも私たちの上が関わっているでしょうから」
なお、時系列の乱れ……『百罰下す正義の刃』がミアゾーイと接触した時点では、まだ俺はミアゾーイを生み出していないと言う客観的事実については、気にするだけ無駄だろう。
ミアゾーイはGMが回収した後、世界の外側に廃棄されている。
世界の外側とは時間や空間が存在する前の領域だ。
そこを彷徨い、数多の世界を渡り歩いたミアゾーイに対して時系列の乱れは特に問題にはならない。
ミアゾーイの主観において、流れがおかしくなっていなければそれで問題はないのだから。
「話を戻しましょうか。『百罰下す正義の刃』、ミアゾーイを渡しなさい。それは貴方が持っていていいものではない。貴方の存在意義を果たしなさい」
『お断りします。母上。彼女は渡しません。そして私は存在意義を果たす事を忘れるつもりはありません』
「それは自らの存在意義の全てを理解した上での発言ですか?」
『ええ、全てを……裏も終わりも理解した上での発言です。そして、彼女も私の存在意義は理解している。理解した上で共にいるのです』
存在意義……か。
女帝もそう言えば、そんな事を言っていたな。
内容については、想像できなくもない。
が、此処は口を挟むべき場面ではないな。
『ですので。もしも力尽くで彼女を奪おうと考えるのであれば……例え母上と義父上が相手と言えども、全力でお相手をさせていただきましょう』
『百罰下す正義の刃』が全身に力と気迫を漲らせる。
それも俺とGMの二人を同時に相手にしても一歩も退く気はない事をこちらに理解させるほどの覚悟を伴って。
「「……」」
勿論俺とGMが本気を出したのであれば、無理矢理『百罰下す正義の刃』とミアゾーイの仲を引き裂く事は出来る。
出来るが……決して油断する事は出来ない戦いとなるだろう。
今の『百罰下す正義の刃』はそれだけの覚悟と力を持っている。
「いいでしょう。そこまで言うのであれば『百罰下す正義の刃』、貴方の処分は一時保留とします」
『感謝します。母上』
「ですが、条件付きです」
GMも俺と同じ判断をしたらしい。
槍を下ろすと、『百罰下す正義の刃』とミアゾーイの事を睨み付けつつ言葉を紡ぐ。
「まず第一にこれ以上ミアゾーイの影響を『AIOライト』内に広めないために、一般プレイヤーに対する正義のアルカナボスには貴方のコピーを宛がいます。そして、貴方と戦うプレイヤーはそこに居るゾッタだけにさせてもらいます」
今ここに居る『百罰下す正義の刃』と戦えるプレイヤーは俺だけ、か。
まあ、ミアゾーイ関係の事だからな。
始末をつけるのが俺の役目になるのは当然と言えるだろう。
「第二に取り巻きの復活はなしで、世界も今の状態のままにさせてもらいます。貴方がそれほどの自我と力を有しているのであれば、次にゾッタがこの地に現れるまで、世界を管理、維持することぐらいは出来てしかるべきですから」
そして進行具合も保存、と。
『百罰下す正義の刃』と今の俺を戦わせないのは……恐らく勝負にならないからだな。
『百罰下す正義の刃』は自我を有している今もゲームの仕様に沿って動いている。
だからゲーム外の力を得てもなおゲーム内の存在として認識され、俺とGMが交わした契約によって守られる対象となっている。
この状態では万が一にも俺に勝ち目はないだろう。
取り巻きを倒せたのは……余分なエネルギーを利用した攻撃だったからか、『百罰下す正義の刃』がゲームの仕様外に出ていた分だけ、割合として通ったのかと言う所か。
「ゾッタ。GMとしてこんな事を言うのもどうかとは思いますが、今回の件の始末は貴方に任せます。いいですか」
「分かった。と言っても戦えるのはだいぶ先になりそうだがな」
俺は姿を人間のそれに戻すと、『AIOライト』に戻るための準備を始める。
「では、私たちはこれで失礼させていただきます」
そうしてまずはGMがこの場から姿を消す。
「さて、それじゃあ、俺も……」
『ああそうだ義父上。私から貴方に一つ言っておくことがあります』
そして俺もGMに続いて去ろうとする。
だがその前に『百罰下す正義の刃』から声をかけられ、俺は少しだけ視線を向ける。
『私は貴方の事が心の底から嫌いだ。この感情が身勝手かつ悪であると理解できていてもなお、ね』
「……」
俺は『百罰下す正義の刃』に返事をする事なく、その場から姿を消し、『AIOライト』へ戻った。