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【AIOライト 82日目 18:25 (半月・晴れ) 還元街・サハイ-ヘスペリデス】
「「「かんぱーい!!」」」
夕食はヘスペリデスの東屋付近でバーベキューを行う事になった。
形式としては、俺以外のプレイヤーが肉類や主食の類を提供、俺……と言うかヘスペリデス側が野菜や調理のための器具を提供している感じである。
まあ、俺としては勝手に採取出来て貯まり、放置すれば腐っていくだけの食材を放出できているのだから何も問題はない。
「いやー、まさかヒタイやハナサキ以外でこんな事が出来る機会が来るなんてな!」
「うまっ!肉うまっ!現実よりうまっ!」
「ひやっほう酒だああぁぁ!!」
「まったく、これだから男子は……」
「いいんじゃない。どうせ何をどれだけ食べても太る事はないんだし」
「あ、このジュース美味しい」
問題はないのだが……想像以上に騒がしいな。
明日の朝の八時までに出て行くのを忘れたりしてないだろうな。
「ご主人様ーお酒ですよー」
「ん」
ちなみに酒についてだが、どうやら一部のプレイヤーが錬金術を駆使して作ったものであるらしい。
が、酒は酒として『AIOライト』では中身のプレイヤーが二十歳以上かつ本人が実年齢バレを気にしないという同意書にサインをして初めて飲む事が出来る飲料である。
正直、よく造ったなとしか言いようが無い。
「……。そう言うわけですのでマスター、明日はよろしくお願いします」
「ああ、分かった。俺としてもそのメンバーを助けることに異論はない」
さて、もう一つするべき話は明日以降について。
シアとグランギニョルたちが話し合った結果として、明日は俺、グランギニョル、シュヴァリエ、ロラ助、レティクルさん、†黒炎導師†さんの六人で『還元の白枝-2の塔』に挑むことになった。
この決定については何も異論はない。
ミストアイランドさんのように今この場に居ないのなら仕方がないが、ロラ助とレティクルさんはサハイに着くまで一緒に行動した仲である。
そんな二人が……ロラ助は巣マップに遭遇して、レティクルさんは10の塔の第13階層でモンスターに倒されて死に戻りし、還元の白枝の入手条件を満たしていないのだ。
それならば、既に攻略済みの俺たちが助けるぐらいは当然とも言えるだろう。
「えーと、ギニョールは大丈夫だって言っていましたけど。あの人、本当に大丈夫なんですよね?」
「ん?ああ、†黒炎導師†さんの事か」
で、シアは微妙に心配そうにしているが……まあ、†黒炎導師†さんを助けることも問題はない。
むしろ助けられるのは俺たちの側である可能性があるぐらいだ。
と言うのもだ。
「ふふふふふ、今宵の供物たる獣の肉。さあ我が身の一部と化すがいい!」
「実力は確かだ。問題ない」
「それは知っていますけど……」
†黒炎導師†さんはテンプレートな魔道士風の服装に杖を持った、撃魔力特化の上に広範囲魔法を得意とするプレイヤー。
おまけに特性:シンパシィ付きの杖も常備しているからFFの心配もないという、敵味方が入り乱れる可能性が非常に高い巣マップ攻略においてはこれ以上ない人員である。
他のメンバーが死に戻りし、森の中を彷徨っていたところをトロヘルたちと合流してサハイに辿り着いたというのだから、個人行動能力も相応にあると見ていいだろう。
「ああ、実に美味哉。肉が我が身に溶け込み、活力になっていくのを感じるぞ!」
「あの言動はどうなんですか……?」
「ただの厨二病だ。問題ない」
なお、†黒炎導師†さんは掲示板上では分かりやすさを考えて普通の言葉遣いで書き込んでくれているが、直接の会話は見ての通り少々独特なものになっている。
ただ、緊急時には普通に喋るとも聞いているから……ああ、そう言うロールプレイなんだろう。
「まあ、マスターが問題ないなら、それで構いませんけど……あ、ミートパイの方が切れそうなので、新しいのを作ってきますね」
「ああ、よろしく頼む」
と、ここでシアは食事の残りが少ない事に気づいたため、ミニラドンを引き連れて屋敷の方へと向かっていく。
そして俺は隣にいつの間にか座っているその人物に目を向ける。
「で、お前が居ていいのか?GM」
「心配しなくても隠蔽措置は万全なのニャー」
俺の隣にはいつの間にかGMが座っていた。
だが、俺以外には誰一人としてGMに気づく様子はない。
まあ、GMが見つかると困るのは俺もなので、気づかないならそれでいいだろう。
「用件は何だ?」
「単純に飯を食いに来ただけなのニャー」
俺は視線に魔力を乗せると、GMに向けて放つ。
が、GMは小バエでも払うような仕草で俺の魔力を弾くと、ヘスペリデスの外で蒸発させる。
「まあ、全くないわけではありませんね」
「本題は?」
「いい加減、その視線に魔力を乗せて放つ技術に名前を付けてください。こちらでログを追う時に面倒なんですよ」
「ふうん……」
どうやらGMの用事は俺が使っているこの小技についてであったらしい。
一向に名前を付ける気配がないから、急かしに来た、という所か。
しかし名前か……。
「メリットもデメリットもあるな」
「それはそうでしょう」
この技術に名前を付けるメリットは発動しやすくなることと、効果が強化される可能性がある事。
今までは複数の動作を思い浮かべて行っていた事が、全てまとめて出来るようになるし、名前の影響を受けるのだから、当然だろう。
デメリットは名前に引きずられて、及ぼせる効果の範囲が狭まる事。
名前と言うのは相応の力を持っているのだから、これもまた当然の事だろう。
「オススメとしてはメドゥーサ、ゴルゴーン、アイギスと言った所ですが?」
「メジャーすぎるから却下だ」
まあ、名前を付けること自体は別に良い。
が、どんな名前を付けるべきだろうな。
正直、やれる事を狭めたくはないから、ちゃんとした名前は付けるべきだろう。
となると……
「『ドーステ』と言う所か」
ドーステ、ギリシャ語で与えるという意味の単語である。
魔力を対象に与えているのだから、十分相応しい名だろう。
「『ドーステの魔眼』ですか。またエグイ名前を付けますね」
「勝手に『の魔眼』を付けるな」
「付けます。この名前だと発動方法くらいは限定しておかないと、碌でもない発動方法と使い方になりそうな予感がしますから」
「ちっ」
が、残念ながら俺の要求は完全にそのままでは通らず、『ドーステの魔眼』になってしまった。
そして契約の影響だろう。
既に俺自身の認識も『ドーステ』ではなく『ドーステの魔眼』になっている。
これではもう眼自体を錬金し直さない限り変更は不可能だろう。
「しょうがない。『ドーステの魔眼』で通すか」
「ええ、それでお願いします。では、私はこれにて」
そうしてGMはシアが運んで来たパイの一つを目にもとまらない速さで箱に収納すると、ヘスペリデスから姿を消したのだった。
「あれ?特製アップルパイの数が一つ足りない?」
「全員分は有るんだし別にいいんじゃない?」
「それよりも早く切り分けてよ。僕もう待ちきれないよー」
「あ、はい。そうですね。じゃあ、切り分けますねー」
「さて、どれだけ美味しいかな……」
で、俺はと言えば、極上としか言いようがないシアのアップルパイを心行くまで楽しんだのだった。




