410:77-3
【AIOライト 77日目 19:47 (2/6・雨) ドウの地・北西の森-ヘスペリデス】
今更かつ当たり前な話ではあるが、ヘスペリデスの屋敷には俺の部屋と言うものも存在する。
その部屋は屋敷の北側……大樹がある側の、屋敷唯一の三階部分全てを使ったものである。
俺としては玄関横の小部屋で別に構わないと言うか、むしろそちらの方が外出がしやすくてよかったのだが、シアとGMから散々ヘスペリデスの主らしい格式だの振る舞いだのを説かれ、止むを得ずこの部屋を俺の部屋にすることになったのだった。
「さて……」
で、夕食後。
俺はネクタールをネクタール用の部屋に置いてくると、この部屋に移動、インベントリから取り出したカプノスを床に置く。
理由は単純で、カプノスを試しに使ってみるにあたり、この部屋の中で使うのが一番誰かに見られる可能性が低いからだ。
「えーと、まずはっと……」
俺はインベントリからヘスペリデスの黒葉を取り出すと、カプノスにセットで付いてきた用具箱から鋏を取り、細かく刻んでいく。
そして細かく刻んだヘスペリデスの黒葉をカプノスの煙管の先端……雁首と呼ばれる場所にセットする。
なお、この際の注意点としては空気の入り易さを考えて、硬過ぎず緩過ぎずに葉を丸めるのが良いらしい。
「で、最後にっと」
準備が整ったところで、畳の上に置かれた肘置き付きの座椅子に座った俺はカプノスの煙管を軽く口に咥えて、葉に火を付ける。
「すぅ……」
俺はゆっくりと煙管を吸う。
すると当然のように口の中に煙が入り込んでくる。
だが、使っている素材が素材だからだろう、流れ込んでくる煙はただの煙ではない。
『許さない許さない許さない!』
『この恨みを晴らさずには……』
『お前のせいだ!私が死んだのはお前のせいだ!』
流れ込んでくるのはヘスペリデスの黒葉に封じ込められていた、ヘスペリデスに流れ着いた亡者たちの悪意や想念、記憶といったものたち。
それらは普段俺が感じるよりもよりダイレクトに俺の精神に語りかけてくる。
「……下らん」
『『『!?』』』
だが、聞く必要はあっても聞く価値はないのは普段通りだった。
だから俺はそいつらの余分な部分全てを剥ぎ取り、消化し、魔力に変換してやる。
そして、綺麗になった魂を煙を吐くように口から噴き出し、ヘスペリデスの外へと流していく。
「しかしこうなると、喫煙の趣味はないとか言っていられないのかもしれないな」
そうして俺が口から吐いた魂の煌めきがこの場から消えてなくなったところで、俺は理解する。
ヘスペリデスの黒葉に封じられているのは、ヘスペリデス自身の機能では浄化しきれなかった悪意たちであり、それを終わらせるのはヘスペリデスの主である俺の仕事なのだと。
ヘスペリデスの黒葉を戦闘に利用した日は別に問題ないが、そうではない日はカプノスを使用する事によって悪意を終わらせなければ、ヘスペリデスの維持に支障をきたすのだと。
「そうかもしれません。そうかもしれませんが……」
ちなみに、俺が今居るこの私室には、俺以外で俺の許可なく入れる人物が一人だけ居る。
そう、何時の間にやら俺の前で大層呆れた様子を見せている橙髪でオッドアイの女性……GMの事だ。
やれやれ、何時の間にこの部屋の中に入り込んだのやら。
「その見た目だと、三千世界の終焉を望む邪神が暇を持て余し、哀れな亡者を甚振っている様にしか見えません」
「ん?見た目?ああ、何時の間にか変わっているな」
と、GMに指摘されて気が付いたのだが、俺の姿は人間のそれから、リアフ・フォ・エフィルとの戦いで変化した姿になっていた。
尤も、GMとの契約の影響か炎は控えめであるし、風の衣もない、背中で座椅子の背もたれをすり抜けて回っている黒輪も、数こそ三つに増えているが、回転の速度自体は非常にゆっくりとしたものになっている。
変化した原因は……まあ、カプノスを使い、魂の浄化をするにあたって人の身体では色々と不都合があるからだろう。
「一応言っておきますが、『AIOライト』外の事象が関わらない限り、そちらの姿になってもゲームシステムの範囲で収まる程度にしか強化されませんから」
「むしろ、強化される事に吃驚だな」
「カプノスと言うレア度:PMのアイテムに、一日に一枚しか手に入らないアイテムの組み合わせですから。最低限のバフとデバフぐらいは見られた時の言い訳の為にも付けています」
「なるほど。感謝する」
で、GMが来たのはこちらの姿に関しての注意事項と説明の為か。
尤も、洗面器具を腰の辺りに持っている辺り、ヘスペリデスの風呂を楽しみにも来たらしい。
「まあ、いずれにしても人前でその姿になる事はオススメしません。誰がどう見ても、控えめに言って魔王、正しく語るなら邪神にしか見えませんから。それも世界の終焉を目論む系の本当に危険な奴です」
「そうか、世界の存続と興亡を願う邪神がそう言うのなら、そう見えるんだろうな。気を付けるとしよう」
「まったく、本当に分かっているのやら……とりあえず風呂は借りていくのニャー」
「おう、好きにしろ」
そうしてGMは姿を見えなくした上で、部屋の外に出て行った。
それにしても世界の終焉を目論む……ねぇ。
「下らないな。黙っていても何時かは必ずやってくるそれに、どうして自ら歩み寄る必要がある。来たるべき時が来たのであれば、如何なるものも終わる事になる。それが真の理と言うものだろうに」
俺はカプノスから灰を落とし、煙にも見える魂の煌めきを吐き出しながら、一人そう呟いた。




