182:37-12-E8
「あははははっ!」
俺は特性:バーサークを自発的に発動できる範囲の限界で発動させると、『赤紐の楔打ち』に向かって真っ直ぐ駆け出す。
『迷いなく来るか!その意気やよし!』
対する『赤紐の楔打ち』は腰を落とし、右手を軽く引く。
だがその足は殆ど動いていない。
やはり自分から攻めかかる気はもうないらしい。
「『ブート』!」
『そんな物が効くか!』
その場から動かないのを好機と見たシアが、背後からリジェネダメジブックによる魔法攻撃を打ちこむ。
だが『赤紐の楔打ち』が打った裏拳一つで、大したダメージも与えられずにシアの魔法弾は霧散してしまう。
回復力低下のデバフはしっかりとかかっているが……やはり効果はほぼなさそうである。
「ふんっ!」
『ぬんっ!』
十分に接近した俺は『赤紐の楔打ち』に向けて斧を振る。
対する『赤紐の楔打ち』は俺の一撃を籠手で受け止めつつ、もう片方の手で俺の腹を殴ろうとしてくる。
「あははははっ!」
『ぬおおおぉぉ!』
そこからはまるで組手のように俺と『赤紐の楔打ち』は動き出す。
俺が斧を振るえば、『赤紐の楔打ち』は籠手で防ぎ、短剣を鎧の隙間にねじ込もうとすれば、僅かに体を動かして刺せないようにする。
当然、赤い紐の付いた楔を持ったり、蹴ったりするような動きに対しては恐ろしい速さで反応して見せ、触れるのを阻止して見せる。
そして『赤紐の楔打ち』も俺の攻撃に対処するだけではない。
隙を見つければ容赦なく鉄拳、あるいは蹴り、場合によっては頭突きや当身まで織り交ぜて攻撃を仕掛けてくる。
そのため、俺もネクタールの力を借りずに短剣と斧を操り、距離を離されないように、けれど直撃は受けないように慎重に立ち回る事となった。
「支援をかけ直します!」
勿論、シアも誤射をしないように慎重に慎重を重ねてだが、支援をしてくれている。
だが、回復の方はともかくダメージについては碌に入っていないようだった。
『どうした!そんな物か!』
「……」
そうして打ち合い続けること数分。
俺のHPは残り20%を切り、『赤紐の楔打ち』のHPはほぼ50%を維持していた。
「マスター!一度退いてください!」
このままでは俺がやられると判断したのだろう。
シアが叫び声を上げる。
『退くか?ならばこちらは存分に回復するのみよ!』
『赤紐の楔打ち』はまるで余裕を見せるように口を開く。
いや、実際余裕だと思っているのだろう。
俺とシアの攻撃では、赤紐の楔による回復の相殺は出来ても、押し切る事は出来ないのだから。
これまでの打ち合いで俺が楔に触れる隙も生じなかった辺り、相当頭のいいAIだと言える。
「そうだな」
尤も、だからこそこの策が決まるのだが。
「引かせてもらうとしよう」
俺は後ろに向かって全力で跳躍する。
『ははは!ざんね……』
そんな俺の姿を見て『赤紐の楔打ち』は嘲笑しようとした。
『ンギャアアアアァァァァ!?』
「!?」
「戦いの幕をだけどな」
が、その前に黒い鎧を纏った全身から、血のように赤い光を噴出させ、HPバーを全損させた。
『ば、馬鹿な……我が楔が……何故……』
「おっと、流石はイベント用のボスだな。まだ喋れるのか。ネクタール、念のために完全密封した状態でこっちに持って来ておけ」
『!?』
崩れ落ち始める『赤紐の楔打ち』の眼下で、赤い紐の付いた楔が独りでに俺の方に向かって移動を始める。
普通に見れば、そう見えるだろう。
だが実際はそうではない。
「マ、マスター、もしかして」
「ネクタールは元になった素材の関係上、自分の色や質感を自由に変えられる。それも部分的にだ」
赤い紐の付いた楔が俺の手に収まったところで、その表面が虹色の布に変化。
その変化は、まるで地面の一部のような質感と色になっていた布だけでなく、俺の身に付けているマントにまで及んでいく。
そして、全てが虹色に輝いたところで、普段通りの落ち着いた黒を主体とした色に変化する。
「だから、打ち合いをしている間にネクタールに移動してもらって、地中部分を含めて楔を丸々覆わせて貰った」
「それだけで再生能力が無くなるものなんですか?」
「そこはネクタールがホムンクルスだからだろうな。たぶん、ただの布なら、覆われたぐらいじゃ効果は無かったと思う。だがネクタールは生物だ。地中からどういうエネルギーを補給しているにしても、ネクタールの身体が地面と判断される可能性はない」
「なるほど……」
『……』
既に『赤紐の楔打ち』は完全に絶命し、戦闘不能の判定も出ている。
流石に此処からの復活は無いだろうが……まあ、イベントが進まない限りは、念のために持っておくべきだな。
後、折ってもおこう。
「ネクタール」
「……」
と言うわけで、ネクタールに命令して、赤い紐を解いておくと同時に、楔の中頃あたりから折っておく。
これで万が一にも復活は有り得ないだろう。
【ゾッタは『赤紐の楔打ち』を倒した】
「お、出たか」
「これで安心できますね」
と、ここで勝利のファンファーレと共に、インフォが表示される。
どうやら無事に勝利したらしい。
「さて、後はイベントがどう進むかだな」
「はい」
そしてイベントが始まった。
慈悲も容赦もございません
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