181:37-11-E7
「おらぁ!」
俺の斧が『赤紐の楔打ち』の胸、腕、兜を傷つける。
そして俺の動きに合わせるようにネクタールも短剣を鎧の隙間に刺し込み、少しずつだがダメージを与える。
『ふははははっ!』
対する『赤紐の楔打ち』の攻撃も激しい。
両手に持った楔を時には棒のように、またある時には槍のように使い分け、何度も俺の身体を打ってくる。
ネクタールの助力もあって、直撃は何とか避けられているが、確実にダメージは蓄積している。
『行くぞっ!』
『赤紐の楔打ち』が右手に持った楔を大きく振り上げ、即座に俺の頭に向かって振り下ろし始める。
『ふんっ!』
「ネクタール!」
俺はそれを好機と捉え、左手に持った短剣と、ネクタールの持っている短剣、合わせて四本の短剣を自身の頭上に掲げる。
「ふんっ!」
『ぬっ!?』
そして『赤紐の楔打ち』と俺たちの短剣が触れ合う瞬間、俺とネクタールは一糸乱れぬ動きで左腕を振り抜き、『赤紐の楔打ち』の攻撃を弾く。
「おらぁ!」
『ぐっ!?』
俺は攻撃を弾かれて隙だらけになった『赤紐の楔打ち』の顔面に斧を叩きつける。
普通のモンスターならこれで倒れるか吹き飛ぶところだが……やはり『赤紐の楔打ち』は倒れない。
少し仰け反り、怯んだだけだ。
「ちっ……」
「マスター、回復します!」
だから俺は一度自分から退き、シアと一緒にリジェネメディパウダーを使用。
自身とネクタールのHPを回復する。
『ぬうっ……アレを弾くか』
俺は自身の回復前のHPと今の『赤紐の楔打ち』のHPを見比べる。
確か俺のHPは残り40%を切っていた。
対する『赤紐の楔打ち』のHPは……ようやく75%を切るかどうかという所か。
つまり、あのまま打ち合っていれば、こちらが負けていた事になる。
「マスター以上の回復力ですね」
「普通に考えるならそう言う事になるな」
しかも、厄介な事に現在進行形で回復中。
このまま放置していれば、近い内にこれまで与えたダメージは水泡に帰すことになるだろう。
「普通に考えれば……ですか」
「どう考えても仕掛け有りだしな」
勿論、こちらも対抗策を講じなかったわけではない。
先程の打ち合いの最中にシアがリジェネダメジブックを使用して、ダメージを与えつつ回復力低下のデバフをかけている。
が、俺が見る限りではほんの僅かに回復が遅くなったかどうか程度だ。
ぶっちゃけ、明らかにおかしい。
『まあいい、戦いが終われば、資格があるかどうかは分かる』
「シア、少し頼みたい事がある」
「分かりました」
俺は構えを取る『赤紐の楔打ち』の周囲を見る。
すると戦闘前と変わらず、『赤紐の楔打ち』と赤い紐が結ばれた楔、その間に赤い紐の様な繋がりが見て取れる。
そして、その紐の中を何かが流れているような感覚も覚える。
なので、俺はシアに一つの頼みごとをしてから、離れさせる。
『行くぞっ!』
「来いっ!」
『赤紐の楔打ち』が右手に持った楔を突撃槍のように持ちながら突っ込んでくる。
対する俺は正面で斧と短剣を構えつつ、ネクタールを変形させると、アンカーとして地面に打ちこむ。
『ぬんっ!』
「ぐっ……」
派手な金属音を打ち鳴らしながら、俺と『赤紐の楔打ち』は真正面から衝突する。
受けてやる義理は無いので、槍のように構えた楔自体は武器で逸らしつつ身を捩る事で避けたが、それでも重量物を真正面から受け止めるのは相当な負荷がかかったらしい。
ネクタールのアンカーがあっても身体は幾らか後ろに押され、HPも俺の方が明らかに多く削れていた。
『受け止めるか!その意気やよし!』
『赤紐の楔打ち』が左手に持った楔を天高く掲げる。
ゼロ距離では逃げる暇はないし、俺の武器は右手の楔を抑えるのに使っていた。
『ならばこれは……ぐっ!?』
だが、絶好の機会であるにも関わらず、楔は振り下ろされず、それどころか『赤紐の楔打ち』は苦悶の声を上げつつHPを目に見えるほどの量……5%減らす。
「マスター!」
「やっぱりか!」
『ぐおっ!?』
背後で赤い紐の付いた楔を抜いたシアの声を聴いた俺は、『赤紐の楔打ち』の腹を蹴り飛ばすと、その勢いでもって距離を放す。
『赤紐の楔打ち』のHPは……回復しない。
今までが嘘だったように。
『きさっ……』
「シア!ガンガン抜いて行け!壊すのも有りだ!」
「はいっ!マスター!」
『ぐっ……!?』
『赤紐の楔打ち』は兜の目がある部分に今までには無かった怒気と焦りを表すような赤い光を宿らせると、シアの方を向こうとする。
が、その前に俺が接近、斧を振り下ろし、頭を叩く事によって、姿勢を曲げさせ、復帰を遅らせる。
『おの……』
「立たせねえよ!」
そこから何度も何度も斧を振り下ろし続け、更にはネクタールを変形、拘束具のようにして、とにかく復帰を遅らせる。
「えいっ!」
『ぬぐおっ!?』
そうやって俺とネクタールが足止めをしている間にも、シアは楔を引き抜く。
そして楔が引き抜かれるたびに『赤紐の楔打ち』は苦悶の声を上げ、HPを減らす。
此処まで来ればもう間違いない。
『赤紐の楔打ち』はギミック付きのボスであり、この戦場に生えている大量の赤紐付きの楔を引き抜く事によってダメージを与えると同時に回復を遅らせることが出来るのだ。
その原理も分かる。
これは俺にしか見えていない物だろうが、周囲の楔と『赤紐の楔打ち』の間にあった繋がり、その繋がりの流れが逆流し、何かが外に流れ出るような動きがあるからだ。
つまり、『赤紐の楔打ち』は周囲の大地からエネルギーを補給することによって、不死性を得ていたのだ。
「このまま押し切ってやるよ!」
故に仮初でありまやかしの永劫とあの声は言っていたのだ。
だからこのまま進めれば押し切れる。
俺がそう思った時だった。
『そうは……行くかあぁぁぁ!』
「っつ!?」
残りHPが50%を切った『赤紐の楔打ち』が無理やり立ち上がり、手に持っていた楔を二本ともその場に突き刺す。
そう、赤い紐の付いた楔を、だ。
『この二本がある限り、我を破れると思うな!』
「そうかい……」
『赤紐の楔打ち』のHPが再び回復を始める。
そして当人と言えば、その場から動く気配も見せずに、無手で楔を守る姿勢を見せていた。
だから俺は……
「やってみせろ」
とびっきりの笑顔を浮かべてやることにした。