172:37-2-D12
「ぬおりゃあ!」
「アハハハッ!」
ナクーの突撃の勢いを乗せたトロヘルの槍と、『防御力溢れる蛸狼女の王』が右手から発した水の盾がぶつかり合い、本来なら出そうにない金属同士がぶつかり合うような音がボス部屋全体に響く。
「ふんっ!」
「ガウッ!?」
そんな音が響く中、俺は骸套・三手千織の力によって大きく目を惹く状態になると、一番手近な場所にいたガードウルフに向けて斧を振り下ろす。
与えたダメージは……少ない、10%に届くかどうかという所だ。
これは特性:ガードかつ格上と言うだけでなく、ボスの取り巻きであることで強化されている可能性もあるな。
「グルアァッ!」
「ちっ」
俺の攻撃を受けたガードウルフが体当たりを仕掛けてくる。
なので俺はそれを左手に持った短剣で受け止め、勢いが止まったところで切りつけながら弾き飛ばす。
こちらが受けたダメージは……問題ないな。
戦闘前にかけたバフのおかげでかなり減っているし、既に回復も始まっている。
「うおらぁ!」
「ガウッ!?」
「グルッ!?」
これならば複数体同時でも捌ける。
そう判断した俺は先程攻撃したガードウルフ以外にも攻撃を加えて、合計三体を相手取るように動く。
俺の行動にジャックさんなどは一瞬何か言いたそうな眼をしていたが……今は戦闘中であるし、気にすることはないだろう。
「よし!火力を集中させろ!」
「アハハハハッ!」
「「「グルアァッ!?」」」
番茶さんの声が響くと同時に、『防御力溢れる蛸狼女の王』とその周辺に居るガードウルフに後衛陣による魔法攻撃が集中する。
「グル……」
「行かせるかよ」
「ガッ!?」
その光景に俺が相手取っているガードウルフたちが『防御力溢れる蛸狼女の王』の下に向かおうとする。
が、それよりも早く俺の斧と短剣による攻撃が当たり、骸套・三手千織の効果もあって、その意識は俺の方へと強制的に惹き付けられていく。
「アハハハハッ!」
「っつ!?」
と、その時だった。
俺の前を首から上だけになった犬が……いや、『防御力溢れる蛸狼女の王』の腰から放たれた犬の頭が飛びぬけていき、俺は慌てて体を逸らす事でそれを回避する。
「ガウッ!」
「バウッ!」
「ガウガウッ!」
「甘い!」
それを隙と見たガードウルフたちが一斉に俺に飛びかかってくる。
だがこの程度ならば問題はない。
俺は短剣と斧を振り回し、必要ならばガードウルフの腹に蹴りを入れて半ば無理矢理に攻撃を凌ぐと、何が有ったのかを確かめるべく、一瞬だけ『防御力溢れる蛸狼女の王』の方へと視線を向ける。
「気をつけろ!腰の犬は威力が高いだけじゃなくて、射程もかなり長いぞ!」
「防御力低下のデバフを確認!唾液だ!」
「『ブート』!」
「『ファイア』!」
「流れ弾に注意しろ!後衛にまで飛んでくるぞ!」
『防御力溢れる蛸狼女の王』との戦いは、トロヘルをメインのタンク役として、他のプレイヤーたちをサブのタンクとして攻撃を凌ぎつつ、後衛の魔法攻撃によって少しずつ削っているらしい。
が、どうやら完全には『防御力溢れる蛸狼女の王』の攻撃を抑えきれていないようで、腰の犬と手からの水球が時折後衛組や、周りでガードウルフを抑えているプレイヤーの辺りにまで飛んでいるようだった。
「『ソイル』」
「キャイン!」
「お、グッジョブ!」
と、ここで俺が相手をしていたガードウルフの一体が、横から飛んで来た岩の弾丸に胴を貫かれ、HPバーが無くなる。
これで後二体、俺は一瞬そう思った。
「いや駄目だ!増援がすぐに来る!」
「ガウガウッ!」
「うげっ……」
が、直ぐにその考えは訂正された。
よく見れば、ガードウルフが倒される度にボス部屋の奥の方、暗闇に包まれて見えない方からガードウルフがこちら側に駆け込んできて、戦列に加わっている。
「回復するぞ!」
「分かった!」
なので俺は二体になって攻撃の手が緩んだ隙に後衛組によって回復してもらうと、今新たに加わったガードウルフを惹き付け、再び三対一の状態に戻る。
そうやって俺が動いている間にも、ガードウルフたちは倒されては現れるを繰り返している。
これはもしかしなくても無限湧きという物なのかもしれないな。
「火力はボスに集中!ガードウルフは足止めを最優先にしろ!倒しても切りが無いぞ!」
「言われなくても!」
「分かってる!」
番茶さんの声が再びボス部屋に響く。
尤も、ガードウルフの無限湧きについては既にだいたいのプレイヤーが察しているようだが。
「「ガウガウッ!」」
「「バウバウッ!」」
「アオオオォォォン!」
「うお、増えて来てる」
と、誰かがHPが危なくなって後退してしまったのか、いつの間にか俺が相手にしているガードウルフの数が五体に増えている。
しかも半包囲の形だ。
どうやら骸套・三手千織の効果もあって目立ち過ぎてしまったようだ。
これは流石に拙い。
「すまん!誰か一度殲滅頼む!」
「あもう、しょうがないわね!『アムサイス・ディム』!」
「「「キャイン!?」」」
俺の叫び声に呼応する形で、グランギニョルが腰に提げていた鎌を横に振るう。
すると鎌を振った軌道に合わせるように黒い刃が生成され、しゃがんだ俺の頭上を飛び越した刃はガードウルフたちを薙ぎ払い、一気に三体を倒し、残りの二体も瀕死にまで追い込む。
流石はグランギニョル、俺とは攻撃力が段違いである。
「おらぁ!」
俺は内心でそんな事を思いつつ、斧を振るって残り二体のガードウルフも仕留める。
どうせまた補給されるだろうが、その僅かな時間であっても、HPを回復し、状況を把握するには十分な時間である。
なので俺は『防御力溢れる蛸狼女の王』の方を向く。
「アハッ、アハハハハハッ!!」
「っつ!?デカいのが来るぞ!」
両手を頭上に掲げる『防御力溢れる蛸狼女の王』のHPは丁度残り半分と言ったところだった。
そして両手の先には巨大な水の円盤が渦を巻くような形で生成されていた。
「ナガサレナサイ!」
『防御力溢れる蛸狼女の王』が笑い声以外の声を発した。
俺がそう認識した瞬間、前衛だけでなく、後衛の一部まで呑み込むような量の水が放たれ、当然のように俺もそれに巻き込まれた。