151:33-2
「ふむ」
「あっ、はい、見えたんですね」
倉庫ボックスを漁り終えた俺は、とある事を言おうとした。
が、俺が口に出す前に何故かシアは全てを察した様子で、『癒しをもたらせ』と『大地の恩寵をその身に』を俺に使用。
その後、十分な距離を取る。
「……。まだ何も言ってないんだが」
「何も言わなくても、もう三回目ですよ。察することぐらいは出来ます」
どうやらシアには俺がレア度:PMのアイテムを作ろうとしている事が分かったらしい。
まあ、事実として、俺は俺の前に置かれている三つのアイテム……ハイドオクトパスの墨、デコイテンタクルの艶皮、ノイズシムンレインコートの間に繋がりを感じ、錬金術を行おうとしているし、成功すれば結果としてレア度:PMのアイテムが出来る事も確かなのだが。
「ただマスター、分かっていると思いますが、この錬金の時だけ、こちらのマスターの身体が傷つくのに合わせて、現実にあるマスターの身体も傷つきます。だから決して無茶だけはしないでください」
「それは分かっているから大丈夫だ。今回のは命がけで錬金するほどの代物でもないしな」
ま、シアが協力してくれるのなら、それは良い事である。
現実の俺へのダメージは気になるが、そちらはきっと海月さんたちが何とかしてくれるだろう。
俺は全力で、システムに頼らない錬金術を行うのみだ。
「さて、始めるか」
俺は携帯錬金炉ではなく、部屋備え付けの錬金鍋の前に立つと、ハイドオクトパスの墨、デコイテンタクルの艶皮、ノイズシムンレインコートを鍋の中に投入する。
「むんっ!」
そしていつも通りに左腕を鍋の中に突き入れ、鍋の中の液体が沸騰していくのも気にせずに魔力を注ぎ込む。
この時、こちらの俺の左腕が沸騰した湯によって火傷を負うのに合わせて、現実の俺の左腕にも変化が起きているはずだが……現実の事はやはりわからないし、俺が感じている痛みはやはり無視できる程度の物でしかない。
だから注ぎ込み続ける。
十分な量の魔力で鍋の中が満たされるまで。
「よしっ」
そうして十分に魔力を注ぎ込んだところで、俺は櫂を手に持つ。
そして櫂を通して魔力を注ぎ込みつつ、鍋の中をかき混ぜ始める。
「錬金術師ゾッタの名において告げる」
さあ、此処からが本番だ。
既に鍋の中は複雑怪奇な色合いを見せ、何かが蠢き始めている。
「贄の皮を憑代として走る海の月よ。汝は空の月のように満ち欠けなければならない」
ノイズシムンレインコートから稲妻のような物が迸ると同時に、櫂の中に細い何かが侵入しようとする。
それは実体があるわけではないが、放置してはいけないものだった。
だから俺はそれを魔力を集中させることで弾き飛ばし、櫂への……ひいては俺への侵入を拒む。
「その時、汝は汝であって汝に在らず、今の汝と異なる姿を顕さなければならぬ。故に汝に新たなる姿を授ける」
細い何かの数はかなり多い、十か二十か……いや、百以上は確実にあるか。
だが俺は冷静にそれらを撃ち落とし続ける。
「月満ちる時、汝は極彩虹霓に輝きて、知るもの全てを惹き、全てを明るき海の月へと引き摺り込む」
俺はデコイテンタクルの艶皮からその要素を取りだして、中心へと集めようとする。
が、その瞬間に今までの細い何かよりも何回りも太い何かが櫂に絡み付き、もぎ取ろうとする。
「故に皆々汝を解さなければならぬ。解さなければ光亡き海へと沈むが為に」
しかしこれも実体があるものではない。
だから俺は魔力を放つ事で、冷静に吹き飛ばす。
「月消える時、汝は混沌冥暗に消え去りて、知ろうとするもの全てを呑み込みて、全てを暗き海の底へと引き摺り込む」
続けて俺はハイドオクトパスの墨からその要素を取りだし、他の二つが集まっている場所へと移動させようとする。
すると太いものも細いものもある何かの位置を隠すように力が溢れ出す。
「故に皆々汝を知る事が出来ぬ。解そうとも光亡き海より帰るものは無いが為に」
だが、櫂をよじ登って来ている事は間違いなかった。
だから俺は壁のように魔力を叩き下ろして、全てを鍋の中へと無理矢理押し返す。
抑え込まれてなお暴れようとする何かを鍋の中に抑え込み続ける。
「すぅ……」
さて、仕上げが近いな。
「満ちて欠けてを繰り返す海の月よ。艶の縄、隠の墨を得て両極に達することを許されしものよ。故にこそ汝は一つ所に留まれぬ。壱と零の狭間にて揺蕩い続けて在り続けなければならない」
目には見えない部分で、俺と鍋の中にあるそれの魔力だけが荒れ狂い、戦い続けている。
俺は鍋の中に何かを押し込もうとする形で。
何かは俺の力を跳ね除けて外に出ようとする形で。
しかし、既に大勢は決している。
もう、それは形を成そうとしている。
「認めよ。改めよ。従えよ。静まれ。鎮まれ。調べ調和させ形を成せ。三手紡ぎて、満ち欠け繰り返し、千織て万化の布を為し、骸の套として再び生まれいづれ」
そして今形は成った。
だから、掲げ名付ける。
「骸套・三手千織」
色も質感も、形すらも定まらずに蠢き続けている不気味なコートに相応しい名前を。