129:28-4
「と、一応聞いておくが、動くのに邪魔になる部分とかないよな?」
「ああ、せやった。見惚れる前にそれは聞いておかなあかんかったな」
と、何時までも見惚れているわけにはいかないな。
確認するべきところは確認しないと。
「えーと、大丈夫みたいです。それどころか朝からずっとあったモヤモヤと言う感じも無くなってますね」
「本当か?」
「はい、これは……後で試してみてもいいかもしれませんね」
「そうか、なら本当に今日はここに来てよかった」
「ふむ、何の話か分からんけど、客が喜んでいるなら、アタイとしても喜ばしい事やな」
シアは軽く体を動かしてみるが、新しいデザインの装備はどこにも問題は無いようだ。
それどころか、新しい服から何かしらのインスピレーションを受けたのだろう。
昨日からずっとグルグルあるいはモヤモヤとした形で続いていた何かの正体が掴めたらしい。
そう言う事なら、本人の言うとおり、後で試してみるとしよう。
「マスターの方はどうなんですか?」
「俺の方は動きやすくなった感じだな。スペックも変わっていないようだし、早くこっちに変えたかったぐらいだな」
「そうなんですか。なら良かったです」
「ま、そういう風に作っとるからな。ゾッタ君は見た目より実利優先派やろうし」
「ええ、その通りです」
余談だが、俺の装備は全体的な評価がダサいから、ゴツいあるいは無骨になった感じだった。
そしてその上で動きやすさについては今までのよりも明らかに動きやすくなっている。
これで数字で表されるスペックが全く変わらないのだから、良いデザイナーは攻略をする上ではいずれ必須になるのかもしれない。
淀みなく動ける鎧と、動きが少しでもぎこちなくなる鎧とでは、ここ一番で大きな差を生じることになるだろうしな。
ま、俺の話についてはこれぐらいにしておいてだ。
「ボンピュクスさん、本当に今回はお金はいいんですね」
「問題ない。初回お試し版みたいなもんやからな。けれど代わりに宣伝は頼んだで」
「勿論です。今回はお世話になりました」
「アタイとしてもいいものが見れたからお互い様や」
俺はボンピュクスさんに礼を言うと共に固い握手を交わす。
そこには何かをやり遂げた者同士でしか通じ合えないような何かを感じた。
うん、今後ともボンピュクスさんとは良い付き合いを続けたいものだ。
「それじゃあ、今日はお世話に……」
「今日はお世話に……」
さて、礼も言ったところで、今日はもう帰る事にしよう。
そう思った俺はシアと一緒にボンピュクスさんに挨拶をしようとした。
「大変です会長!」
が、その瞬間に部屋の中に一人の女性プレイヤーが、慌てた様子で駆け込んできた。
「なんや、お客様の前やで」
「す、すみません。でも奴らが!奴らがまた来たんです!!」
「ちっ」
どうやら何かしらのトラブル……恐らくは服飾向上委員会のプレイヤーたちを囲い込もうとする問題児たちが来たらしい。
ボンピュクスさんの表情が怒りに満ちたものに変わる。
「ゾッタ君、アンブロシアちゃん、今日はもう帰り。裏口があるから、そっちからなら面倒事に巻き込まれずに済むはずや」
別の扉を指差すボンピュクスさんが、俺とシアに向ける表情は柔らかい。
だが見る者が見れば分かるだろう。
今のボンピュクスさんはかなり怒っている。
きっと、特性:バーサーク付きの装備を身に付けていれば、発動しているぐらいには。
「じゃ、失礼するなー」
ボンピュクスさんは女性プレイヤーに連れられて部屋の外に出ていく。
さて、面倒事が嫌なら帰ってしまえばいいのだが……。
「シア」
「勿論行きますよ、マスター。あれだけ世話になって、はいさよならだなんて出来ませんから」
「ま、そうだよな」
そんな選択肢は俺にもシアにもなかった。
ま、幸いにして荒事に及べば、俺の得意分野だ。
やるべき時が来たら、躊躇わずにやらせてもらうとしよう。
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【AIOライト 28日目 15:01 (半月・雨) 始まりの街・ヒタイ】
「状況は?」
「ゾッタさん……GMコールと七茶同盟への連絡は終わってます」
店の前の空気は張り詰めていた。
服飾向上委員会側はボンピュクスさんが機織りに使う杼と呼ばれる棒によく似た物を持って、一人で出ている。
対する問題児側は……男性プレイヤーが6人に、女性型ホムンクルスばかり12人。
ホムンクルスが居る事からして、一応は戦っているらしい。
で、俺が状況説明を求めたプレイヤーによれば、あのパーティは自称攻略組で、何度も服飾向上委員会を囲い込もうとしているのだとか。
「ーーーーーー」
「ーーーーーー」
こちらが居るのが店の中だからなのか、ボンピュクスさんと彼らがどのような会話をしているかは分からない。
が、問題児組の代表の腹が立つ感じの笑顔からして、碌でもない条件で、無理矢理に囲い込みをしようとしているようだ。
どうにも周囲の話を聞く限り、こちらの言う事を聞かなければ、フィールドでPKをしてやるだなんだと脅された事もあるようだし。
うん、こりゃあGMからの注意も飛ぶわな。
「……」
「ん?」
「どうしました?」
「いや、何でもない」
と、ここで俺の近くに居た制裁用NPCの身体がほんの一瞬だが揺れ、しかも揺れてからはよく観察しなければ分からない程度に細かい揺れを始めている。
これは……もしかしなくても入ったな。
入ったが……まあ、頼るのは最終手段にしておいた方が良さそうだ。
嫌な予感がするし。
「シア、行くぞ」
「はい」
「ゾ、ゾッタさん!?」
と言うわけで、俺は店の外に出た。
右肩に斧を担ぎ、左手を腰に当て、俺の三歩後ろを付いて歩くシア共々、周囲の観衆に俺たちの姿が良く見えるように。
そして開口一番に言い放ってやることにした。
「やれやれ、そんなんだからお前らは非モテ勢のダメ男なんだよ。上手くいく目が無い事ぐらい悟れ。ダメダメストーカー六人兄弟」
「ゾッタ君!?」
「「「!?」」」
連中のヘイトが一瞬にして俺に集まるような言葉を。
噂をすれば何とやら