121:27-5-D4
「ふんふふーん♪」
俺が出した携帯錬金炉の前で、シアは鼻歌混じりに作業を始める。
今回錬金に使う素材の名前はソイルバイソンの肉と、回復力溢れる小麦粉。
ソイルバイソンの肉は先程俺が剥ぎ取ったばかりの物で、回復力溢れる小麦粉は昨日、携帯錬金炉について調べている間に出来上がった素材である。
「ん?どうした?」
と、此処で俺は背後で人が動く気配を感じたので、そちらの方を向く。
「いや、単純に羨ましいと思ってな……」
「女の子の手料理とか食べたいと思っても食べられないしな」
するとそこには羨ましそうに俺とシアの事を見ているマンダリンとクリームブランの二人が居て、二人の手には見るからに保存食ですという感じの干し肉が握られていた。
「ウンシュウとレチノールに作って貰おうとは思わないのか?」
「命令する形でなければ作ってもらえないのです」
「しかも既製品で事前指定する形でしか作れないのです」
「あー、なるほど」
俺は二人の言葉を聞きながら、ウンシュウとレチノールの方を見る。
すると二人は我関せずという感じで、ただ干し肉を食べている。
ああうん、やっぱりこういう所になると、普通のホムンクルスとシアのような特別なホムンクルスの差は明確に出てしまうのか。
それに……うん、命令でなければ作ってもらえないというのは、何となくツラいものがあるな。
むしろ思い入れが強ければ強い程、この辺りについてはツラいかもしれない。
「それにしてもみんなは普段どういう飯を……」
と、此処で俺は気になったので、マンダリンとクリームブラン以外の面々にも目を向けてみる。
すると、やはりこの辺りは似たり寄ったりなのだろう。
グランギニョルとブルカノさんは、目の前の二人と同じように干し肉を食べていた。
グランギニョルの目が微妙に死んでいるような気がするが、まあ、気にする事はないだろう。
で、食事については見た目からしてトロヘルもこちら側だと俺は思っていたのだが。
「ん、どうした?ゾッタ?」
「ピピッ?」
「……」
「サンドイッチ……だと」
「レ、レベルがたけぇ……」
トロヘルはサンドイッチを食べていた。
それもただ肉を挟んだだけなんてものではなく、肉に野菜を組み合わせた、至極真っ当なサンドイッチである。
「ああ、これか?錬金レベルのレベル上げも兼ねてな。自分で作った」
「自作……だと……」
「そんな……馬鹿な……」
「こ、この前はこんな物を食べていなかったと思うんだが……」
「まあ、流石に毎日は無理だな。やるのは素材が余っていて、やる気もある時だけだ」
「「「……」」」
どうしてグランギニョルの目が死んでいたのか、俺たち三人はこの時点で理由を察した。
見てしまったのだ。
この圧倒的技量を有する料理の存在を。
そして比較してしまったのだ。
己の齧っているただの干し肉を。
だがしかしだ。
「マスター、出来ましたよ」
「お、おう。出来たか、シア」
俺にはシアの作ってくれた料理がある。
そう、料理は使った素材の数と料理人の技量ではない、愛情と味なのだ。
と言うわけで、俺はシアからその料理……ソイルビーフパイを受け取る。
△△△△△
ソイルビーフパイ
レア度:2
種別:道具-食料
耐久度:100/100
特性:ソイル(地属性の力を宿している)
リジェネ(回復力を強化する)
ソイルバイソンの肉を使ったパイ。
中の肉の旨味がパイの中にギュッと押し詰められている。
▽▽▽▽▽
「自信作です」
「うん、見るからに美味しそうだ」
使った素材の関係か、サイズは普段のよりも一回り大きく、Mサイズのピザくらいであり、焼けた小麦粉のいい匂いがしてきている。
そして付いている特性はソイルとリジェネの二つ。
確か食べ物にステータスに関係する特性が付いていると、食べた際に対応するステータスに一時的なボーナスが付くはずなので、今回の場合には地属性と回復力が強化される事になる。
「それでその、普段より量が多いようですし……」
シアが俺の後ろを窺いつつ、言葉を発する。
ああうん、もしかしなくても欲しそうにしているのか。
マンダリンとクリームブラン、それに気配からしてグランギニョルあたりが。
「そうだな。分けるとしよう。皿を出してくれ」
「はい」
後ろでガッツポーズをとっている面々は無視するとして、シアが出した木製の皿の上にパイを置き、それを適当に切り分ける。
このサイズなら……まあ、俺とシアが四分の一ずつで、残りは適当に分けてくれって感じか。
ああ、それにしてもいい匂いだ。
切り分けた瞬間から、焼けた牛肉のいい香りがしてきて、俺の食欲を増進してくれる。
「では、いただきます」
「いただきます」
もう我慢は出来ない。
と言うわけで、後ろでワイワイやっている面々を無視して、俺は目の前のパイにかぶりつく。
「ああ、今日も美味いな。いつもありがとうなシア」
「いえいえ、私の方こそ」
美味い。
シアが作ってくれた時点で美味しいのは確定的なのだが、それ抜きにしても美味い。
噛んだ口の中で、肉汁がよく染み込んだパイの旨味が、よく焼けた牛肉の旨味が、パイと言う一つの形で見事に調和している。
これならいくらでも食べられそうだ……。
「あの、マスター。なんかバーサークのオーラが……」
「そりゃあ出るだろー。他の物を気にする余裕なんてないしなー」
「あ、はい……」
俺は一口ごとに幸せを感じつつ、パイを食べ進める。
特性:バーサークのオーラが出ている?
そりゃあ出るさ。
これだけ美味しい物を食べていて、他に気にする事なんてあるはずがないからな。
「モグモグ、と言うか、この食事で一番すごいのは、この味でありながらボーナスも付いている所だよな」
「ゴクン。そうだな。味は甲乙つけがたいが、ボーナスまで加味すれば、シア君の方が上だろう」
「うめえよう」
「激しく同意ー」
「美味しい」
「ありがとうございます」
「あー……幸せだわぁ……」
と言うわけで、俺は十分に味わえるようにゆっくりと食べ進め、やがて自分の分のパイを食べきったのだった。