110:24-1
【AIOライト 24日目 06:12 (5/6・晴れ) 西の草原】
「よし、それじゃあ今日は別ルートで行くぞ」
「はい」
翌日。
俺とシアは西の大門から外に出ると、ヒタイの城壁に沿う形で北上を始める。
目指すは全部で七つある色の違う沼の中の一つ、赤土の沼である。
「ま、歩く距離だけを見たら昨日以上になるけど、そこは頑張ってくれ」
「大丈夫だから安心してください」
周囲には俺たちと同じことを考えたのか、複数のプレイヤーとホムンクルスの姿が散見される。
だがパーティは誰も組んでいない。
まあ、当然だな。
北の湿地の沼のように不覚を取る可能性がある要素もないし、今更西の草原のモンスターに苦戦するようなプレイヤーは完全な錬金専門か引き籠りかのどちらかだ。
「沼地が混ざりはじめましたね」
「だな、そろそろ真北に進路を変えよう」
「はい」
そうして適当に雑談や挨拶を交わしつつ歩く事、約一時間。
徐々に西の草原の適当な長さの草に混じって、ぬかるみや、小規模な沼などが出始める。
そのため、俺とシアは北上を開始。
出来るだけ沼に入らないようにしつつ、移動を続ける。
「シア、どうだ?」
「緯度は一致しました。ここから東に向かえば、昨日着いた金と硫黄の沼に着くはずです」
更に歩く事四時間。
プレイヤーの数がだいぶ疎らになってきた頃、昨日の探索結果から判明している金と硫黄の沼と同じ緯度に到達する。
「ふむ……」
ただ……ここから東に向かうとなると、マップの開き方からして三時間ぐらいはかかりそうな感じである。
途中から進路が真北と言うより北西に近い感じになっていた時点で察するべきだったか。
うーん、適水粉を節約するという意味では別ルートを取ったのは正解だったが、時間短縮と言う意味では微妙だったな。
まあ、今日の探索で西の草原と北の湿地の境界線は分かったし、明日も挑むなら今日の結果から最短になる場所を通るだけなのだが。
「どうしますか?」
「ここからは適水粉を使って、沼の中を歩く事にしよう」
「分かりました」
いずれにしてもこれ以上の北上は無駄だ。
そう判断した俺はシアと共に普通の適水粉を使用すると、真東に向って歩き始める。
勿論、ただ歩くのではなく、沼の深さに細心の注意を払いつつだ。
なにせあのGMなら、底なし沼の一つや二つ程度仕込んでいたって何もおかしくはないしな。
いや、沼マップであるなら、むしろ仕込んでいない方がおかしいぐらいだ。
だから気をつけなくてはいけない。
溺死なんて無様な姿を晒すのは御免だからな。
----------
【AIOライト 24日目 12:48 (5/6・晴れ) 北の湿地】
「……。死に戻ってますね」
「死に戻ってるな」
沼の中に入り始めておよそ一時間半。
俺とシアの前で一人のプレイヤーが力なく浮いていた。
どうやら沼で溺れて死に、死に戻りまでの僅かな時間の間に死体が浮かび上がって来たらしい。
「嫌な仕様だな」
「ですねー……」
俺とシアの前で溺死したプレイヤーの死体が消えていく。
所属ギルドの本部に戻されたのだろう。
「いやまあ、後を追う者としては助かるんだけどな」
俺は片足を半歩だけ前に進める。
すると、足の指先が触れている部分から、足裏に伝わってくる感触が変わる。
どうやら此処から急に深くなっているらしい。
いや、深くなっているというよりは底なし沼になっていると言った方が正しいか。
「何処が危険か分かりますからね」
「ああ」
いずれにしても此処から先に進んではいけない。
溺死と言うあまり他人に見せたくない死に姿を俺たちに見せてくれた何処かのプレイヤーに感謝しつつ、俺とシアはすり足に近い歩き方で、東へと向かう道を探し始める。
さて、何処かに道ぐらいはあると思うんだが……どうだろうな?
「やっとか」
「やっとですね」
で、そうして歩く事およそ二時間。
俺とシアは昨日も辿り着いた金と硫黄の沼に無事に辿り着いていた。
沼は相変わらず綺麗な黄色に染まっており、今日は金に惹かれてきたのか、昨日よりも多くのプレイヤーが沼の中に入っていた。
「それでマスター、赤土の沼はどちらに?」
「ここからだとだいたい北東の方角、他の六つの沼の中心にあるらしい」
「なるほど」
まあ、俺たちは昨日回収したので今日はスルーでいい。
と言うわけで、俺とシアは彼らに背を向けると、北東の方角に向かい始める。
「しかしよくよく考えると悪趣味なデザインになるな」
「悪趣味……ですか?」
「ああ」
赤土の沼に向かう道中で俺はちょっと思った事が有ったので、それを口に出す。
「この大地の形状は羊の頭を模している。でも、マップの状態を羊の姿で想像するとちょっと……な」
「……」
そう、少し想像してみれば分かる。
青い左目は無くなっていて湖になっているのだから。
赤い右目の周りには他に六つも目があるのだから。
それを羊の頭にあてはめてしまえば……本当に悪趣味だ。
「確かに悪趣味ですね」
「だろ」
まあ、あのGMだから悪趣味なのは納得だけどな。
プレイヤーをゲームの中に閉じ込めて、攻略を強要する仕掛けをいくつも施す程度には悪趣味で仕事熱心なわけだし。
「あ、アレ。そうじゃないですか」
「お、そうっぽいな」
と、ここで俺たちの視界に他の沼と区切るように伸びる泥の道と、赤い色をした沼が入ってくる。
どうやら、無事に目標に着いたらしい。
と言うわけで、俺とシアは最後の一歩まで慎重に歩を進めた。
そしてそれは正解だった。
「やっぱりあったか」
「本当に悪趣味ですね」
赤土の沼の周囲だけ、底なし沼の数が明らかに多かったからである。
うん、やっぱりあのGMは悪趣味だな。
性格が悪いとも言う。
09/07誤字訂正