天使
あれから2年経った
最初は戸惑うことも多かったが、私もいちゴーレムとして最低限の常識を手に入れることができた。
まず、この不可思議な作りの身体について
ゴーレムというのは、端的に言えば土塊に魂が宿ったものらしい。だから、体に石を埋め込まれても、ある程度バラバラにされても、魂の許容範囲までは耐え切れる。とにかくしぶといのがウリだ。
大人達はこの特性を利用して、山の土を吸収、排出を繰り返すことで採掘をしている。腕力はいらないのだ
次に、食事について
新しい鉱石を体に取り込み、古いものを土として排出する。それがゴーレム流の食事。味だの食感だのは関係ねぇ!詰め込め!!って感じの精神だ。一応、質の高い鉱石はお祝い事や出産、子育てに使われる、などの特別感はあるが…体が硬くなるからいいよね!ぐらいの認識なのが悲しい。今のところ、食事にこだわったり楽しみにしているのは私だけだ。
「そろそろ昼休みにするぞ」
「はーい」
「おぉ、良い鉱石じゃないか」
そう。だから私は、自分でおいしい鉱石を用意しているのだ!
大人たちと一緒に鉱山に行き、壁に張り付く。持てる限りの土をつけたら捨てに行く。その繰り返しで鉱石を探している。何故、自分で探すのか。その答えは一つ。
「みんな、昼飯をとるの忘れるなよ」
「おー。そこら辺の土でいいか」
ほっといたら土ばかり出される!!食卓に!土の!!山!!!
そして土はまったく無味無臭。もしゃもしゃの食感。前世でいうなら味のない木くず噛んでるみたいな。
そんなもの食べてられるか!といっても、味覚のない大人たちには通じない。鉱石が食べたいといっても『魔王様への捧げものだから』と断られてしまう。それでも諦めずに何度も駄々をこねた結果、採掘の手伝いをすれば小遣いとしてもらえることになった。
「今日の分だ」
「ありがとう!おじちゃん!!」
受け取ったのは、ふわふわで甘い石灰となめらかであまじょっぱい黒曜石、そして肉のような重厚感のあるサラ石…特に、サラ石は私の大好物だ。
「これを、くだいて…」
石灰と黒曜石を砕いてぐるぐる混ぜる。これはソースのつもりだ。とにかく細かく細かく…
そして、これをサラ石にまぶして…いただきます!
「ん~!」
何層にも重なるサラ石の食感。噛みごたえがあって幸福感が増す。石灰と黒曜石はしゃりしゃりとした照り焼き風味のソースとして、サラ石の味を深めている。照り焼きチキンだ…あぁ、昔食べた味…
二年の時を経て、私の味覚もだいぶ鍛えられた。その為、単純な石の味だけでは満足できず、今では料理もしている。まだまだ拙いが、味だけは完璧だ
「さぁ、昼休憩は終わりだぞ」
「今日は生誕の儀があったからな。早めに切り上げる分、みんな頑張れよ」
「「はい」」
監督係のおじちゃんが声をかけて回る。そうだった。今日は私の弟、または妹分が誕生する日。村中のゴーレムが集まって力を合わせ、土の中から新たなゴーレムを生み出すのだ。
「…誕生祝の鉱石も集めておこっと」
まだ見ぬ兄弟に思いをはせながら、おいしい鉱石を探し始めた。
夕暮れ。村の集会場でもある洞窟に、ゴーレム一同は集まった。
中心にいるのはゴーレムの夫婦。そして、その間には土で形作られたゴーレムの人形がある。
これから、二人の魂の一部を入れ込むことで新たなゴーレムの核とする。村人は、その核が形成される際のエネルギーを提供するために集まっている。
『…これより、生誕の儀を始める。みな、目を閉じて魔力を渡せ。難しくはない。祈るのだ』
準備が整ったのか、司祭が宣言する。そして、みんなが目を閉じた。
魔力といわれても、私には馴染みがなくてよく分からないが、気持ちの方向性が大事らしい。祈ることで夫婦に、そして人形に力を与えていく。私の時もこんな感じだったのか。あたたかいものに包まれながら誕生した気がしたのは、きっと魔力だったのだろう。
『魂の分譲を。そして、新たなゴーレムの誕生に祝福を』
一層、魔力が高まった後、司祭が誕生を告げた。見れば、人形だったものが動いている。頼るものを探そうと、手を伸ばして。体は、私よりずっと柔らかそうだ。それこそ、土人形のままの強度だろう。まぶたは無いため、くりっとした瞳で天井を見上げている。夫婦に抱き上げられてもどこかぼんやりとしたままだ
「…抱いてみる?」
じっと見ていたことに気づいたのか、夫婦が私に声をかけてきた。あんなに柔らかそうなものを抱くなんて、怖い、という気持ちもあったが、好奇心には勝てない。
おずおずと受けとってあやしてみると、その子はじっと私の顔を見てきた。
そして、私を見て、笑ったのだ。
「…天使だ」
なんて可愛らしいんだろう。小さくて、ふわふわで、手なんてこんなにちっちゃい。
この子を守っていかなくては。私が、お姉ちゃんとして
この時の決心によって、私の運命は普通のゴーレムとはかけ離れていくことになるのだった