転生………しちまったよぉ
「グウッガアアァァッ!!」
獣の如き声を張り上げ、全身を血で濡らす男が、吶喊する。
「ぬうッ。」
しかし、次の瞬間、其の吶喊の威力その物を跳ね返され、更に吶喊の約三倍の威力を叩き込まれ、吹き飛ぶ。
其の時、骨が砕ける盛大な音が鳴り響いた。
「がっ!…………ズッグッ、ゴグブッ。」
吹き飛んだ男は、運悪く巨岩に叩き付けられ、血を吹き出す。
だが、男は満身創痍の身体と激痛を無視、いや、既に男の痛覚は麻痺していた。
しかし、其のぼろぼろの身体を無理矢理に動かす。
「止めてッ!もうッ止めてッッ!お願いッッ!!立ち上がらないでッッ!!」
突如として響く、女の声。
其の声は、戦闘の余波すら及ばない距離に居た者から発せられた、声だった。
「何が……何が其処までお前を動かす?意地か?面子か?」
男は答えなかった。
いや、答えられなかった。何故ならば、例え全身の傷がなかろうと、男は何故自分は立ち上がるのか、解らなかったからだ。
「――っ。……嗤っている……の?」
そう、男は嗤っていた。
其れは、理由も解らず戦う自身への嘲笑か、それとも勝利への道筋を導きだした喜びか、誰も解らなかった。
「フッ……ッフハハハハハハッ!そうかッ、そうかッ!………ならばッ、俺も全力で相手をしようッッ!お前を倒す為にッッッ!!」
両者は、疾走する。己の我を通す為に。勝利をもぎ取る為に。
――――男達の闘争は始まったばかりだ。
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「あぁ、くっ…そぉ……こんな……ぐぅ……結末かよ。…………だが、二度目の人生………それなり、たのし……めた。願わくば………来世は、記憶が………無いことを……………。」
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「ッ!……ハアッ、ハアッ、ハアッ。」
「カリーシ様!お目出度う御座いますッ!王子様で有られますッ!」
「ハアッ、フウッ。男の、子?」
「はい!」
「み…フウッ……見せて………。ああぁ、なんて……なんて可愛らし子。」
「はい!とてもお綺麗で御座います!」
とある屋敷の一室、其処では、新たな生命の誕生に歓喜の声を挙げていた。
只一体を除いて。
(うわぁ…………マジかぁ。転生しちまったかぁ…………。しかも記憶付きかぁ………。えぇ、もう良いよ……。転生なんて一度で良いのにぃ……。)
「しかし、可笑しいですね……。既に産声を挙げても良い頃ですが………。」
(うわっ……気付いたよ……。ええぇ、またあれかぁ………。)
「えっ?何処か異常があるの!?」
「いえ、稀に在る事なのでご心配は要りません。こういう時は…………。」
(あぁ………取り敢えず寝させてくれ…………。)
二度目の転生を喜ばない者は、現実逃避に眠った。
臀部の衝撃を無視しながら………。
(やあ!こんにちわッ!皆元気かいッ!?えッ!?何をやってるかって?そりゃぁ………暇潰しだよッッ!!馬鹿野郎ッッ!!)
「アアァ………暇だアァッ!」
「そう言うならば、クリアート様と一緒にお勉強なさったらいかがですか?レガジ様?」
「サート、冗談言うなよ。彼奴のクソ面倒くせぇ講義なんて受けられるかよ。」
「でッ、でもッ、受けないとレガジお兄ちゃんのお、お立場?が………。」
「ハァ?立場ァ?んなの在っても無くても同じだろうよォ。気に入らねぇ奴はぶっ飛ばして支配するか殺す。其れが俺のやり方だ。」
「えッ?えッ?えッ、えっと、じゃぁ、支配されてる私はどうなんですかぁ?気に入ら無いんでかぁ?」
「んな訳ねぇだろ。愛してるぞ。ネート。」
レガジと呼ばれた幼児――二度の転生を体験した男――は、ネートと呼んだ自分の背丈よりやや高めの背丈を持つ幼児を抱き寄せ、頭を撫でる。
「えへッ、えへへ~~。」
ネートは幼児とは思えない程の蕩け顔を晒しながらレガジに身体を預ける。
「はぁ……レガジ様、一体何度言えば解るのですか?そう言う事は二人の時に為さって下さいと。」
「何だ、サート、妬いてるのか?」
「っ………いえ、決してそう言う訳では――」
一瞬、自分の感情を晒け出せば此のままレガジに可愛がって貰えると思考するサートだったが―――
(ッッ!?わッ、私は今何をッ!?これは仕方無く、そう!仕方無くやっているのに………。)
直ぐ様其の考えをかき消す。
「んッ!?………んっ、んちゅっ、ぁっ……ちゅうぅっ………ま、お待ちっ……んちゅっ、んちゅっ……んちゅうぅっ、ちゅるちゅるっ……お、お止め………ッ。」
「ぅん?何を止めるんだ?」
「お……お戯れを……。この、口付けで……御座います。」
「何故だ?俺はサートと口付けしたい。んで、サートは俺の“嫁兼奴隷”。何処に問題か在る?………其れとも俺との口付けが嫌か?」
「―――ッッ!!」
其の時、サートは自分の失態に気付いた。慌ててレガジの顔を見ると、其処には先程と真逆の絶対零度の如き表情をしているレガジが居た。
「あ、あ……あ、ああっ………もっ……申し訳………御座い―――ヒィッ!」
自身の失態に気付いたサートは、慌てて謝罪し赦しを求めようとするが、呂律が回らず謝罪の言葉を紡げない。
「サート?俺は謝罪を聴きたい訳じゃ無い。サートの率直な気持ちが聴きたいんだ。」
「わ、私の……気持ち………?」
「そうだ。」
『そんなの選ばせてるようで選ばせないじゃないか』と言うのがサートの率直な気持ちだった。
しかし、其れを言えばどうなるかサートは十二分に理解していた。
二年前、レガジ専属の女中になって始めて感じた感情は、苦しみ。
まず始めに成人した大人ですら恐怖する拷問と言う拷問を全て受けた。無論、殺さず生かさずと言う状態を精神的にも肉体的にも永続してだ。其処で心からの忠誠を誓わされた。
次に快感を狂う程感じさせられた。拷問の時のように基本的に痛みは無かったが、其処はある意味地獄だった。レガジが仕掛ける淫行は口付けと手による愛撫だけ。しかし、何度も何度も絶頂に至らせられ、其処で心からの愛を誓わされた。
絶対なる忠誠と愛を調教されて始めて“嫁兼奴隷”として認められた。
だが、其の先も地獄だった。少しでも忠誠と愛を揺るがせば、始めからの調教。しかし、其れでも、まだましだった。
最悪の場合、棄てられた。棄てる方法は様々だったが、どの棄て方もレガジを裏切った事を必ず後悔させる棄て方だった。
「わた……私はレガジ様を愛しております。ですから、レガジ様との口付けはこの上ない悦びで御座います。しかし、今は昼。口付けをするば、私は平常を保てません。平常を崩した私を、私はレガジ様以外に見られたくありません。」
何とか平常心を取り戻し、苦し紛れの戯れ言を言うサートだったが、サート自身も此の戯れ言が何の意味もなさない事を自覚していた。
「…………。」
サートは絶対零度の表情のまま何の反応も起こさないレガジに絶望を覚えた。
(……私はどうなるんでしょうか?無数の男に犯されるのでしょうか?体を少しずつ刻まれるのでしょうか?)
サートは自身の未来を想像すると、一気に悲しみの感情が溢れてきた。
だが、其れと同時にある感情に気が付いた。
(………あぁ、そう……そう、なのですね。私はこの方が………。)
「………チュ。」
其れは単なる接触と言える程の軽い口付け。だが、サートは其の口付けに有りっ丈の感情を乗せた口付けだった。
「例え………例え、レガジ様が疑われようと、私の愛は本物です。……ですから、どの様な処罰も謹んでお受け致します。」
サートは自覚してしまった。例え其れが拷問の末、強制的に受け付けられた感情だとしても、自分は目の前の男を愛してしまっていると。
「え?」
必ず何等かの処罰が下されると確信していたサートは、自身の頭の感触に思わず疑問の声を漏らした。
「何を先走っている?俺は何も言ってないぞ?」
「で……では………。」
「無論だ。ちゃんとしているサートにお仕置きなんてしない。サートの恥ずかしいって気持ちも理解出来てるからな。」
「っ………ッッッ。」
〝赦して貰えた〟〝傍に居られる〟
此の二つの事は、恐怖で全身を硬直させる恋する少女から身体の力を奪うには充分だった。
「……あッ………申し訳御座いません。い、今、退きます。」
「ん。」
サートはレガジに寄り掛かってしまった身体を起こそうとするが、レガジの腕によって強制的に寄り掛かる様にされる。
「………あ………。」
サートがレガジの顔を見ると、レガジは眼を閉じて居た。
「……あ………えっと………あっ。」
自身の意図を理解するも動かないサートに痺れを切らしたレガジは自身から動く。
「今は此処までだ。其の分夜は可愛がってやる。」
「………はぃ。」
顔を紅く染めたサートはそう答えるのが限界だった。
「~~~♪」
レガジは機嫌が良かった。
なまじ知力がある分、中々堕ちなかったサートが完全に堕ちたからだ。
「~~~♪」
もう一度語る。レガジは機嫌が良かった。
「あら、随分機嫌が良さそうね。レガジ。」
――――悪夢の声が轟く迄は。