魔女が生まれた日
むかしむかしあるところに、エルネスティーネという女の子がおりました。
真面目なお父さん、優しいお母さんと共に、幸せに暮らしておりました。
エルネスティーネのお仕事は、畑に水をやることです。
今年に入ってからというもの、雨は数えるほどしか降っていません。
畑はカラカラに乾いて、野菜はしおれています。
エルネスティーネはいつも、水を村の井戸からくんでいます。
水の入ったばけつを抱えて、畑までえっちらおっちら運ぶのです。
エルネスティーネは小さな女の子です。
持てるかぎりの水を運んでも、畑にまけばすぐになくなってしまいます。
だから何度も、何度もくり返すのです。
ある日、うれしいことがありました。
お母さんのお腹に、弟か妹がいるらしいのです。
エルネスティーネの頭をなでて、お父さんは言いました。
「お父さんはこの子のために、丘のむこうへ働きにゆくからね。」
「お父さんが帰ってくるまで、お母さんのお手伝いをして、よい子でいるのだよ。」
つぎの朝、お父さんは村を出てゆきました。
エルネスティーネはお母さんと、お腹のきょうだいと、丘のむこうにかくれてゆくお父さんに手をふりました。
エルネスティーネはその日から、うんとよい子になりました。
具合のわるいお母さんにかわって、そうじやお皿洗いをやるようになりました。
もちろん畑の水やりもいつも通りです。
エルネスティーネは畑にゆくとき、丘のほうをじっと見ます。
お父さんがひょっこり帰ってくるのではないかと思うのです。
そしてカブの芽が出て、マメの花が咲き、麦のたねをまきました。
お母さんのおなかは大きくなりましたが、お父さんは帰ってきません。
そしてお母さんは女の子を生みました。
お姉さんになったエルネスティーネは今日もうんと働きます。
お姉さんになったのですからとうぜんです。
そんなある日のことでした。
エルネスティーネが水をくみに行くと、井戸のまわりに男の子たちがいました。
村長さんの家の子がエルネスティーネを見つけると言いました。
「おまえ、おまえ、水をくみにきたのか。」
「かえれ、ここにはおまえのようなやつに使わせる水はない!」
エルネスティーネはたずねました。
ここは村の井戸なのに、どうしてエルネスティーネが使ってはいけないのかと。
村長さんの家の子は言いました。
「父さんが言ってたぞ、父親のいないおまえのかぞくは村の『ごくつぶし』だって!」
「みんなが言ってたぞ、おまえに使わせる水がおしいって!」
エルネスティーネは気がついたら走っていました。
走って、走って、走って。
いつしかエルネスティーネのおうちの畑にたどりついていました。
エルネスティーネはすわりこみました。
むねがずきずきといたみ、ぽろぽろとなみだがこぼれました。
そででこすったほっぺたがひりひりします。
ぬぐってもぬぐっても、なみだが止まることはありませんでした。
エルネスティーネは日がおちるまで、畑にすわっておりました。
はっぱの色がかわるころ、お父さんがゆくえ知れずと聞きました。
風のうわさ、というやつでした。
さいきん、エルネスティーネはおなかいっぱい食べていません。
今年は「ひでり」で「ふさく」なのだと、お母さんが言っていました。
雨がふればたすかるのに、とも言っていました。
エルネスティーネはあの日から、水を村はずれの小川からくんでいます。
水の入ったばけつを抱えて、畑までえっちらおっちら運ぶのです。
エルネスティーネは小さな女の子です。
持てるかぎりの水を運んでも、畑にまけばすぐになくなってしまいます。
だから何度も、何度もくり返すのです。
ある夜、ふしぎなことがありました。
いつもならすぐにだっこでなきやませるお母さんが、夜なきをする妹をじいっと見ていたのです。
エルネスティーネが息をひそめていると、お母さんは妹におおいかぶさりました。
妹のなき声がやみました。
妹のなき声がやみました。
つぎの朝、お母さんは村を出てゆきました。
エルネスティーネはたったひとりで、丘のむこうにかくれてゆくお母さんと妹を見おくりました。
エルネスティーネはその日じゅう、うんとよい子でおりました。
でかけているお母さんにかわって、お洗たくをやりました。
もちろんそうじや畑の水やりもいつも通りです。
エルネスティーネは畑にゆくとき、丘のほうをじっと見ました。
お父さんにそっくりな、妹の顔が思いうかびました。
夕方になって、お母さんだけがおうちに帰ってきました。
お母さんはエルネスティーネと目をあわせず、ひと言だけ言いました。
「あの子はね、とおいところへいったのよ。」
それからすこししたころ。
お母さんがたおれました。
エルネスティーネはベッドにいるお母さんのかわりに、おうちのことはすべてやりました。
お母さんはおっくうそうにしながらも、手をのばしてエルネスティーネの頭をなでてくれました。
すじばって、かわいた、おばあさんのような手でした。
ひらりと落ちたかれはが、風にふかれてかさかさところがってゆきます。
ころがって、ころがって、やがてうねのむこうへきえてゆきました。
エルネスティーネはぼんやりと畑にすわっておりました。
お父さんも妹も、エルネスティーネの知らないどこかとおくへいってしまいました。
体のかるいエルネスティーネなら、そんなお父さんたちに風にのって会いにゆけるのではないでしょうか。
そうおもったとき、エルネスティーネのまえにひとりの男があらわれました。
「おなやみですか、おじょうさん。」
それは、エルネスティーネが見たことのない男でした。
きてれつなふくに、きてれつなぼうしをかぶった、きてれつなかっこうの男でした。
そしてきてれつなことに、なきたくなるほどほっとする、ふしぎな声をした男でした。
エルネスティーネは、男にぜんぶ話してしまいたいような気もちになりました。
お父さんやお母さんに言っていないようなことも、ぜんぶです。
「たすかりたいですか。」
きてれつな男はエルネスティーネに言いました。
エルネスティーネはぱしぱしと目をしばたかせました。
そういえば、お母さんが言っていました。
雨がふればたすかるのに、と言っていました。
まだ妹が丘のむこうへきえるまえのことでした。
働きにゆくと言ったお父さんを思いだしました。
なかなくなった妹と、すっかり手のほそくなったお母さんを思いだしました。
エルネスティーネはなんだかいっぱいになって、ただこくんとうなずきました。
そうですか、と言うと、きてれつな男はエルネスティーネをなでました。
お父さんやお母さんとは、ぜんぜん違う手をしていました。
きてれつな男は言いました。
「たすかりたいなら、ねがいなさい。」と。
それからくる日もくる日も、エルネスティーネはねがいました。
雨をふらせてください、と。
そしてたすけてください、と。
ねがって、ねがって、ねがいつづけて。
ぽつりと、畑がぬれました。
ぽつり、またぽつりとふって。
しだいにそれはつながって。
やがてそれは、ざあざあと音をかえました。
それは雨でした。
エルネスティーネがずっと待ちのぞんだ雨でした。
その雨は、エルネスティーネが見たどの雨よりもたくさんふっていました。
畑の土はどろどろになって、うれしそうにはねています。
これだけふれば、もう「ふさく」の心ぱいも畑の水やりもいらないでしょう。
エルネスティーネはなんだかうれしくなって、畑の土といっしょにはねまわりました。
雨で体がひえきってしまうまで、エルネスティーネはずっとそうしておりました。
エルネスティーネは走っておうちへ帰りました。
ベッドからおき上がれないお母さんに、おしえてあげなくてはいけません。
さいきん元気のなかったお母さんも、きっとよろこんでくれるはずです。
エルネスティーネはおうちへかけこむと、まっ先にお母さんのもとへゆきました。
お母さんの手をにぎって、いっしょうけんめいに伝えました。
けれど、お母さんはよろこんでくれません。
それどころか、なにもエルネスティーネに言ってはくれません。
お母さんは、お外ではねまわったエルネスティーネとおなじくらいつめたい手をしていました。
雨がざあざあとふっています。
エルネスティーネがねがったとおりです。
けれど、お母さんは違いました。
エルネスティーネがねがったとおりではありませんでした。
エルネスティーネはひとり、雨のなかに立ちつくしておりました。
ちっともうれしくはありませんでした。
ちっともうれしくはありませんでした。
丘のてっぺんに、その男は立っておりました。
村に雨がふるのを見とどけると男は、ゆっくりと丘のむこうへきえてゆきました。
めでたし、めでたし。
これは童話か?というご質問に対しては、「靴に足が入らないからって肉を削ぎ落とした話が童話扱いされているんだし、これも童話です。」ということで。