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聖地に二人

作者: 鹿

 君が泣いていたのは二週間前だった。

 12月の初めにフラれるなんて呆れた話だ。恋人の浮気に気が付かなかった君は張り切ってレンタカーを予約していて、いまさらキャンセルするのももったいないから、なんてふざけた理由で僕を誘った。君は免許を持っていない。運転するはずだった恋人の代わりに、あらゆる事情を知っていて使い勝手のいい僕を選んだ。それだけのこと。惨めだから本当はいきたくなかった。だっておかしいだろう。恋人でもないのにわざわざ、クリスマスの夜に二人きりだなんて。

「クリスマス? なにそれ。12月24日はただの平日だから。祝日はきのう終わったよ、見当識障害が出てるよ」

「その平日に恋人と二人、ドライブデートしようだとか計画していたのは誰でしたっけ」

「ドライブデートって! クリスマスにドライブデートとか寒くない? もっと良いとこ行かなきゃ」

「ああ、だから浮気された挙句フラれたんですね」

「この話やめよう不毛だから」

 聖夜になんて会話だ。いや、聖夜なんて日付だけだな。車内にかかっている音楽はヘビーメタルだし、君は使い古したジャージを着ているし、助手席でポテチを食べているし。車内にはコンソメのにおいが充満している。僕が恋愛対象に入らないからっていくらなんでも僕への配慮を欠いていないか。そう思って寂しくなったけれど伝えはしない。僕の感情なんて、それこそ君にはどうでも良いことだろう。

「はーあ、ほんとなー、恋人と来たかったなー」

「仕事終わりにわざわざ時間を割いて来た僕の前でそんなこと言いますか」

「ほんとわざわざだよね。さすがに半分くらいは冗談だったんだよ。こんな日に、なんで来ようと思ったわけ?」

 ちらりと隣を見てみる。暗がりの中、君はポテチの在り処を探して袋の中をのぞき込んでいる。こちらを見てすらいない。

「気まぐれですよ。空いていたし、あなたが泣きながら僕と行く、って言ったから、あまりの気迫に断り切れなくて」

「へえ、クリスマスに予定なかったんだー」

「そこはどうでも良いでしょう」

 アクセルを強く踏んだ。メーターは時速百キロを示したが、実感はなかった。このまま何処かへ行ってしまえたら良いのに。願うのは僕ばかりで、君に告げたなら強く拒否されてしまうことは分かり切っている。だから言わない。口を開く代わりに軽く微笑んでみた。袋の中身に夢中の君はまったく気が付かなかった。

 車はパーキングエリアで停車する。

 車から出ると、冷えた風に一気に体温を奪われた。君は僕が回り込むのを待たずに、自分で扉を開けてさっさとトイレに向かってしまう。施設内でホットコーヒーを購入し、トイレから出てきた君に渡す。それぞれ紙コップから暖を取りながら、適切な距離を保って、敷地の端まで歩く。

 恋人の聖地、というらしい。

 見晴らしのいい開けた場所に、二メートルほどの高さに設置された鐘があり、それを半周囲むようにフェンスが立てられている。フェンスに南京錠を付け、ついでに鐘を鳴らせば、二人は絶対に別れない――なんて、人を呼び込むために作られた人造の伝説だ。

「寒い」

「うるさい」

「そういう意味じゃないですって。気温の話ですよ」

 幸い、周囲には誰もいない。恋人の聖地だと言ったって、それ以外は山しかない場所だ。わざわざクリスマスの夜にこんなところに来るカップルは少ない。おそらく君は、そういうところも織り込んで、恋人とここに来る計画を立てたのだろう。

「さて、どうします?」

「南京錠はちゃんと買ってきたよ」 

「え、いつのまに……って、百均じゃないですか」

 ジャージのポケットから、某百円均一ショップの袋が取り出される。社名の入った、無駄にカラフルなパッケージは一目でそこの商品だと分かる。

「僕、セリアの方が好きなんですけどね」

「家から徒歩五分のとこにダイソーがあるの」

 パッケージを破いて安っぽい南京錠を取り出す。恋人の聖地に百円均一の南京錠を付ける人間なんて僕らくらいだろう。まったくの無表情で作業のごとく取り付ける背中に、僕は選んだ言葉をかける。無駄なことだ。

「良いんですか」

「何がー?」

「百均の南京錠なんて、すぐに壊れちゃいますよ」

 取り付け終わった君は振り向いて、冗談をいうように笑う。

「私と君となんだから、ずっと壊れない方が困るでしょ」

 君が笑うので、僕も笑った。

「そうですね」

「ついでに鐘も鳴らそう」

 茶番だ。僕と君とで鐘の紐を持って、せーので引っ張った。人のまばらなパーキングエリアに鐘の音が響く。クリスマスの夜に恋人の聖地で二人きり。いま僕らは、誰が見たってカップルに見えるだろう。

 君が泣いていたのは二週間前だった。

 12月の初めにフラれるなんて呆れた話だ。恋人の浮気に気が付かなかった君は張り切ってレンタカーを予約していて、いまさらキャンセルするのももったいないから、なんてふざけた理由で僕を誘った。君は免許を持っていない。運転するはずだった恋人の代わりに、あらゆる事情を知っていて使い勝手のいい僕を選んだ。それだけのこと。たったそれだけのことだ。君は僕が君を好いていることを知らないし、そんな発想はまったくないだろう。だからまた期待をすることもできない。君にこの感情を明け渡したらどうなるだろう。叶うことなんて永遠にない。君には君の事情がある。だから僕は口を噤む。永遠に口を噤む。君が僕を使い勝手のいい犬だと思うならそれで充分だ。そばに置いてくれるだけで望外の幸せだ。隣の君を見た。二週間前とは違う。

 君は楽しそうに笑っている。

「もう一回鳴らしましょうか」

「うん」

 鐘の音が響く。本来君が恋人と聴くはずだった音を、僕が聴いている。

 君が笑うので僕も笑った。



 君にとっての朗報、僕にとっての悲報がもたらされたのは、それから一月が経ったころだ。

 行きつけのビアンバーで出会った女性と付き合うことになったと。

 さて、今回は何か月もつかな。「別れたらまた慰めますよ」と返した。



 

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