1、演劇部とかいう部活
「「オイチニーオイチニー」」
グラウンドから聞こえる声は無駄にでかい。
多分野球部だな。学区一の進学校故に進学に基本力を注いでるので大して運動部は強くないというのに、野球部は青春の代名詞ですと言わんばかりの鬱陶しさを見せる。
大して顔はいけてないのに野球部の部長だとチア部と付き合えたりするせいで、あの図々しい部活が出来るんだよ。地区予選で一勝も出来てねえのによ、、、
「はあ、なんか虚しくなってきた。」
一人の教室で呟いてみる。
放課後の静かな教室は俺の独り言か、野球部の掛け声しか聞こえない。いつもなら吹奏楽部の金管楽器が隣の教室で吹いてるのだが今日は休みらしい。
心の中で浴びせた野球部への罵声は誰に届くわけでもなく、俺の気分を沈ませた。部活にも入らずに放課後家で暇にするのが嫌で、教室で自習の俺を。
別に部活に入りたいわけでもないが。
「随分、くすぶってるね。長瀬くん」
そして、この人はまたいきなり来た。俺の日常を壊すために。いきなり。
目の前に立つ女性は黒髪のセミロングにパーマのかかった綺麗な人だ。俺にとっての天敵である。
「何ですか?東先輩みたいに天才さんじゃない凡人は勉強しないと点取れないんで、邪魔しないでくれますか?」
「長瀬くん、我が部へ入りたまえ」
駄目だ。人の話聞いてねえ。
「入りません」
「入りたまえ」
拒否すらスルー
「東先輩、そろそろやめませんか?この無駄な押し問答。俺が入学してから1ヶ月も続けるとか暇すぎでしょ?」
この人は 東 京子 先輩。二年生の先輩だが、俺がこの高校に入学してから1ヶ月、俺は目をつけられずっと部活動に誘われている。
「長瀬くん」
少し強く言ってしまったか?とか思ってると東先輩はいつになく真剣な顔つきをした。所謂キメ顏? キリッとか効果音がつきそうな、、、
「何ですか。」
「入部したまえ」
やっぱり。
なんなんだよこの人は、、、
「先輩、何度も言ってますけど俺は部活はしないんですよ。ですからこういう行為は無駄だと思いますよ。」
「うむ、君の言い分は理解した。入部したまえ」
理解出来てねえじゃねーか!一寸たりとも。
駄目だ
何言っても聞いてもらえない。
「そもそもなんで俺なんですか? 自分で言うのもなんですけど、俺柄じゃないでしょう。その、演劇なんて」
そうこの人は俺を演劇部に入部させようろしている。
なんの意図があるのかは全くもって謎である。演劇なんてものは俺は大して真剣に見たことはない。小学校の芸術鑑賞会ぐらいしか生の舞台は知らない。そりゃ、実際舞台に立ってる奴らは凄いと思う。だがやってみたいとは思わんよ。
とは、一丁前に頭で思いを募らせても先輩に面と向かって苦情ったらしく偉そうに語る勇気はないヘタレは相手の出方を探る。しかし、先輩はまっすぐ俺を見ているだけで口を開こうとしない。
「あのー。先輩?」
「何かね?長瀬くん。私は君を勧誘する理由というのを考えているのだが」
「今考えんなよ!」
理由なしにスカウトされていたとは、これはこれでなんとなくショックだ。
「いや、一応あるにはあるのだがな、、、長瀬くんが納得しそうな理由でもないのでな」
「大丈夫ですよ先輩。どんな理由でも納得しないんで」
「そうか、なら安心だ、、、、じゃなーい!」
いきなりのノリツッコミ。
柄でもないことを。
「そもそも、君が頑なに入らない理由がわからん。こんなに美人で巨乳な先輩が誘ったら普通ホイホイついてくるだろう?本当に思春期か?」
それ自分で言っちゃうのかこの先輩は。
というかセクハラまがいな発言は謹んで欲しいな。神聖な学舎だというのに、、、
「それとも何か部活動に入らない重大な理由があるのか?」
「え?、、、、」
「どうだ?あるのか?」
重大な理由ね、、、
ないかな・・・
「・・・・・・・別に・・・」
「何だ、別にって!エリカ様か! どうせ思春期男子なんて家帰って成人雑誌でハアハアするぐらいしか用事ないだろう?早く我が演劇部へ入りたまえ」
「だから、そういう事を女子が言わんでください!あんた思春期男子になんか恨みでもあるんですか」
「分かった。私が君を勧誘する理由を話せば、入部してくれるのだな」
なぜそうなる。やはりこの先輩では話にならないというか、会話が成立しない。宇宙人と会話しているみたいだ。
「先輩、何度も言いますけど俺は部活動には興味ないって、、、」
「私が君を勧誘する理由はぁああ!!」
聞けよ。人の話をよお。
俺の下手に出た小さな声は見事彼女の腹から出された見事な発声により掻き消された。会話の主導権はどうやっても奪えないらしい。いや、彼女が持ってるのは主導権というよりは会話の独裁政権。
「君の容姿一択だ。」
ナチスはどうやら、俺に理解する隙も与えないらしい。いよいよ宇宙人になってきた。
「意味がわからんのですが、」
「舞台上で映えるその容姿だよ。君は見たところ身長が180といったところだな」
確かにそうだが、よくわかったな。
「その身長は良い。高身長ではあるが、決して浮くこともない。それに加えて端正な顔つきだ。見ている人への好印象も期待出来る」
随分な褒めようだ。なんか小っ恥ずかしくなってきた。多分誉め殺し大会があったら俺は一回戦負けだ。
「君は目が大きいしな。顔が小さい割には目が大きい上に表情が映える。見た目においての条件が十二分に揃っている。私は君のような役者を待ってたんだ!」
どうやら先輩の誉め殺し作戦はひと段落ついたようで、またもや俺の方をじっと見つめて、応えを希望しているようだ。
「そいつを聞いて俺はどうすれば?」
「入部しなさい」
頑なに入部を勧める先輩には申し訳ないが、俺には部活に入る気力も気持ちも一ミリと持ち合わせていない。
「先輩」
俺はなるべく真剣に目を見て口を開いた。1ヶ月も押し問答を繰り返してきたんだ。何となくだが、俺はこの人が真剣に事情を話せば、理解する人だと第六感的ななんとなくの雰囲気で理解している。
だが、事情は話さなかった。
何故かは分からない。恐らく、俺の気持ちを知れば流石に理解は示す。だが、どうしてか言えなかった。
でも、、、、
「先輩、俺は、、、、」
これ以上この人に期待を持たせるのはそれこそ失礼だ。
言おう。
「あの!、、、」
「待て。長瀬くん。」
俺の言葉が出る前に彼女の手が制止した。目の前に手の平がこれ以上言うなの顔で立ちはだかる。
その真っ直ぐな光景に俺は口を結んだ。
「分かった。君の気持ちに理解を示そう。」
先輩は静かにそう言った。
やはり理解してくれた。俺の言葉を待たずして。
詳しい理由を言えないことは申し訳ない。入部しないコトも申し訳ない。だが、先輩には感謝する。
無言の理解に、、
「そうだよな。長瀬くん。流石に意中の女性にこうもグイグイ来られては、はいそうですかと、入部出来ぬな!だが安心しろ!君が私の恋愛対象になる可能性は、、、」
「ちがーう!」
前言撤回。
この人は何一つ理解なんて示していない。
まさかの俺の言葉を先読みするどころか、曲がりくねったカーブで解釈。シリアスなシーンをいきなり恋愛告白シーンと勘違いしているらしい。
「何だ違うのか?」
「違いますよ。」
「じゃあなんなんだ?」
さっきの一瞬でその事情を話す信用も何もかもが消え去ったよ。1ヶ月のうちに築いた第六感的信頼と己の勘への信用が崩れたよ。
「あ!もしかしてお前、人の前に立つのが恥ずかしいとかか?シャイボーイなのか?だったら安心しろ!初めはいきなり舞台に立たせたりしないさ。音響コースと照明コースのプランが御座います。また、今なら舞台監督育成コースと演出をセットのお得プランからでも、、、」
「ストップ!なんか怪しい生命保険の説明みたいになってるから」
「長瀬くんのツッコミはちょっと例えが長すぎて上手くないな」
なんでいきなりツッコミのダメ出し受けてんの?ていうか無性に腹たつんだけど。
「さっきのは怪しいって言葉いらないでしょう。文字数多いと綺麗じゃないんだよね〜」
腹たつんだけど。何この人めちゃくちゃ腹たつんだけど、、、、
「ていう事で、演劇部入ろう?」
「入りません」
今の流れに演劇部入部の文脈はなかったろう。せいぜい、俺を腹立たせるものしかなかったよ。
本当にこの人は俺を入部させたいのか?
基本喋ってて腹たつだけなんだが。
「とにかく、俺が部活に入ることはありませんから。それも演劇部なんて俺から一番遠い場所だ。さようなら」
なんとなく先輩への信用が裏切られた感じがして腹が立ったので、いつもより強めに会話を終わらせて、帰り支度を即座にして逃げるように帰る。
実際は俺の勝手な幻想だったが、なんとなくショックだった。
今日はもう家へ帰ろう。