八 クラスメイトに殺されそうになる話
「勇者様方、早くそのオークを殺してください!」
なんと恐ろしいことを言うんだ、この男神官は。
「はあ? なに言ってんだこいつ」
「そもそも、オークってなんだよ」
「おい、説明しろや!」
皆が今の状況に狼狽えている中、不良三人組が臆せずに男神官に問い質す。
普段はぼこぼこにしてやりたいくらいムカつく不良三人組であるが、今この時に至っては応援してやろう。
いいぞ、もっと言ったれ言ったれ。
すると男神官は、ゴホンと咳払いした後に語り出した。
「では、説明しましょう。
私が貴方達を喚び寄せました。ここは貴方達が生きる世界とは違う世界です。
当然、貴方達を元の世界に戻すことも私のみ。
すなわち、貴方達を生かすも殺すも私の胸のうち次第と言うことです」
言葉は丁寧なれど、どこまでも傲慢な物言い。
どうやらこいつは俺達をわざと召喚したらしい。
「ふざけんな、今すぐ帰せ!」
『そうだそうだ!』
不良達に同調するようにクラスの馬鹿共が叫び出す。
「オラッ、糞ボケ男神官! さっさと元の世界に帰せや、このオカマ野郎!
キモいんだよカス! 死ね、今すぐ死ね!」
当然俺も日頃のストレス解消に叫びまくった。
「ええい! だまらっしゃい!」
男神官が怒りの形相で叫び、それと共に背後から氷の刃が浮かんだ。
皆は「え?」と、叫ぶのをやめて目を疑い、俺は「げっ」という言葉を漏らして、他の奴の背に隠れる。
そして、一人の不良の足に氷の刃が突き刺さった。
「ギャァァァァァァァッ!」
上がるのは断末魔の叫び声。
いや、死んでないけどね。
不良はその痛みから、足を押さえてゴロゴロと地面を転がり回った。
皆はそれを見て我に返ると、今度は悲鳴の声をあげる。
「キャァーーーッ!」
「ま、ま、魔法だぁ!」
「殺されるぞッ!!」
まさに阿鼻叫喚。クラスメイトの恐怖に怯える絶叫が部屋中にこだました。
「黙れと言っているのが聞こえないんですか!」
あまりのうるささに、ぶちギレる男神官。
次に氷の刃の的になったのは、キャーキャーと一番うるさい悲鳴を上げていた女であった。
女の足には見事に氷の刃が突き刺さり、血がピューピューと噴出する。
清々しいまでの男女平等主義。
これにより足の貫かれてうめき声を上げている二人を除き、誰もが沈黙したのである。
「よろしい。素直なのはいいことですよ」
静かになった俺達を見回して、男神官はとても満足そうだ。
さらに手を前に出したかと思ったら、それがパァッと光る。
光は、地面に転がっていた不良と女の二人から氷の刃を消しさり、その傷が癒していく。
「おお……」
「すごい……」
目の前で起こった奇跡に皆が息を飲んだ。
「さあ、これで元通りです」
男神官はにこりと笑う。
黙っていれば、その顔は人形のように整っている男神官の顔である。
その微笑に何人かの女とホモがうっとりとするのであった。
そして、間を見計らうように我がクラスのイケメン委員長が、礼儀正しくも挙手をして男神官に話しかけた。
「あの、すみません」
この状況でなんたる勇気だろうか。
つーか、教師どこいった。
「はい、なんですか?」
「どうしたら帰して貰えるんでしょうか?」
頭のいい委員長は、『帰してください』という要求ではなく、『どうしたら帰してくれるのか』と条件をつけた。
相手の方が力が上、それを見極めた上での発言である。
伊達にクラス委員をやっているわけではないということか、さすがだ。
「ふむ、いい質問です。
ですが、その前にこの場には招かれざる客がいるようですねぇ」
男神官がこちらを見て口端を釣り上げる。
俺には嫌な予感しかしない。冷や汗はだらだらだ。
「さあ、皆さん。まずはあのオークを殺すのです!」
男神官が俺の方へと指を差す。
それにともない俺を中心に円ができる。
え? まさか……。
俺は後ろを見る。しかし後ろには誰もいない。
仕方がないので、俺も皆がいる方へ移動する。
すると、俺の動きに合わせて男神官の指先も動いた。
ついでに、俺の行く先々でモーゼの十戒のごとく人が割れる。
これは、まさか……。
「貴方のことですよ、オーク」
物凄いどや顔で男神官がそう告げた。
さらに俺の足下にドスリと氷の刃が突き刺さる。
なんという懐かしい感覚。
「その……オークとは豚田のことでしょうか……?」
委員長が困惑した様子で男神官に尋ねる。
「ふむ、そちらでは豚田という名なのですか」
おい委員長、間違った名を教えるな。
俺は豚田じゃないぞ。
「では、言い替えましょう。
豚田を殺しなさい。奴は極悪非道にして悪魔のようなオークなのですから。さあ、早く!」
「し、しかし、人を殺すのは……その、倫理的にも……法律にも、その、反しておりまして」
男神官に口答えすることに臆しながらも、委員長は自分の意見を言う。
いいぞ、もっと言ってやってくれ! あんただけが頼りだ!
「なに心配いりません。
その倫理観も法律も貴方の世界でのもの。この世界で何をしようとも、貴方の世界に帰ってしまえば何の関係もありません。
それにあのオークはこの世界において何百万という人々を苦しめた大悪党。
殺したとしても誉められこそすれ、罰せられることなどありましょうか」
「し、しかし……」
ちょ、言葉につまってんじゃねえよ委員長!
というか男神官、俺がいつ何百万の人を苦しめた!
「では一つ免罪符を。
豚田を殺さない限りは、決して貴方達を元の世界に帰しません。
貴方達は元の世界に帰るために、仕方なく豚田を八つ裂きにするのです」
男神官の言ってることが、どんどん怖くなってる気がする。
つか、八つ裂きってなんだよ。
どんだけ俺に恨みを抱いてるんだよ。
「豚田を殺れば帰れる……」
「豚田は悪人……」
「豚田が死んでも誰も悲しまない……」
ヤバい。
皆の目が明らかに子供に見せられない目になっている。
「そうだ。こうしましょう――」
男神官がパンと手を叩いて、惚れ惚れするような笑顔で俺を見る。
もしかして許してくれるのかなと、ドキドキ期待に胸を膨らます俺。
「――豚田を殺したものには黄金を褒美として遣わしましょう。
そうですね、豚田の頭と同じ大きさの黄金です。どうですか、やる気が出たでしょう」
残念無念。むしろ俺の命の危険が高まっただけでした。
そして、これがクラスメイト達の道徳的観念を取っ払う決定打となったのである。
「……せ」
「……せ」
なにかに取り憑かれたかのように、俺の方を見ながらぶつぶつと言うクラスメイト達。
何だろう。
いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、かな?
「……ろせ」
「……ろせ」
ひろせ……? ああ、広瀬か。
どうやら広瀬を呼んでいるようだ。
おーい、広瀬!
「……ころせ」
「……ころせ」
……うん知ってた。
ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだよね。
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「犯せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
それは身も凍えるような殺せコールの大合唱。
こうなればもはや三十六計逃げるに如かず!
「あっ! 魔王様!」
「なんですって!?」
俺は指を差して、あたかも男神官の後ろに魔王がいるように振る舞った。
そして間抜けにもそれに引っ掛かる男神官。他にも何人かが釣られてそちらを見る。
馬鹿が! こんな狭い場所にあんなでかい図体が収まるわけねえだろ!
俺はその隙をつき、後ろの扉へと駆け出した。