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六 勇者を論破する話


 さてエンディングだ……と言いたいところだが、今更ながらに思う。

 俺は正しかったのだろうか、と。


 あの男神官に放たれた禍々しい黒の呪い。

 あれはただの黒ではない。この世の汚いものが全て混じってできたような黒であった。


 あれこそ、まさに魔王様が悪である証拠ではないだろうか。


「……よ」


 いやいや、ない。ないから。


 これまでのことを思い起こし、俺はそれを否定する。

 魔王様は、まさしく聖人がごとき寛大さを持った御方であったはずだ。


「……ークよ」


 そもそも、俺には魔王様を頼る以外に道はない。

 これまでも、そしてこれからも。

 喚び出したのが魔王様ならば還すのも魔王様。


 なればこそ、俺は魔王様を信じ――


「オークよ」


 ――はっ!?


 それは魔王様の呼び掛け。

 どうやら俺は、思考の渦に飲まれていたようだ。


 これはまずい。


 俺はドスンドスンと音を立てながら魔王様の御前へと移動する。

 そして頭を地につけた。


「ははぁー。魔王様、何用でございましょうか!」


 もしかして、魔王様は何度も呼び掛けていたのだろうか?

 だとするならば、なんという失態。


 俺は腹の肉が邪魔で苦しかろうとも、頭を地面に擦り続ける。


「立つがよいオークよ。その体勢では苦しかろう」


「ははぁーっ!」


 なんとありがたいお言葉。

 こんな御方を一瞬とはいえ疑ってしまったとは、つくづく己が情けない。


 俺は、どっこいしょと言いながら立ち上がる。


「改めて言おう、すまなかった。

 そして勇者とのこと、よくぞ尽力してくれた。感謝する」


「ははぁー!」


 その言葉を聞き、俺は頭を下げる。

 正直、また膝をつくべきかとも思ったが、かなり億劫だったのでやめておいた。


 でも、敬う気持ちは変わらないから許してね。


「それでお前を元の世界に還そうと思うのだが――」


 俺は緊張のあまり、ゴクリと喉を鳴らした。

 魔王様の『〜思うのだが』の『だが』という接続語がいかにも不穏であったからだ。


「――それだけでは我が感謝に足りぬ。

 それゆえ、何か褒美をとらそうと思う。何がいい」


 しかし、全ては杞憂であった。

 俺は帰れるのだ。


 おまけにご褒美までくれるという。

 なんという太っ腹な魔王様であろうか。


「ははぁー!」


 俺は今度こそ膝をついた。


 さて、ここで考える。

 議題は、褒美は何がいいかである。


 お金……は論外。

 日本銀行が発行したお金でなければ、それは偽札だ。


 食いきれぬほどのお菓子。

 これも駄目。置き場がない。


 金銀財宝。

 これなら向こうに帰っても拾得物として処理され、やがては俺の元に戻って……いや待て。

 あの強欲の家族のことを忘れていた。

 息子の物は親の物、弟の物は兄の物、兄の物は妹の物。

 そんなことを言いながら、あの地獄の餓鬼どもは俺から何もかもを奪っていくだろう。


 あれも駄目、これも駄目。

 ならば残るは一つしかあるまい。


「魔力を! 魔力の使い方を教えてくだされ!」


 そう、男神官は言っていた。

 俺には凄まじいまでの魔力があると。

 それを使えば、向こうの世界でだってやりたい放題できるに違いない。


「ふむ、魔道か。

 しかし、その魔力は我が召喚によって生じたもの。

 その身には過ぎたる力であり、それを強く用いれば災いは自身に向くと知れ。

 それでもよいのか?」


 なんだかよくわからないが、要は本気を出さなければいいってことだろうか。

 うーむ。

 魔王様に匹敵するほどの魔力ならば、本気を出さなくてもかなり使えることだろう。


 うん、問題ない!


「構いません! 魔力のご教授を!」


 俺は、相も変わらず頭をつけてお願いする。


「よかろう、面を上げよ」


 どうやら了解なされたようだ。

 よし、と心の中でガッツポーズをして、俺は顔を上げる。


 すると、なんてことでしょう。


 俺の眼前には、あの禍々しい黒い何かが迫っているではないか!


「ひいぃぃっ!」


 俺は思わずゴロゴロと転がろうとした。

 しかし、時すでに遅し。

 その謎の黒は、俺の頭へと吸い込まれていくのであった。


「あ、あ、あぁーーーっ!」


 頭にもがき苦しむ男神官の姿がフラッシュバックする。

 自分も同じ目に遭うのだと思い、俺は悲鳴を上げた。


「……あれ?」


 ところが、予想していた痛みはこないではないか。

 頭に疑問符を浮かべる俺である。

 そこに魔王様からお声がかかった。


「オークよ、お前に魔法の知識を与えた。既に魔道の心得はその内にあるはずだ」


 そんな馬鹿な……、と思ってみたものの、確かにある。

 見たことも聞いたこともない知識が、俺の記憶の中に存在していたのだ。


「は、はは……」


 あまりのことに乾いた笑いが出る。

 そして俺はその知識に従い、魔力を放出した。


 するとボウッという音と共に、身体から溢れ出る茶色いオーラ。


 なんだこれ、凄い。


「ずあっ!」


 俺は調子に乗って、魔王様がいる場所とは反対側に向かって手を突き出す。

 すると今度は、そこからは茶色いレーザーみたいなのが飛び出していった。


 これが世に言う魔力砲である。


「ははは! すげーーーーっ!」


 ちょっと色に不満はあるものの、俺はさらに調子に乗って全力で魔力を放出した。

 それにより俺の身体からは、轟々と巨大な柱のようにオーラが立ち昇る。


「ははははははっ!」


 湧き上がる圧倒的なパワー。

 男神官が言っていたことも頷ける。

 これならば誰にも負けない! 負けるはずがない!

 たとえ相手が魔王様……いや、魔王であったとしても俺は負けないのだ!


「俺が最強だっ! どんな奴にだって勝て――ぐほぁっ!」


 そして、俺は吐血し倒れた。


 なにやら身体が割れるように痛い。


 なんだこれは……。


「だから言ったであろう、その身にて十全に力を発揮すれば災いが降りかかると。

 その魔力、お前の身体では耐えられんのだ」


 うつ伏せに倒れる俺に向かって、魔王の……いやさ魔王様のお声がかかる。


 ……しまった、その事をすっかり忘れていた。


 とはいえ、今はそんなことよりもこの全身の激痛が問題だ。

 まるで、身体の細胞の一粒一粒が悲鳴をあげているよう痛いのだから。


 というか、マジでやばい。痛みはどんどんと激しさを増している。

 真面目な話、このまま死んじゃうんじゃなかろうかと思っちゃうくらいやばい。


 そんな風に声も出せずにうなされていると、突然うつ伏せの俺でもわかるくらいに俺の身体が輝きだした。

 これはあれだ、魔王様が男神官に使った回復の魔法である。


「ほふぅ……」


 なんだか暖かいものに包まれている感覚に、気持ちの悪い声が漏れる。

 ややあって光が収まると、俺の身体から痛みは完全に引いていた。

 どうやら魔王様と俺では完全に役者が違うようだ。

 まさに感謝の極み。もし俺がこの世界の住人だったならば、生涯この方に仕えていただろう。


 故に俺は、立ち上がって深々と頭を下げた。

 それは、今までのその場逃れのような土下座ではない。

 心の底から感謝を込めたお辞儀であった。


 ――そして魔力の使い方を教わったのならば、後は別れの時である。


「さて、もういいだろう。そろそろ向こうの世界に戻そう」


「はっ! ありがとうございます!」


 ほんの少し迷い込んだ世界での、ちょっと不思議な体験。

 しかし、それは俺の歴史の一ページに深く刻まれるものだった。


 俺はこのわずかな時間でどれだけ成長しただろうか。

 それがもう終わりかと思うと、つい涙ぐみそうになってしまう。


 目の前には魔王様。

 そして忘れてはいけない、その隣には赤いティラノザウルス。


 二人が俺に別れの言葉をくれる。

 まずは魔王様。


「達者でな」


 魔王様もお元気で、と言いながら俺は頭を下げる。


 次はティラノザウルスだ。


「GYAOOOOOOOOOOoooo!!


 …………元気でな!」


 喋れたの!?


 そして俺は光に包まれる。


「時間のことは心配しなくていい。お前が移動したその時その場所に変わりなく還してやる」


 そんな魔王様の声が、最早なにも見えない光の中で、俺へと届いた。

 ありがたい。何の混乱もなしに日本へと戻れるようだ。


「魔王様! ありがとうございました!」


 俺は最後に大きな声でお礼を言って、その白い空間から消えたのであった。


◆◇


 眩い光が消えると俺は、あの時と同じように教室の机に座っていた。

 机の上には食べかけのポテトチップス。

 周りには特に仲良くもないクラスメートの面々。


 ああ、帰ってきたんだ……。


 時間にすれば半日にも満たない間のこと。

 だというのに、俺の中ではこちらの世界への懐かしさが溢れて、まさに感慨無量の心持ちである。


 それだけではない。こちらの世界に戻ってきて、あの世界もまたいとおしく感じている。


 魔王様、勇者、ティラノザウルス……。


 皆の顔が俺の頭の中に浮かんでは消える。


「絶対に……絶対に、忘れないからな」


 どこにあるかわからぬ世界に向けて、俺は心の中で呟いた。


 そして――。


「ぶふぉっ! おい、豚田がパンツ一丁になってるぞ!」


「ズボンどこやった!」


「あれ? なんか臭くね?」


「もしかして豚田……」


 上半身は学生服、下半身はうんちのついたトランクスという格好の俺である。


 どうやら、何もかもがあの時のままというわけではないらしい。



 俺の地獄はまだまだ始まったばかりだ!


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