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四 勇者を論破する話


「さあ、魔王様! 必殺の魔法にて、お早く!」


 俺は魔王様の背後にて、最強最大魔法の要請をする。

 それさえ放ってしまえば、後はエンディングだ。


「何!? オーク、貴様騙したのか!」


 まんまと俺の策略に引っ掛かった勇者が怒った顔でなにか言っているが、それは負け犬の遠吠えでしかない。

 というか、そもそも最初に俺を殺そうとしておいて騙したも糞もないだろう。

 俺としてはまさしく、ざまぁという心境であった。


「さあ、魔王様!」


 俺は再び魔王様に呼び掛ける。

 早く、勇者と糞ゴミ男神官をぶっ殺してください! という願いと共に。


 だが、その願いとは裏腹に魔王様は勇者に語りかけた。


「勇者よ」


「なんだ!」


「村の名前はなんという」


「は……?」


 魔王様の呼び掛けに身構える勇者。

 しかし、思いもよらぬ魔王様の質問に勇者は呆けた声を漏らす。


 ついでに俺も、魔王様はなにを言ってるんだと思い、尻から屁を漏らす。

 とても臭い。


「村の名前はなんというのだ、勇者よ」


「……サルタイの村だ」


 再び尋ねる魔王様。

 すると勇者は、躊躇しつつもその名を言った。


 サルタイの村……うん、聞いたことのない名前だ。


「そうか。

 我が同胞を多く殺した勇者は許せん。しかし、サルタイの村の者達の冥福は祈ろう」


 ええー、なんだよそれ。いい人過ぎだろ魔王様。

 というか、なんで魔王様は魔王なんてやってんだよ。


「……何故、敵の前で目をつむる!」


 勇者の怒りの声が響いた。


 いやいや、後ろからだとわかんないけど、もしかして魔王様は目をつむってんの?

 え、なに、冥福を祈ってるから?

 いやいや、ない。ないから。

 さっきまで命のやり取りをしていた勇者を前に、目を閉じるとか。

 馬鹿なの? 死ぬの?

 本当は三つの目のうち二つだけで、最後の一つは開いてるんでしょ?

 そうだと言ってよ、お願いだから。

 勇者に同意するのは癪だが、貴方に俺の命がかかっていることをもっと真剣に受け止めて、お願いだから。


「さて、それでどうする」


 一通り冥福を祈ったらしい魔王様が勇者に尋ねる。


「どうするも何も、戦うだけだろうが!」


「我に敵わぬことはわかっているだろう。

 我ら魔族は争いは好まん。人間を滅ぼすつもりもない。それでも戦うつもりか」


「ぐ……っ!」


 これは勇者のハートにクリティカルヒットしたようである。

 先程の冥福の件のこともあって、どうやら勇者は魔王様の言に揺さぶられているようだ。


「仕方ないだろうが! 俺は魔物をたくさん殺した! もう後戻りはできない!」


 おおっと、ここで勇者の逆ギレ。

 さりとて、自分がやっていたことが悪行であったと理解しつつあるようだ。


 まあ当然か。


 戦うつもりがないという魔王様に対して、剣を向ける勇者。どちらが悪なのかは一目瞭然なのだから。


 それにしても、勇者は騙されやすいというべきか、馬鹿正直というべきか。


「勇者様、戦うのです!」


 そして、このタイミングで茶々を入れてくる男神官。


「全ては敵の策略! 妄言に騙されず、魔王に剣を突き立てるのです!」


「し、しかし……」


 勇者は男神官の言葉に迷っているようだ。

 それに対し、魔王様は特に何かを言うつもりはないようで黙ったまま。

 寡黙がかっこいいとでも思っているのかな。


 けれどそうとなれば、ここは俺の出番であろう。

 何もしないという選択肢はない。

 魔王様が攻撃しない以上、唯一の驚異となる勇者の戦闘力は、何としてでも削がなければならないのだから。


「勇者殿」


「……なんだ」


 先程、俺に向けていたような殺気はない。

 加えて、俺に向かって氷の刃のプレゼントが男神官から送られるが、それはバリアーによって遮られる。


「聞いてはなりません!」


 ふふ、男神官のあせった声は心地よい音楽よのう。

 もっと慌てるがいい。


「勇者殿、貴方は多くの罪のない魔物を殺した。

 老若男女問わず、貴方は殺し続けた。そうですね?」


「……」


 沈黙は肯定の証。

 さらにいうなれば、その行為を恥じているからこその沈黙であろう。


「勇者殿は子の前で親を殺し、親の前で子を殺し、妻の前で夫を殺し、夫の前で妻を殺した。そうですね?」


「……」


 効いてる効いてる。


 俺はまず徹底的に勇者の心を罪悪感で塗りつぶすことに決めたのだ。


 勇者は無言のまま下を向いた。

 俺の言を否定することができないのであろう。


「さらに、勇者殿は夫の前で妻を犯し、妻の前で夫を犯――」


「そこまではやってねえよ!」


 反論の声を上げる勇者。


 ちっ、さすがに魔物をレイプはなかったか。

 俺はコホンと咳払いをして場を仕切り直すと、再び話を続けた。


「とにかく、貴方が魔物達に酷いことをしたのは事実!

 魔物は人間同様に頭がいい、そんな相手を貴方は憎しみだけで殺し続けてきた」


 正直、自分でも何を言っているかよくわからないが、もはや勢いである。


「人間の私から見ても、貴方の所業は悪魔であると言えるでしょう!」


「ぐうぅ……」


 俺は高らかに叫び、それにより勇者は膝を屈する。

 さらに、勇者のみならずその仲間達まで地に膝をつけた。

 彼らは自分達が悪であることを知ったのだ。


 いや、男神官だけは未だ俺に氷の刃を飛ばしているが。


「勇者殿、気を確かに! そいつの言っていることは全て嘘です! 魔物は我ら人間の敵! 騙されてはなりません!」


 ふふふ、残念残念。それは勇者には届きませんよ男神官殿。

 今この状況で魔王様が攻撃しないことこそが、魔物が悪でないことの証。


 おまけに、勇者の心根は善なのだろう。

 自分の行いが正しいと信じ、それを行ってきた。

 一度その価値観が崩れ去ってしまえば、容易くは剣を握れまい。

 なぜなら、一方的な価値観のみで罪もない魔物を虐殺してしまったのだから。

 新たな価値観を形成するに当たっては、ドミノの最後の牌を立てるがごとく慎重に慎重を重ねるはずだ。


「俺がやってきたことは、間違っていたのか……? わからない……誰か教えてくれ……」


 うぷぷ。

 勇者は罪の重さに耐えきれず、現実逃避を起こしている。

 本当は自分が悪だとわかってるくせに、未だに認めようとしないとは。


「ふふふ、勇者殿。

 貴方は人間、おいそれと魔物の言うことなど信用できないでしょう。

 ならばこそ貴方自身がその目で確かめなさい」


「どういうことだ……?」


 手と膝を地面についた勇者が俺を見上げる。

 ふふふ、とても気持ちがいい。


「魔物の善を、人の悪を知るのです。

 その足を使い、その目でしかと見るのです。さすれば貴方のやるべきことは自ずとわかるでしょう」


「しかし……それでは……」


 勇者が魔王様を見る。

 魔物を殺しに殺しまくった後ろめたさがあるのだろう。

 もしくは、魔王様の断罪を望んでいるのかもしれない。


 まあ、俺はそれでも別に構わないんだけどね。


「我は構わん。

 貴様の好きなようにするがよい」


 なんという魔王様のお優しいお言葉。

 そして勇者がこちらを見る。

 さらなる後押しが欲しいのだろう。

 仕方がない、最後の一押しだ。


「貴方は勇者。勇者とは勇気ある者を指す言葉。

 人の悪を知り、魔物の善を知る。それは人間の貴方にとってどれだけ勇気がいることか。

 願わくば、勇者殿が人間と魔物を繋ぐ架け橋にならんことを祈っていますよ」


「うっ……うぅ……」


 俺の説法に感極まったのか、涙を漏らす勇者。

 さらにそんな勇者に仲間達が駆け寄って励まし合う。

 あ、もちろん男神官以外ですが。


 やがて、決心が着いたのか勇者が立ち上がった。


「……俺はもう一度世界を見て回るよ。

 何年かかるかわからないけど、自分自身の目で見て、何が正しいのかを知ろうと思う」


 それはなにか憑き物が落ちたかのように、清々しい顔であった。


「広い視野を持て。

 人にも魔物にも悪はいる、それを忘れるな…………貴様らの旅路が良いものであることを祈っている」


 魔王様の勇者達に向けてのお言葉。

 はっきり言って、格が違う。寛大とかそんなレベルじゃない。


「ああ、ありがとう」


 勇者は礼を言うと、懐から小さな珠を出した。

 すると、その珠は眩い光を放ち、それが止んだ頃には勇者達は居なくなっていたのだった。


「――え?」


 ……男神官を残して。


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