三十 幕間 日本では
遠藤佳代の会見により、豚田の聖人ぶりが世に知らしめられた。
これに際して、豚田を異世界に追いやった組織――マスメディア、警察、失踪被害者の父母会らを弾劾する声が、前以上の勢いで叫ばれることになる。
「豚田をー!」
『か! え! せ!』『か! え! せ!』
「豚田をー!」
『か! え! せ!』『か! え! せ!』
テレビ局の前では「豚田を返せ」と連呼するデモ隊が登場。
日頃、テレビ局に思うところのある者達が、豚田を口実に数多の罵り声を上げた。
また、週刊誌等のマイナーなマスメディアも、聖人豚田を称える記事に平行して、豚田がいなくなるまでの経緯を書いた特集記事を再び掲載。
その内容は、豚田を追いやった組織を前回以上に厳しく叱責するものであり、それは多くの人の共感を呼んだ。
各週刊誌は、部数を通常より多く刷ったにもかかわらず売り切れが続出し、糾弾されている組織とは対照的に嬉しい悲鳴を上げた。
一方、インターネットではマスメディアや警察に対してよりも、失踪被害者の父母会への非難が凄まじかった。
その原因は、豚田がクラスでいじめられていたという事実が明らかにされたこと。
これがネット住民の怒りに火をつけたのだ。
そして怒りの矛先は、いじめていたクラスメイトの代わりにその家族――ただでさえ責められる立場にあった父母会へと向けられた。
父母会の者達の人格すら否定する声が溢れ、さらに遊び半分に父母会の者の自宅を訪問し、それをネット上にアップする猛者まで現れる。
もはや、父母会の者としてはほとほと困り果てている状況であった。
このように、豚田を追いやった三組織は四方八方からあまりにも苛烈な攻撃を受けていた。
これらの非難を唯一免れたのは、佳代の会見を放送した某局のみ。
佳代への配慮として会見映像を一度しか流さなかったことが、思いの外、世間からは好印象であったようである。
ところで、これらの大バッシングに平行して、世論を賑わしていた事案がもう一つあった。
それは――異世界。
佳代はその存在を語った。
それを認めるように、公的機関である警察が、豚田の証言の公開と、実際にワープ現象を見たことを明らかにしたのである。
これにより上は国会の質疑応答から、下は小学生の世間話に至るまで、異世界という言葉が日本を席巻するようになった。
まさに異世界ブーム。
新作映画の企画、漫画の題材、週刊誌の特集等々、皆がこぞって異世界をネタにした。
某小説投稿サイトでも異世界転移小説が人気に……いや、これはずっと以前から変わらぬことであった。
そして、熱気高まる日本社会にさらに新たな燃料が投下される。
また一人、生徒が帰ってきたのだ。
その生徒の名前は森下知恵。
豚田のクラスで副委員長の役職についていた女子生徒である。
遠藤佳代と同様に件の教室に現れた知恵。
彼女は、すぐに学校から連絡を受けた家族によって保護され、その後は自宅にて警察から事情聴取を受けた。
知恵が警察に語った内容は、佳代と変わらぬもの。
――男神官なる者に召喚され、豚田を殺そうとし、豚田に助けられた。
そう、またしても豚田であった。
彼はまたもやクラスメイトを救ったのだ。
もはや豚田という人間が、何よりも尊く、何よりも清らかで、何よりも情の深い者であることは疑う余地もない。
その場にいた警察官らはただただ豚田に畏敬の念を抱くだけであった。
ちなみに、かつて豚田の取り調べをした人間などは、罪の意識から体調を悪くし、現在は休職中である。
さて、警察による事情聴取も終わり、翌日には新たな生徒の帰還の発表がなされた。
勿論、名前などの情報は伏せられて、ではあるが。
されど身元はすぐに割れ、マスコミが知恵の家に殺到した。
前回の帰還者である遠藤佳代が独自に会見を行い、世の中にセンセーションを巻き起こしたことで、マスコミの倫理のたがが外れていたのだ。
佳代と同じく会見を行うのではないかという期待。
また、佳代は世論に許されたが、森下知恵は今だ許されていないという状況。
それらが一体となって、報道関係者達に免罪符のようなものを与えていたのである。
当然、警察が介入し一定の規律こそ保たれていたが、マスコミはあの手この手で取材を試み、知恵を追い詰めていった。
日本に戻ってきて一週間、知恵は二階の自室のベッドで布団を被り、まるでカタツムリのように丸まっていた。
「うぅ……」
寝ているわけではない。彼女は布団の中でガクガクと身を震わせていたのだ。
「話を聞かせてくださーい!」
「遠藤さんは豚田君についてカメラの前で謝罪しましたよ! あなたは謝罪しなくていいんですか!」
カーテンが閉めきられた窓の外からはマスコミの声が聞こえる。
時折、小さな石がコツンと窓に当たり、その度に知恵の心臓は飛び出しそうになった。
「もう、いや……、ほっといてよ……っ」
クラスでは副委員長を務め、居丈高に振る舞っていた知恵であるが、その心臓はノミのように小さい。
普段はのんびり屋でありながら、ここぞという時には凄まじいエネルギーを発する佳代とは全くの逆の性格である。
「遠藤さーん! 国民はあなたが話をするのを待ってますよー!」
マスコミの呼び掛けに、胸を締め付けられるように苦しくなり、喉元にまで胃液がせり上がった。
しかし、こんなになってまで知恵は頑なに行動を起こそうとしない。
なぜなら彼女は知ってしまったのだ。
自分が日本中からどのように言われているかを。
【聖人】森下知恵を語るスレpart16【豚田】
1:名無しさん 2015/-/- ID:NAT5A5nKAT
同じ学校の奴からの情報まとめ
・副委員長
・副委員長なのにいじめを止めなかったクズ
・遠藤佳代と違ってまだ罪を懺悔してないクズ
・豚田の人の良さにつけこんで帰ってきたクズ
・頭のよさを鼻にかけて他人を見下すクズ
2:名無しさん 2015/-/- ID:SHOSE45K2I
こいつなんなの?
3:名無しさん 2015/-/- ID:S8H5I24TAI
>>2
クズ
4:名無しさん 2015/-/- ID:48INZ45E2I
>>2
クズ
5:名無しさん 2015/-/- ID:G4ap88poga
>>2
クズ
11:名無しさん 2015/-/- ID:hogosha01
いや、この子よりも実際にいじめをしてた生徒や、教師の方を責めるべきでしょ
13:名無しさん 2015/-/- ID:5Nande54KT
確かにいじめてた奴と教師は糞
でもこの女がクズだということは変わらんぞ
14:名無しさん 2015/-/- ID:So1ud5A5n2
だな
19:名無しさん 2015/-/- ID:BUTAKACHAN
いじめられる豚田にも原因あるよね
どうせいじめられて当然の奴だったんでしょ?
21:名無しさん 2015/-/- ID:GATAsa2ter
>>19
死ねいじめ家族
22:名無しさん 2015/-/- ID:4sanay2ata
>>19
しね
23:名無しさん 2015/-/- ID:tey4a54tei
>>19
あいつは聖人で確定しただろ
ブッダの生まれ変わりだよ、あいつは
24:名無しさん 2015/-/- ID:Yum1em5abo
>>23
豚だけに?
26:名無しさん 2015/-/- ID:Zang11hanT
wwwww
33:名無しさん 2015/-/- ID:4DayaR6OMO
とにかく森下は許さんよ
インターネットには、テレビや新聞などの取り繕った言葉よりも、人々の本心が書かれていた。
当然の罰だと知恵は思う。
ごめんなさいと謝るべきだとも思う。
でも、カメラの前で自身の罪を告白するなんてことを、知恵にできるわけがなかった。
だって一つ間違えれば、日本中に悪人の烙印を押されてしまうのだ。
確かに佳代は謝罪し、許された。
けれど、佳代と知恵では状況が違う。
副委員長であるという知恵の立場。
豚田がいじめられていたことが明らかにされ、多くの者が豚田のクラスメイトに憎しみを抱いている現状。
それでも佳代が今の知恵の立場だったのなら、なりふり構わずに皆の前で豚田への謝罪を行ったかもしれない。
しかし、頭でなんでも考えてしまう知恵は、自分が謝罪会見を行う姿とそれでも許そうとしない世論を想像し、恐怖した。
そして、もう一週間。
時間が経てば経つほど、世論はそれを“逃げ”と判断する。
もはや謝罪のタイミングは逸していた。
彼女は帰ってきた時に、すぐ会見を開き罪を告白するべきだったのだ。
世間の目が怖い。マスコミの声が怖い。ネットの書き込みが怖い。
今となっては布団にくるまりただ怯える以外に、知恵のできることはなかった。
会見をして謝罪をしていれば助かったのに……。
どこかでブヒヒと笑う声が聞こえた。
森下知恵は世の責め苦に耐えかねて、完全に引きこもってしまった。
するとこれに目をつけたのは失踪被害者の父母会である。
彼らは、森下知恵の不幸を足掛かりに世論を動かそうと画策したのだ。
現在、父母会に対する世間の印象は最悪の一言に尽きる。
彼らは、どこへいっても後ろ指を差され、日常生活すら支障をきたす悲惨極まる状態であった。
息子や娘が異世界に拐われた被害者だというのに、この扱いはなんなのか。
そんな鬱屈とした感情が、父母らの心に溜まっていく。
中には子供のことよりも、今の自分達の状況の方に気が向いている者もいた。
そして当然のように、今の状況になった責任は誰にあるのかと、内紛のようなものまで起こる有り様。
要するに父母会は瓦解寸前のボロボロであった。
そこで父母会の代表は、世論から――いやネット社会から執拗ないじめを受けている森下知恵を被害者として、それを大義名分に一発逆転の名誉回復を狙おうと考えたのである。
父母会は引きこもった森下知恵をよそに、都内のホテルにて記者会見を開いた。
多数のカメラが向けられる中、沈痛な面持ちで口を開くのは父母会の代表者。
「ネットによるいじめは許せません。帰ってきた生徒は名前まで曝されて……。
このままでは最悪の事態になってもおかしくないんですよ!」
最悪の事態――森下知恵が自殺するかもしれないと言っているのだ。
さらに代表者の言葉を継いだのは知恵の母。
彼女は、ネットの罵詈雑言でどれだけ娘が心を痛めているかを、涙ながらに語ってみせた。
しかしこれはおかしい。
実際にはネットだけではなく、日本中が知恵に良くない感情を持っていたし、またマスコミの行き過ぎた取材行為も知恵の心を痛めている原因である。
だが、父母会はそれを言わない。
ネットという極一部のみを悪にしたてあげることにより、その他の者達を味方につけようというのだ。
それは、『お前達はネットと同じ悪なのか』と問い質す見えざる踏み絵。
ネットでいじめを行う連中と同様に知恵を自殺に追いやろうというのか、という脅迫であった。
会場にいた記者達からも「自業自得だ!」やら、「豚田に行っていたいじめについてはどうなんだ!」という反論は一切ない。
なぜなら、そこにいた者は選抜された者であったから。
父母会と同じく、ネットから非難されていた主要マスメディアの記者しか会場に入れていなかったのだ。
そして、その会見は遠藤佳代の時よりはるかにインパクトが劣るものであったものの、テレビや新聞各社が無理矢理に盛り上げてみせた。
これにより知恵へのマスコミの取材は再び自粛の方向へと進み、加えて知恵に対する叱責の声もネットの中ですら小さくなっていった。
失踪被害者の父母らは、外を出歩いてもひそひそと悪口を言われることがなくなり、会見は万々歳の結果であったといえよう。
それだけではない。
ここが攻め時とばかりに、父母会は新たに『被害者の人権を守ろう会』を発足させたのである。
そこには被害者の父母のみならず、多数の弁護士やら人権団体やらが参加。
さらに基金まで募り始めるのであった。
――そして、また一人生徒が帰ってくる。




