三 勇者を論破する話
さて、できることならば魔王様に助けてもらいたいところであるが、ブンブンと飛び回る蠅のごとき勇者に手こずっているようで、それも無理なご様子。
そして俺の背中には、男神官が氷の刃を狙い定めている。
これはまずい。超まずい。
俺の手はもう一つしか残ってない。
――それは勇者側につくこと。
しかし、本当にその答えは正しいのだろうか。
見たところ、魔王様は勇者の動きに苦労なされているようである。
では逆に、勇者は魔王様に対し何ができているのか。
勇者は時折魔王様に剣を振るっているものの、黒のローブには穴すら空いていないし、魔王様の素肌にだって傷一つない。
要するに勇者の攻撃は魔王様に通用していないのだ。
ここでふと疑問に思った。
ゲームなどに出てくる魔王様といえば魔法である。
されど、魔王様は素手だけで勇者を相手取っている。
これはおかしい。
では、一体何故に魔法を使わないのか。
俺は考える。
足下には、男神官から催促の氷の刃が届いてちょっぴりチビっちゃったりもしたが、それでも考え抜く。
そして、ハッとした。
俺の存在だ……。
お優しい魔王様のこと、俺の巻き添えを心配して魔法を使おうとしないのだ。
その考えに至った俺はわなわなと体が震える。
感動で震えているのではない。
俺は絶望に震えているのだ。
つまり俺が勇者側につけば――
『魔王様、覚悟!』
『オークめ裏切ったな、ゆるさん! 最強の魔法で勇者もろとも消し炭にしてくれる!』
『ぎょえええええーー!』
――という結果になるのは火を見るよりも明らか。
すなわち魔王様側につけば背後から氷に貫かれ、勇者側につけば魔王様に消し炭に。
まさに前門の虎、後門の狼である。
「あわわわわわ」
打つ手はなし、口からは悲鳴が漏れるのみだ。
後ろからは「はやくしろ!」という脅迫に加えて、更なる氷の刃も飛んできている。
かくなるうえは仕方ない。心を決めてやるしかないであろう。
どちらかにつくのが無理というのなら、両方につけばいいのだ。
すなわち、仲直りの交渉――――ネゴシエーションである。
俺はこれから臨むべき大業を前に、ゴクリと喉を鳴らした。
「待ってくださいお二人とも!」
俺は勇者と魔王の二人に話しかける。
しかし、二人は止まらない。
いや、魔王様のみ第三の目でこちらをちらりと見た。
はっきり言って、キモ怖い。
「勇者殿! お待ちくだされ!」
やはり勇者だけは一向に止まらない。
ならば止めるようにするまでだ。
「人類の存亡の危機ですぞ! 大事な話なのです! このままでは人間は皆病となり死んでしまいますぞ!」
すると、飛び跳ねていた勇者は俺のすぐ後ろに着地した。
「おい、どういうことだ」
勇者は俺の虚言に食いついてきたようだ。
「なに、人間は今とてつもない病にかかっているのです」
「初耳だぞ、それがこの戦いとなにか関係あるのか」
「ええ、ありますとも。
あれは一週間前のことでした――」
そう言って俺は手を後ろに組みつつ、あくまで自然に前へと歩き出した。
「私はある村へ行ったのです」
やがて足を止めて、勇者の方へ振り返る。
その目は遠くを見つめるように。
「その村では、ある病が流行っておりました」
再び勇者に背を向けて、俺は歩き出す。
その目指す先は――――――魔王様の後ろであった。
なんとネゴシエーションとは、俺が魔王様の後ろにいくまでの交渉だったのだ。
両方につく? 俺を殺そうとした勇者に誰がつくか!
俺が魔王様の後ろに到着したならば、後は魔王様の究極魔法が正面の勇者達を消し炭にして試合終了である。
まさに完璧な策。きっと俺の前世は孔明軍師か官兵衛軍師だったに違いない。
しかしその時、ザクリと足下に氷の刃が刺さった。
ぶるりと震える俺の体。
犯人はもちろん男神官だ。
それは脅し、あの男神官は気づいているのだ。
――この俺のネゴシエーションに……っ!
これはやばい。超やばい。
「それで、その村の病はどうなった!?」
おまけに、勇者が俺のホラ話に物凄い食いついてきている。
これでは前門の虎に後門の狼、さらに足にかじりつくワニのごとし。
……仕方あるまい、こうなったら本気で勇者と魔王様の間を取り持つしかないだろう。
俺はペロリと唇を濡らし、話を続けた。
「ふむ、まずは病の名をまずお教えしましょう」
俺の勿体ぶった言い方に、勇者がゴクリと生唾を飲み込む。
「その名も……魔王病です!」
「やっぱりそうか! その病も魔王の手によるもの! 絶対に許さん!」
俺の言葉に怒り心頭となり、再び魔王様に飛びかかろうと、剣を構えた勇者。
そして俺の背中には、魔王様のものと思われる熱い視線が注がれる。
いや本当に熱いから。
「お待ちなさい!」
俺は勇者を止めた。
ついでに魔王様も熱視線を止めて! お願いだから!
「まだ話は終わってはいませんよ」
「これ以上何を話すことがある! 魔王を倒せば全てが解決することだろう!」
勇者が親の仇でも見るように俺を睨み付ける。
やめてよね、ほんのちょっとチビっちゃったじゃないか。
「ふふふ、あなたは勘違いしている。
魔王病とは魔王が撒いた病にあらず!
その根源は魔王に対する恐怖が生み出したもの!」
心の中ではちゃんと様をつけているから許してね、魔王様。
「? 何が違うんだ?」
どうやら勇者は理解できていない模様。
それも当然だろう、俺自身何を言っているのかよくわかっていないのだから。
「魔王病とはつまり、魔王を恐れるあまりこの世の不幸を全て魔王のせいにしてしまった、という病なのですよ」
「俺達が魔王に罪を擦り付けてるって言うのか! ふざけるなよ!」
怒髪天を衝くとはまさにこのことか。
勇者の怒りは謎のオーラを噴き出させ、その髪を天に向かってゆらゆらと揺らしている。
……漫画とかだとよくある光景だが、リアルだとちょっと滑稽だ。揺れる黒髪はまるでワカメのようだもの。
ちなみに先程から俺へとバンバン氷の刃が飛んできているが、魔王様のバリアーが再び張られたようで全く届いていない。
ざまぁ。
「ふふふ、では魔王様がやったという悪行を言ってみなさい」
バリアーが張られた時点で最早勝敗は決している。
この勝負、俺と魔王様の勝ち――いや、俺の頭脳と舌の大勝利だ!
後はこのバリアーが張られた状態で、下らない問答をしつつ魔王様の後ろにつけば作戦終了である。
ふひひ、と思わず勝利の美酒に酔いしれそうになるがまだ早い。
目の前の勇者はバリアーを破る力を持つのだ。
怪しまれずに問答を続けなければなるまいて。
「俺の村は魔物の軍勢に襲われた!
家族も友達も! 村人のほとんどが魔物に殺されたんだぞ!
俺の目の前でなっ!」
なんという勇者の鬱話、しかし今はなによりも俺の命が優先である。
「なるほど、なるほど……」
俺は再び後ろで手を組みつつ、自然の体で魔王様の後ろへと歩を進める。
この間、氷の刃がどっかんどっかんとバリアーにぶつかっているが、どうでもいいことだ。
というか、こんだけ魔法が撃てるんなら自分で援護しろよ男神官!
「……確かに魔物によって、勇者殿の村は滅びたようだ」
俺は立ち止まり勇者に振り返る。
一気に魔王様の後ろへは行かない。あくまで自然にだ。
「しかし、勇者殿の説明には三つの問題がある!」
俺は勇者に向かって右手の指を三本立てた。
「どこに問題があるってんだ!」
ぶちギレモードの勇者が俺に剣を向ける。
おう……、沸点低すぎだろ。
「まず一つ。
被害者側の証言だけでは、その魔物の凶行に魔王が関わったかどうかわからない」
「魔物の王が魔王なんだから、関わってて当然だろうがっ!」
「ふふふ、では貴方は人間の全ての犯罪は人間の王がその責を負うべきだと?」
「魔物と人間を一緒にするな!」
「ちっ、ちっ、ちっ――」
俺はその舌のリズムに合わせて人差し指を振る。
そして、人差し指と中指を立てて突き出した。
「それこそが第二の問題点!
魔物と人間では考え方が違う!」
「そんなもの当たり前だろうが!」
「考え方が違うということはルールが違うということ。
貴方の村は、何か魔物を怒らせることをしませんでしたか?
それは魔物の逆鱗に触れる行為であり、滅ぼされる原因になったのでは?」
またまた適当なことをぶっこくと、俺は再び魔王様の後ろに向かって歩く。
「そんなこと……」
すると俺の後ろの勇者からは、先程までの反発がなくなっていた。
おや? これはもしかして、もしかするのでは?
そう思った俺は、ある程度歩いたところで振り返り勇者に告げる。
「どうやら心当たりがあるようですね」
「……村の者が魔物の子を焼いて食べた。
しかし、だからといって村を滅ぼすのはやりすぎだ!」
それは悪手だろ。
鏡を見ろ勇者よ。
「おや? では貴方が今魔王を殺そうとしている行為はやりすぎでないと?
いや、それよりもです。貴方は村の報復のため、今までにどれ程の数の魔物を殺してきたんですか?
ああ、これが第三の問題です」
「俺は……俺は、襲われたから反撃しただけだ! 殺らなきゃこっちが殺られていた!」
「襲われたのは、貴方が魔物の縄張りを侵したからでは? 人間だって町や村に魔物が現れれば攻撃するでしょう。
それとも勇者殿は攻撃しないのですか?」
「人間と魔物を一緒にするな!」
「ふふふ、人間のルールに当てはめてすら、道理で魔物に負けている。
勇者! 騙るに落ちたり!」
俺は勇者を断罪するが如く、右の手を剣のように前に突き出し言い放った。
それは勇者の心に届く必殺の刃である。
氷の刃は刺さらず、言葉の刃は刺さる。
俺は男神官とは違うのだよ。男神官とは。
「ぐっ……くぅっ……!」
そしてもちろん勇者は何も言い返せない。
「そして、第四に――」
「まだあるのかよ!?」
「いえ、もういいでしょう。ちょうどここは魔王“様”の後ろ側。
さあ、魔王様! 勇者を消し炭にしてやってください!」
俺は、全身全霊のどや顔を勇者達に向かって浮かべた。